Day5 ホームシック(お題・秋灯)
「出しなさい」
地面からの湿気を防ぐ為、板をはった店先で、フランがぷっくりと膨れる。
「イヤでござる」
パラパラと雨が表戸を打つ中、彼女の前に正座した影丸が首を横に振った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……全く、ガスが余計なことを言うから……」
「……ごめん……」
睨む私にガスが猫っ毛の黒髪の頭を掻く。
今日、窓口に若い男の人が古いランプを持ってきた。
夏の間は夜が明けると起き出し、暮れると早々と眠りについていたシルベールの人達もさすがに秋が深くなってくると、早い日暮れに秋灯を灯し、夜を過ごすことが多くなってくる。
このランプの持ち主もそうして過ごしていたのだが、ランプの明かりに、時折、小さな人の影が浮かぶのに気が付いた。初めは傷か汚れがそう見えるのだろうと思っていたが、ほやをいくら綺麗にしても影は消えない。しかも、最近では動いているように見えて、気味悪くなって持ってきたのだ。
それを私が預かって、オークウッド本草店に持って帰り、夜の店番の間に試してみたのだが……。
『……本当だ!』
『確かに影が動いているね』
ほやは何ともないのに店先に広がった明かりの中に確かに小さな人影がある。
『『シャドーマン』だね。秋の陰気が雑念を吸って生まれた魔物だよ』
雨音に合わせて、ぴょんぴょんと踊るように飛び跳ねる人影にガスがふにゃりと目を細めた。
『影と同じでござるか?』
『うん? まあ、影から生まれたという意味ではね。本来は物影に潜むものなんだけど、まれに自己主張の激しいヤツが、こうしてランプや燭台に憑くんだ。特に何か悪さをするものでもないし、来月の『月の日』が終わって、少しずつ昼の時間が長くなれば陽の気に溶けて消えてしまうよ』
『消えてしまうのでござるか!?』
『そういう季節ものの魔物なんだ』
そうガスが言った途端『カゲマル!!』フランが声を上げ、明かりの中の影が消えた。
『坊ちゃま! カゲマルがシャドーマンを自分の中に取り込んでしまったわ!』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「カゲマル、出しなさい」
「イヤでござる。影と同じものが消えてしまうのは可哀想でござる」
もう何回目か押し問答は続く。
「……どうしよう」
私の勇者の知覚にもシャドーマンが影丸の中で蠢いているのが解る。これは……あまり影丸にとってよくない状態だ。私の力で無理にでも浄化してしまおうか……。
「カゲマル、それはカゲマルと生まれは同じでも『同じもの』ではないよ」
ガスがいつものふにゃりとした顔を引き締め、影丸の前に座る。彼と同じように正座し、膝をつき合わせた。
「カゲマルは『桜の
「そうでござる」
影丸が頷く。
「その影にお山の清浄な気と『桜の主』様の精気が宿って生まれた。だからカゲマルは邪気がなく、性格も素直で穏やかな物の怪なんだ。しかし、それは違う」
ガスが彼に向かい首を横に振る。
「それはさっき言ったとおり、季節の陰の気に人界の雑念が混じって生まれたものだ。そんなものを中に入れてしまっては、カゲマルをつくる気が侵されてしまう。それではオレは『桜の主』様が守ったカゲマルの、新しい主人として申し訳が立たないよ」
影丸は前の主『桜の主』を去年の春に亡くしている。『桜の主』は彼の気性をとても愛でていたという。しかし自分が亡き後、影丸が眷属に仕えるとなると、彼等の純粋過ぎる故に冷酷な
それを案じた『桜の主』は最後に、大陸に移った娘『桜の姫君』に自分の死を知らせるという命を彼に与えたのだ。
その命に従い、大陸にやってきた影丸は『桜の姫君』を探す途中、お腹を空かせて行き倒れているところを私に拾われた。そして『桜の姫君』を巡る事件の後、『桜の姫君』のすすめもあって、私とガスを新しい主人としたのだ。
ガスの言うとおり、自然の清らかな気で生まれた影丸は、外からの邪気や瘴気を受け付けない。しかし、それが中からとなると……彼の中のシャドーマンの喜々とした雑念に胸がざわつく。
「ガス、私が……」
浄化してしまうよ、と言い掛けたとき
ガスが影丸の前に手をついた。
「主?」
「頼む。カゲマルが『桜の主』様が愛でたカゲマルであり続ける為に、どうかそれを出してくれ」
深々と頭を下げる。影丸が驚いたように黒いのっぺらぼうの顔をビクつかせた。
「……影は果報者でござる……」
雨音の中にぽつんと影丸の声が流れ、シャドーマンがお腹から出てくる。
「ミリー、頼むよ」
「うん」
私はすかさず影丸に手を当て、彼の中に少し入り込んだ陰気と雑念を浄化した。
次に
「あんたはどうしょうかな?」
シャドーマンを睨む。
黒い人影はビクリ! と震え、逃げるようにランプに戻った。
「主、すまなかったでござる。影は仲間が出来たようで嬉しかったのござる」
しゅんと謝る影丸にガスが「寂しかったんだね」と、ふにゃりと笑む。
そっか……。大陸に来て半年余り。影丸はホームシックになりかけていたのかもしれない。
「カゲマル、おいで」
私は膝をぽんぽんと叩いた。寄ってきた影丸を抱いて、そのまま膝に座らせる。
「カゲマル、お食べ」
フランが番頭さんが出した小さな焼き菓子を頭の上に乗せて持ってくる。
「今夜はカゲマルの好きなお茶を淹れるかな」
ガスが火桶で茶葉を煎り始める。
漂う香ばしい匂いの中、ぽりぽりとお菓子を食べる影丸の頭を撫でる。
「……本当に影は果報者でござる」
依頼人:ランプの持ち主の青年
依頼:シャドーマンのお祓い
報酬:元気になった影丸
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