第46話 塔へ(5/5)

 闇が濃霧のように、中央により集まってくる。なんらかの形を形成しようとしているのか、まだはっきりとしない。今の段階で攻撃しても、何か意味があるかわからない。ただ、やらないよりはやったほうがいいだろうと考え、即時実行中だ。


「リリー。この闇の濃霧は何が起きるか未知数だ。可能な限り吸い込むなよ」


「わかった! 先に精霊化しておく!」


「そうだな。リリーの方が精霊化で優れているからな。頼む」


「アストラル・ルヴニール!」


 金色の粒子はリリーの全身を包み、眩いほどの光を放つ。視界の先にある闇の霧と対比するかのようにリリーの方は、金色の濃霧が立ち込める。戦闘中だというのに、変わらず見つめてしまうほど美しい。


 リリーの妖精化を見届けるまでに、俺も次の段階の準備を始めた。


「ヴォルテッークス!」


 俺の肉体が人から悪魔へと変化していく。背中にはコウモリに近い黒い羽が生え、人の時よりは筋肉質な体に変異する。髪は伸び肩までにかかる長さだ。目は赤くなり、ここまでくれば悪魔化の完了だ。


 闇の濃霧は質感が変わり、広場中央に集約すると巨大な”黒い卵”となって立った状態で佇む。


 このまま魔法を当て続けることに、胸騒ぎを覚えた。なんだ? この嫌な感覚は……。帝国ダンジョンの最下層にいた女神の石造と比較すると、それよりさらに嫌な感じを受ける。


 リリーも妖精化が終わり、黒い卵をみて仕切りに嫌な感じがすると言い出す。何か伝わる物が、リリーにあるんだろう。今は感に従い魔法は止めて、様子をみていた。


――乾いた幹の割れる音がする。


 この大きさになると、薄い卵の殻が割れる音は、規模が違うようだ。はじめに聞こえた音はまだ優しい。今は意図的に割るように殻が割れていく。


 中から現れたのは、見た目こそ竜ではある物の何か別の物だ。まるで、水を全身に浴びたように濡れた輝きを放つ。体長は十メートルを越す、巨獣の類だ。


 周囲の様子が何かおかしい。


 微量な僅かながらの魔力が地面や遺体また、それらが身につけていた物からまでもまるで、蒸発するように湯気となり舞い上がる。


 黒い竜は、全身から吸い込んでいるようにも見える。アンチマジックどころの騒ぎではない。あの様子からすると、魔法ですら自らの物として吸収する可能性がある。


 つまり、魔法は竜にとって餌になる可能性がある。


 ここで一つ言えるのは、魔法を吸い込み自らのエネルギーにできる特徴の者たちがいる。それは――。


――魔法生物だ。


 対魔法生物戦は、魔法使いや精霊・妖精含めて苦手とする相手だ。飛び道具でもあり、医療用にもなる魔法が使えなくなると、手も足も出なくなる。


 正しく言えば使えはするけれど、餌を振りまくのと同じだ。吸収されて不利になり、有利には決してならないからだ。


「リリー魔剣を! 俺も奪った剣で出る」


「わかった! 久しぶりに疼くな!」


 リリーは妖精化してから、力に慣れるためにも常に、魔法を使い続けていた。本来は、剣を扱うのが得意で好きな様子だから、今回は強敵といえど若干楽しそうにすら見える。必要以上に、体が固くならないのはよしとすべきだろう。


「リリー行くぞ!」


「わかった! リリー行きます!」


 俺たちは左右それぞれから、竜めがけて駆け出す。俺たちのことを歯牙にも掛けないのか、まるで興味なさそうにしている。俺たちより、自身の体や手に興味があるのか、各部位を確認するかのように動かしている。


 まずは、竜の左あしふくらはぎに剣を当てて、引き裂いた。鱗は擬似的な物なのか、見た目以上に柔らかい。しかも、切った感触は肉と言うより豆腐に近い。刀身は当然半分以上入り、確実に切れたことを確認した。続けて尻をの切断を試みる。


 ――何だ?


 今の一刀目で、何か不気味な物を感じた。柔らかさはもちろんのこと、血肉を持つ生物とは明らかに異なる。


 何か? それは、再生だ。


「リリー下がるぞ!」


「わかった!」


 今の状態はかなりまずい。魔力は吸収されてしまい、物理的な変化は可能な物の損傷とえる物でなく形状変化に近い。剣で斬られた箇所を、魔力で補い修復してしまう状態だ。このままだとキリがないし、いつまで経っても倒れることはない。


 唯一倒せる方法は、魔法核の破壊だ。


「リリー聞いてくれ、今のままでは倒せない。そこで作戦がある」


「作戦?」


「そうだ。今の見た目の形状に惑わされずに、本当の魔力核の位置を見つける必要がある。恐らく魔力核は、自由に移動できる可能性が高い」


「うむ。そうだとするとあの巨体では、難儀だな……」


「ああ、その通りだ。けどな、見つける方法が一つだけある」


「あるのか?」


 リリーは首を傾げている。


「そのため、連携が必要だ。一方は、切り刻み続ける必要がある。修復のための魔力消費を誘導して、もう一方はタイミングを見て餌となる魔法を放つ。着弾する瞬間に魔力核が魔力を吸うため、一瞬光る。」


「光を見逃さぬようにして、位置を特定すればいいんだな?」


「そうだ。その光を見つける以外に、他に方法がない」


 俺たちは、互いの役割を再確認した後、再び竜に挑む。今回の勝利の鍵はリリーだ。俺はひたすら剣を振り回して、修復のための魔力消費を促していくしかない。


 今の竜にとって俺たち二人の存在は、取るに足りないとでも思っているんだろう。その証拠に、攻撃は受けるだけ受けて、何も反撃をしてこない。目を合わせるどころか、いない者のような扱いだ。恐らくは路傍の小石程度なのだろう。


 むしろありがたい。


 俺はリリーと互いに目くばせをして、竜に向かって走った。

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