第5話「もっと素敵な人」
ソフィーナの思いも寄らない提案に驚くあまり、私の手は自然と口元を押さえていた。
「あなた、何を言ってるの?」
「言葉通りですよ、お姉様」
ぴん、と指を二本立てながら、ソフィーナ。
「恥が服を着て歩いているようなオズワルド様を外に出せば何が起きるか分からない。これは全員の共通認識です」
「貴様ぁ! この僕を侮辱――」
「オズ。少し黙ってろ」
「ふぐっ」
青筋を立てるオズワルドを押さえるアレックス。
そちらを一瞥しながら、ソフィーナは続ける。
「誰かがオズワルド様を支える必要がありますよね?」
「そんなの、あなたがする必要なんてないわ」
婚約破棄の話を何もかも無かったことにして、これからも私がオズワルドを見ていけばいいだけの話だ。
……彼への気持ちは一切無くなってしまったけれど、それが公爵令嬢としての義務だ。
「いいえ。先程言った通り、私は何らかの罰を受けなければなりません」
でないと示しがつきませんからね、とソフィーナは続けた。
「どうですかアレックス陛下。あなたの悩みの種を解決する良い案だと愚考致しますが」
アレックスはオズワルドの駄目っぷりをよく知っている。
私が見捨てたとなれば、もう切り捨てる以外に選択肢が無くなることも。
「ソフィーナ。お前はそれでいいのか?」
「はい」
「犯した罪に対してあまりに罰が重いように思うが……」
「そこはほら、王族との縁を持てるというご褒美もセットになっていると思ってください」
渋るアレックスに、ソフィーナはそう告げる。
そして、すすすっ――とオズワルドに近付き、彼の腕に自分の腕を絡めた。
「オズワルド様はいかが思われますかぁ? 悪くない案だと思うのですが」
「……う、うむ。この感触は悪くない」
あれほどソフィーナに怒っていたというのに、あの子が「ぎゅうー」と抱きついた瞬間、オズワルドもまんざらではない様子になった。
というか……『悪くない』って、何か、別のことに対しての感想のような気がするけれど。
そもそも見た目はソフィーナの方が好みって言ってたのだから、鼻の下を伸ばすのは当然と言えば当然か。
しかし、ソフィーナの真意が分からない。
あの子が突飛な行動に出ることはままあるけれど、今回は輪をかけて奇妙だ。
訳が分からず困惑する私に、彼女はぱちりとウインクをした。
(大丈夫ですよ、お姉様)
その目が雄弁に、そう語りかけていた。
「――という訳で、これからよろしくお願いしますオズワルド様」
「ふふん! しっかり僕を支えるんだぞ」
結局、ソフィーナに丸め込まれるような形となった。
「二人はそれでいいとして、レイラはどうするんだ」
オズワルドの新たなお目付役(?)として、ソフィーナが彼と婚約すれば必然的に私が余る。
長年、彼の婚約者の立場だった私に次の相手が見つかる可能性は……ないことはないが、しばらく時間を置く必要があるだろう。
「ご安心を。お相手ならもう見つけてあります」
「ほう。誰だ?」
「あなたですよ、アレックス陛下」
「俺?!」
いきなりの指名に、アレックスは目を剥いた。
「ええ。ずっと叶わないと諦めていた片思い相手の隣が空いたんですよ? そこは間髪入れずに自分が入らないと」
「――へ?」
アレックスが片思い?
誰に?
……私?
「ソフィーナ!? いいい、いきなり何を言い出すんだ!? 俺がレイラを好きだなんて、そそ、そんなことは……」
「弟の婚約者だからと、ずっと気持ちを押し込めてきたんでしょう?」
「誰だ!? 誰がそんなことを言っている!」
「今の陛下の表情、仕草、態度。全部が雄弁にお姉様への気持ちを物語っていますよ」
ソフィーナがそう言うと、アレックスは、うぐ、と言葉を詰まらせた。
赤い頬。上下する肩。震える声音。
いつの間にか彼は稀代の賢王ではなく、顔を赤くして狼狽える青年の姿になっていた。
「アレックス陛下……今の話は」
「…………ああああ! 本当だよ! 俺はレイラが好きだ!」
半ばやけくそ気味に、アレックスは叫んだ。
▼
「あとは若いお二人で」という言葉を残し、ソフィーナはオズワルドと共に部屋を出た。
あちらはあちらで食事をして親交を深める、とのことだ。
「……」
「……」
しばらくの沈黙が流れたあと、アレックスが照れを隠すように笑った。
「君の妹は不思議だな。自信満々に核心を突いてくる」
「そうですね」
時折、ソフィーナは心の中が透けて見えるのでは、と勘繰ってしまうほど鋭い発言をすることがある。
いつだったか、父が一度だけ不貞を働いたことがある。
それにいち早く気付いたのもソフィーナだ。
曖昧な表現ではなく、まるで現場を見てきたかのように自信たっぷりに言い放っていた。
――お父様。どうして他の女と寝たんですか?
あの時もソフィーナは言い繕う隙を許さなかった。
アレックスは玉座から立ち上がり、私の前で膝をついて手を取った。
「どうだろうレイラ? 俺との婚約……考えてくれないか?」
「……どうして、私なんですか?」
「俺の憧れだったからだ」
「憧れ?」
アレックスは昔を懐かしむように目を細めた。
「君は何をするにも一生懸命だった。そんな様を見て俺も焚き付けられたんだ」
「そうだったんですか?」
「ああ。勝手にライバル視もしていた。負けてられるか、ってね」
どうやら一心不乱に学んできた様子を見られていたらしい。
……全然気が付かなかった。
というか、アレックスは私より年上だ。
最初から眼中にないと思っていたから、私も彼のことを知ろうとしなかった。
「気付けば、俺の中で君の存在はとても大きいものになっていた。君がいなければ、俺はまだ王位継承すらしていなかったし、『賢王』なんて大層な名前で呼ばれることもなかった」
「……」
――きっと、もっと素敵な人に見初められると私は確信しています。
朝に言われたあの言葉。
もしかして、ソフィーナにはこの未来も見えていたんだろうか。
「で、どうだろう? もちろん無理にとは言わないが……」
汗ばみ、緊張で僅かに震えるアレックスの手を握り返し、私は精一杯の笑みを浮かべた。
「喜んで」
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