最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います
八緒あいら(nns)
プロローグのプロローグ
第1話「百回見た光景」
「レイラ! お前との婚約を破棄する!」
「はい?」
婚約者であるオズワルド第二王子に呼び出されたと思ったら、開口一番にそんなことを言い渡された。
オズワルドは年齢にしては少し子供じみた性格をしていた。
あまり自分の婚約者を悪く言いたくないけれど……有り体に言うならワガママな性格だ。
優秀すぎる第一王子があっさりと国王に即位したせいか、今代は王位継承に関する派閥争いは起きなかった。
ゆえに第二王子であるオズワルドには『王に即位するかも』という期待を誰からも寄せられず、ただただ甘やかされて育っていた。
勉強をサボる、稽古を逃げ出す、食べ物の好き嫌いが多い……等々、小さい頃からワガママ放題。
七歳で婚約者として紹介されて以来、私はそれをずっと、間近で見てきた。
「オズワルド、何を言っているの?」
「貴様のような愛想のない女はもうたくさんなんだよ! 毎回グチグチと小言ばかり!」
小言が多い。
思い当たるフシはある。
私は王族の婚約者に相応しい女であるよう、徹底して厳しい教育を施された。
座学、礼儀、音楽、ダンス。さらには有事の際、彼を守れるようにと戦闘訓練まで、本当に多岐に渡って学んできた。
一切の弱音を吐くことも許されず、泣くこともあった。
それもすべてはオズワルドのため。
ワガママ放題の腑抜けであっても王族は王族だ。何かの拍子に他国との揉め事を起こす火種として利用されかねない。
彼が粗相を働かないように見守るのは婚約者である私の役目――ずっと、両親からそう教えられてきた。
優秀すぎる兄がいたせいでオズワルドもオズワルドなりに苦悩していたはずだ。
勉強の時間から逃げたり、ワガママを言っていたのも、少しでも気を引いて自分を見てもらうため――そう思っていた。
(私がしっかり見てる。だから大丈夫よ)
その証明として、彼に小言をたくさん言ってきた。
愛嬌でもって癒やすことは娼婦でもできる。
しかし、真の意味で彼を支えることができるのは私だけ。
彼もそれは当然のことと理解し、受け入れてくれていたとばかり思っていた。
歪んではいたかもしれない。けれど、私とオズワルドの心の中は繋がっている。
そう思っていた。
そう信じていた。
……それは、私だけの独りよがりだったようだ。
「ずっと遊んで暮らせるほどの金はもうある! 勉強も礼儀作法も学ぶ必要なんてない! お前はただ、僕に愛想を振りまいていればいいんだよ!」
オズワルドは兄に対する劣等感や、周囲から期待されないことなど何とも思っていない。
ただ、嫌なことから逃げて楽をして生きたい。
それが今、はっきりと分かった。
これまで頑強に自分を支えていたものが、音を立てて崩れていく。
衝撃で、私は少しだけ目眩を覚えてふらりとよろめいた。
「……オズワルド、少し落ち着いて。私と婚約破棄すれば、公爵家と王家の関係も悪化するわ」
長年の勘違いが発覚し、彼への気持ちが冷めていく。
それでも個人の感情で婚約破棄はできないと、公爵令嬢である自分が囁いてくる。
我が国の王族と複数ある公爵家は切っても切れない間柄にある。
国を長期的に安定させるため、互いに娘や息子を結婚させて関係を深めているのだ。
だから婚約破棄となると、それは両家の顔に泥を塗る行為に等しい。
「それは問題ない。お前の妹、ソフィーナを娶るからな!」
「……え?」
「ソフィーナはお前と違って愛嬌たっぷりで、小言を言うことがない! 顔もお前より可愛いしな!」
私の妹、ソフィーナは天真爛漫といった言葉がよく似合う可愛らしい子だ。
庇護欲を掻き立てる容姿と愛くるしい笑顔で、男性からの人気も高い。
――しかし、私は彼女の本性を知っている。
あの子は私がやることに何でも興味を持ち、同じものを欲しがる。
――お姉様と同じがいいです。
無邪気にそんなことを言う子だった。
私はやめなさいと言うが、両親は妹の望むものを与えていた。
あの子を娶るですって?
冗談じゃない!
そんなことをしたら……。
「ソフィーナと結婚すれば公爵家との絆は途絶えん! むしろそっちの方が関係が良くなると言うものだ!」
「オズワルド……。それは、それだけはやめて」
震える手を伸ばし、必死で訴える。
私の焦りを感じ取ったのか、オズワルドはようやく手応えを得たと笑みを深める。
「ふん。今さら自分の立場を理解しても、もう遅い! ソフィーナ、入ってきてくれ!」
「!」
オズワルドの背後にあった扉。
僅かに開いていたそこから、キィ……という音を立てて、一人の人物が入室する。
「ソフィーナ……帰ってきていたの」
魔法の研修でしばらく家を空けていた妹。
そろそろ戻ってくるとは聞いていたけれど……。
「……」
我が妹は、いつも通りのフリルをあしらったドレスを纏っていた。
愛らしい笑みは今はなく、顔を俯かせたまま一歩ずつ近付いてくる。
「聞いての通りだソフィーナ! 僕はこの女と婚約破棄をして、君と結婚する!」
「……」
「君と彼女の不仲は伝え聞いている! どうだ? 姉から男を奪った爽快感は!」
「……」
ソフィーナは何も言わないまま、オズワルドの横に並び立った。
「僕が君を選んだということがどういう意味か分かるかい? 君の方が容姿共にすべて優れているという――」
喜び勇んだオズワルドが、ソフィーナの肩に腕を回そうとしたそのとき。
彼の手首を掴み、ソフィーナは顔を上げた。
「へ?」
間抜けな声を上げ、オズワルド。
ソフィーナは、愛らしいと評判の彼女がおよそ浮かべるはずのない表情を浮かべていた。
それは例えるなら――鬼のような形相だった。
「――しね」
「はぶぅ!?」
ソフィーナは滑らかな動きでオズワルドの顎を打った。
全身のバネを惜しみなく使った、惚れ惚れするような一撃だ。
彼女は弧を描いて吹き飛ぶオズワルドとの距離を詰め直し、胸ぐらを掴み上げて凄む。
「お前……今、何て言った?」
「ひいぃ!? なんだ、どうしたんだソフィーナ?!」
「あーあ……やっちゃった」
妹は怒り狂い。
オズワルドは怯え。
そして私は天を仰ぐ。
「どうしたじゃないだろ。質問に答えろ」
私が、私だけが知るソフィーナの
「――私が敬愛するお姉様に対して、なんてことを言いやがったんだって聞いてんだよ!」
――お姉様を悪く言う奴は私の敵です。
私の妹は、とんでもない
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