第29話 女神の血涙(1/2)
加速させた先にあるのは、死だ。
勇者たちがこの絶望的な戦いをどう考えているかなんて、考えても意味がない。
あるのは生きるか死ぬかだ。
やっていることは、人族史上で他種族に対して行われてきた行為そのものだ。
今度は勇者たちの番になった。たったそれだけのことだ。
力なき者は、力ある者の餌でしかない。
弱肉強食が異種族同士の共通している価値観だ。
勇者たちが異種族に対してしてきたように、立場が逆転しただけだ。
誰かが送り込んできたなら頷ける。自ら飛び込んできたなら、集団催眠でもかかっているのかもしれない。この数は珍しい。
俺たちは、全力で持って殲滅を続けて半数近くまで減った時、変化が起きた。
「血? 雨?」
頭上から降り注ぐ血の雨と言える物は一瞬、勇者のスキルかと思った。
様子をよく見ると、違うことがわかる。
頭上から、異質な気配が空間を切り裂き一部だけ現れる。
その隙間から除く物は、女神のような顔つきをした者の目だった。
勇者たちは、歓喜をあげる。
唐突に女神もどきの目から、血の涙が溢れ落ちると、たちまち勇者は変化した。
動きがまるで違う。水を得た魚のように先とは正反対だ。
降り注ぐ血の雨は変わらず止まらない。
時限的な物と予測はしても今を切り抜ける必要がある。
「強い……」
全く別人と戦うようでもあった。一気に劣勢に回ってしまう。
状況が覆される異様な力を、目の当たりにした。なんだあの女神もどきは……。
俺たちも黙ったまま、やられるわけにも行かない。
「ダークボルト!」
俺はさらに、殲滅速度を加速させた。
勇者の使う魔法は異様な物だった。この世界ではみられない特殊な物に見える。
どちらかというと俺が知る近代兵器の機能に類似した物が多い。
エルは執行者の力で範囲殲滅を続けている。リリーも同様だ。
「ダークボルト!」
勇者たちの群れに数度放つと、さっきと比べて変化があった。
一撃でほぼ打ち取ることは可能だった。あの血の雨の前まではだ。
今は、敵全体の耐久力が上がったのか、辛うじて生存している者がいる。
血の雨を降らす女神もどきの出現は、異常事態と言える状況でも、顎骨指輪からは何も意思表示はない。
時間が経過して行くごとに勇者の数は減りつつも、まだ終わりが見えなく苦戦していた。
顎骨指輪がいう通りにダークボルトは使える。何のリスクもなしに、ここまでできたのは、うますぎる話しだ。今は代償なのか、異常な疲労感に襲われる。
このままではマズイ。内心焦りが出てきた。
未だに降り続く血の雨は物に触れると途端に吸収される。水溜りのようにはならない。
もちろん、俺の体にも降り注ぐ物の何も影響はないし、何か悪くなることもない。
疲労感の回復を待つほど、悠長なことはいっていられなかった。
この時になって、顎骨はしゃべりだした。
「汝の体の悲鳴ではない。魂の悲鳴だ」
「魂が削れているのか?」
「否、そうではない。もう汝は、限界に近い」
「どうにかならないのか……」
「無論。我ならできる」
「俺はまだ、動ける……」
「我に”十分”を明け渡すと良い。殲滅して見せよう」
「エルとリリーには手を出すな!」
「無論。約束しよう」
「お前、何が目的だ?」
「……見極める」
「何をだ?」
「……汝をだ」
「どういうことだ?」
「……いずれわかる」
「何!」
「貰い受けるぞ、汝の時間を!」
――何だ?
俺は一瞬何が起きたのか分からなかった。
視界に映る世界は色が二色だけになり、世界が”ズレ”た。
俺がいるのは灰色の世界。もう一方の世界は少しずれるようにして
薄い青色一色の世界。同じ絵が描かれた二枚のフイルムを横に少しずらして、
二重にした感覚だ。
俺がいる灰色の世界は、ほぼ停止している。動かそうと思えばわずか数ミリ程度は、動かせるようにも見える。
青色の世界は俺の意思が介在せずに、顎骨指輪の奴が俺の体を使い動き回っている。動いているのは青色の俺だけで他は完全に停止をしていた。
もう一人の俺は、意気揚々と勇者を手刀で串刺しにしてゆく。ダークボルトをなぜ使わないのか不思議ではある。丁寧に一体ずつ仕留めているようにも見える。
何をしたいのか分からない。実はダークボルトを放ちたくてもできないためにワザワザ個別に貫いているのかもしれない。動きは速く正確に、心臓を一突きで仕留める。
残り百体近くいた勇者は、すでにあと三人まで減った。
同じく胸を貫き最後の一人を仕留めたあと、奴は俺のところにゆっくりと戻ってくる。何か変なことに、俺が俺自身に嬉しそうにいう。
”来るぞ”と。俺が待ち望んでいた相手は、ここにやってくると。
声が脳裏に響く。
「胸の内は知っておる。汝が今度は青色の世界に行くと良い。
”滅却”と唱えよ。されば扉は開かれん」
灰色と青色が再び重なり、今に戻った。
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