神族と癒着する悪魔の組織からの追放処分〜女神を打ち倒す力を得るため焼印師を探す旅〜

雨井 雪ノ介

第1話 悪魔

「キリがない……」


 俺は無造作に転がり、無数にある悪魔や神族の遺体を見て、ふと呟く。


 それというのも、見境なくこいつらが突然、襲撃してきたからだ。

おかげでこの教会風の建物は、崩れかかるほどひどい。


 俺はこんななりでも、悪魔の端くれではある。早々に、やられてやるわけには、いかない。


「そこにいたか……レン! お前さん、やっちまったんだってな!」


「……」


 突如、正面十メートル先に現れた同族の奴に、俺はとくに答える気がなかった。


「シュラウドの旦那とつるんでいるさ、神族やっちゃ〜、おしめーよ?」

「チッ!」


 俺は、奴の筋骨隆々な腕から生える刃を見逃さず追った。一瞬で間合いを詰めてくる奴は、横一線で切り裂こうとする。その動作を俺は、上半身を反り紙一重で交わす。

わずかながら、前髪を切り飛ばした残骸が、顔の前を舞う。


「少し男前になってきたんじゃないか? ええ? レンの旦那よ〜」


「……」


 俺はこの口数の多いこいつには、嫌気がさしていた。すれ違いざまに、中段の前蹴りをももに与えても、奴はびくともしない。


 次に奴は、両方の腕から刃を生やして、俺に迫る。左右から突き刺すつもりなのか、同時に刃が俺の肩口に迫る。ここで伏せるのは悪手だ。おそらく膝蹴りがとんでくる。なので俺は、一歩後退し間合いをずらした。


 そこで間髪入れずに、ダークボルトを手のひらから放つ。。


「ぐあぁぁーーぁ!」


 奴の叫びは、俺の攻撃が成功した証だ。奴は背中から爆散し臓物を撒き散らす。俺の戦い方は知っているだろうに、油断しすぎだ。


 そのまま前のめりに倒れ、他の遺体と同じようにピクリとも動かない。同種といえど、この攻撃を喰らえば間違いなく死ぬ。それに、このダークボルトを喰らって無傷な奴は、今まで一人しか知らない。


 すると今度は頭上から、見下すように囁く者がいる。あの妖艶な美女は、リーナだ。


「レン、あなたはもう見つけられたのよ? 逃げることはムリだとなぜわからないの」


「ああ、俺も”見つけられた”んだ。努力しているさ。これでもな」


 奴らを殲滅する武具の存在を、感づかれたかはわからない。刹那、雨のように魔力の塊が降り注ぐ。

 俺は回避ができないと悟り、建物の影に逃げ込む。

 そのわずかな呼吸の合間、壁に寄ったつもりが背後からリーナが迫る。


「おやすみ、レン。愛しているわ」


「ああ、おやすみ、リーナ」


 振り返ると同時に互いの両手から、高濃度な魔力と衝撃波が互いを襲う。超接近戦だったためか、両者は互いに吹き飛ばされて見えなくなるほどに、距離が離れる。


 これは、リーナがあえて仕組んだことだとわかる。彼女なりの優しさなんだろう。


「……助かった。か……」


 互いに見失ったことで、この場からようやく離脱ができた。

俺は満身創痍の体とこの足で、唯一の仲間であるギャルソンの元へ急いだ。



――数刻後


 ギャルソンの隠れ家についた俺は、さっそく手筈通り実行をしてもらう。


「本当にいいのかい? 悪魔をやめてどうする?」


「俺は……。(女神が死ぬのを見て)……みたい」


 俺は、ぼんやりと黒く染まる天井を眺めながら答えた。

滑舌が悪いのは、相次ぐ襲撃に身も心も疲弊していたから、……かもしれない。


「?……。何をと聞くのはこの際、野暮だね。これをすると、悪魔でもないし神族でもない。何になるかは運命次第だよ」


 どうやら彼は、誰をとは聞き取れなかったようだ。


「構わない」


 運命に委ねるのも、たまにはいいかもしれない。すべての半分はどうでもよく、残りの半分は期待をしていた。


「それに、君の今の認識や意識や意思ですら、あやふやになるよ?」


「構わない」


 この悪魔、ギャルソンの気遣いには本当に、痛み入る。


「意思は固いんだね。わかったよ……。おやすみ、レン」


「ああ。おやすみ」


 このあと俺は急速に、意識が遠のいていった。俺が望んだとおり、転生は成功し種族としての死を迎えたのだろう。


 その代わり、俺にはもう一つの秘策がある。それを成就させるには、ある物が足りない。

なんてことはない、この行為は、ただそれを取りに行くだけだ。


 ……もうこれ以上、考えるのは難しくなってきた。


 おやすみ……俺。



――夢? なのか?

 ぼんやりとする頭を起こした。


 俺は、冷え冷えとする硬い岩肌を背にして、横たわっている。冷たさを感じはする物の寒さはない。

何か体にまとわりつく滑りに、少し不快と感じて、上半身を起こす。


 どうやら谷底で目覚めた俺は、血塗れの状態だ。

辺りは暗くとも、夜目が利くのである程度は見える。


 おそらく俺は、地面に頭を打ち付けて死んだのだろう。

このおびただしい血と、はるか頭上に見える外光から、落ちたと見えた。


 なぜかこの惨事なのに、淡々と俺自身に起きた状況を見ている。


 ……何かおかしい。俺とは誰だ? どこか違和感のある知識や景色と記憶が混ざる。


 徐々に記憶が鮮明に蘇ってくると、先ほどのことを思いだしていた。

確か俺は、この上の崖から突き落とされて……。原因は、妬みか僻みか恨みかのいずれかで……。


 ――そうだ、俺はこの魔法界に転生したんだ。


 でもなんで、元の体の記憶があるのかわからない。ひどく混濁した記憶になっている。


 混乱をさせる要因は、俺は悪魔に転生し、この者はこの魔法界へ、人のまま転移をしてきたわけになる。


 そこで俺は悪魔から再び転生し、今度はこの人間の体に移りこんだ。


 ここにいるのは、人間としては亡くなったけれども、俺が人間の体に宿り、蘇ったことになるのか……。

まだ何をいっているのか、整理がつかない。けれどもそれは、確固たる事実だと認識している。


 結論からいうと俺は、この魔法界でも弱者に近い者の体に乗り移ったことは、唐突に理解できた。


 だからといって体の持ち主の意識が、介在することは無い。俺の確固たる意思と目的は、十分にわかるほど脳内に伝播していった。


 大丈夫だ、第一段階は成功した。今は目的の成就が、最大の悲願になる。


 もともと悪魔に転生して、今度は人間に転生だ。久しぶりの気分をぶち壊すかのように、この持ち主への人としての待遇は酷かったようだ。それだけ、どこか自分ごとのようにすら感じてしまう。たかだか十六程度の男を、寄ってたかって虐めるとは、周りの奴らも少々大人気ない。


 しかもこの異界において、同郷の存在ってかけがえのないような気がするのは、俺の気のせいだろうか。


 それよりは、持ち主を殺したんだから、あいつらは殺されても仕方ないだろうな。


 ぼんやりしたように考えていても、俺の中ではふつふつと、元の持ち主を殺した奴らへの襲撃を思い浮かべていた。元の持ち主の記憶が俺を多少感化させているのかもしれない。


 なんと言っても今の俺には、持ち主が望む力がある。ゆえにそいつらを惨殺できる。手向けの花として奴らの亡骸でも添えてやるか。


 こうして、人と悪魔の両方の記憶と知識はあるとはいえ、今の俺としての実感がまるでない。

そんなわけで、俺はあらためて体験と体感をすることにした。


「これで……いいのか?」


 俺は軽く身構えると一気に飛び上がった。

すると拳程度の大きさだった頭上の光が、足元まで届く位置についてしまった。


 つまり、ジャンプだけでここまで辿り着いたことになる。


 身体能力は、そのまま転生前と変わらないようだと理解はした。

ただ、その実感が無いだけで、今は一個ずつ積み重ねているところだ。


 今いる場所は洞窟のようで、外に出ると一気に森になった。

太陽は頭上に上り、きっと正午だろう。雲ひとつなくいい天気だ。


「ダークボルト!」


 俺は、不意打ちでもなんでもなく、思いつくまま放っていた。

この清々しいまでの澄んだ空気と青空と太陽の下、似つかわしくない黒い雷撃が地面を穿つ。


 まっすぐ伸ばした腕の先にある、手のひらから放たれた黒い雷撃は、ジグザグになりながらも意図した場所に着弾する。


「問題ないな……」


 目先には、底が見えないほどの陥没が出来上がった。地面スレスレを意図したためか、ガラス状に変化している。


 地質が変化するほどの熱量がある証拠だ。これは喰らったらひとたまりもない。

試しに掌底の要領で大木に向けて放つと、内側から爆散するかのように破裂した。

まだ不慣れな状態ではありつつも、体は立ち上がってきた感じがする。


「……いけるか?」


 俺は拳を開いたり閉じたりしながら、体の状態を確認していた。

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