2 変わった事

「くそ……思ったより長引いたな」


 あの後殲滅作戦を終えた隼人は、帰路に付きながら疲れ切った表情でそう口にした。

 相変わらずの低人員。雄吾と隼人を要とした作戦。

 あの一件から二年で雄吾もまた飛躍的に強くなった。呪術の力量もそうだが、これまで比較的弱点と言っても良かった初期反応の鈍さが無くなり、いかなる事態でも迅速に反応する事ができるようになっていて、今日も吸血鬼相手に無双の立ち回りを繰り広げていた。


 一方の隼人も中学生の段階で、その雄吾と同等に近い力を手にしていて。規格外の実力を、今の段階で持ち合わせていて。結果雄吾ですら高校を卒業するまでは過保護に扱われていたのに、低人員の作戦で要の一つとして数えられている現状に至る。


(……この調子だ)


 この調子で強くなり、雄吾をこのまま追い抜く程強くなる。そして規格外の強さで規格外の出世スピードで高い地位を手に入れる。二年経過しても具体的に何をどうすればいいのかは見えてこなかったが、地盤は着々と固まりつつあった。


「……ん?」


 と、そこでポケットに入れてあったスマホに着信が入った……冬野だ。


「もしもし」


『あ、桜野君こんばんは。今大丈夫だった?』


「ん、ああ大丈夫。丁度今仕事終わって一人になったとこだし」


『仕事って滅血師の仕事だよね。大丈夫? 怪我とかしてない?』


「ああ、大丈夫。無傷だよ無傷」


 とりあえず嘘を付く必要が無いのでそう答えておくが、もし自分が大怪我をしていたとしてもそう答えていただろう。

 何せその嘘は冬野にばれる事はない。なにしろ暫く冬野と直接会う事は無いのだから。


 冬野は中学二年の冬に転校した。


 そこに吸血鬼絡みの問題があった訳では無く、ただ単に父親の仕事の都合という奴らしい。他の吸血鬼と違ってどこまでも人間らしかった冬野はそういう所も人間らしかった。


 とにかくもう冬野は自分のすぐ近くにはいない。

 だからこうして結構頻繁に取り合う連絡で自分が余計な事を言わなければ、冬野の中では適度に頑張っている桜野君でいられる。


 冬野は無理をして怪我をしてくると、毎回怒るし偶に泣くから。


 だから自分が普通にそれなりに無茶をしている事は言いたくない。余計な心配を掛ける。


『ほんと? なんか桜野君その辺に関しては前科何犯か分かんないしなー。正直全然信用ならないんだよね』


「いやまあそうなんだけどさ……で、でも大丈夫。今回は普通に怪我してねえから」


『……そっか。なら良かった』


 安心した声音でそう言う冬野に、隼人は問いかける。


「で、どうした? 何かあったか?」


『何か無かったら掛けちゃ駄目かな?』


「……いや」


 と、そこから本当に他愛のない雑談をする事になった。

 電話の先で冬野の笑い声を聞いて。頻繁にする雑談でそれを聞けて。その都度安堵する。

 少なくとも現状、冬野を取り巻く環境がまともである事を確認できるから。

 自分がまだ碌に何も出来ていない間に、最悪な事態になってはいないと思えるから。

 だから本当に冬野が笑ってくれて良かったと思えた。

 その声が聞けたならまだ頑張れる。折れずに走り続けられる。

 そしてそんな会話を交わす中で、冬野からこんな問い掛けが投げられた。


『そういえばさ、そっちは何か変わった事とかあった?』


「変わった事……か」


 冬野の問いに言葉を詰まらせる位には、変わった事はあった。

 その事を冬野に告げるべきか迷ったけど。寧ろこれは冬野にしか言えない事だから。

 隼人は一応周囲を見渡して誰もいない事を確認してから冬野に告げる。


「実はさ、この前転校生が来たんだけどさ……そいつ吸血鬼だったんだよ」


『……え?』


 冬野はあまりにも予想外の言葉が返ってきたとばかりに、そんな間の抜けた声を出す。


『ちょ、ちょっと待って。吸血鬼だったの?』


「ああ。まあほんと気付けたのは偶然なんだけどさ。偶々そいつが怪我した所を見付けたんだよ。傷がすぐ治ったのを見てあ、吸血鬼だって思った。いや、ほんとビビったわ」

『……それで、どうしたの?』

 どこか不安そうに訪ねてくる冬野に対し、隼人は一拍空けてから答える。


「まあお前の前例がある訳で、流石に速攻で殺しに掛かる様な事はできなくてさ……色々あって今は友達だよ」


 ああそうだ。友達になれた。

 転校生はまともな吸血鬼だった。だから今友達やれてる。


『友達……いや、でも……』


 冬野はとても不安そうな声音でそう言うが、隼人は笑みを浮かべて言う。


「大丈夫だ。何せ俺はずっと頭がおかしい吸血鬼と戦いながら、まともな吸血鬼と接してきたんだ。接した相手がどちら側かなんてのは分かってるつもりだ。だから大丈夫」


『……』


 冬野は隼人の言葉に暫く沈黙を残した後、不安そうな声音で静かに呟く。


『……そっか』


 冬野はそれ以上、その事に関して何も言わなかった。

 そしてそれから暫くして、隼人が家に着いたのをきっかけにその日の会話は終わる。

 あの話から冬野は終始様子がおかしかった。


(……まあ心配するのは分かるけども)


 だけど実際に大丈夫だ。ちゃんと自分はうまくやれている。

 0.01パーセントの吸血鬼を生かす術はまだ見付けられなくても、せめて0.01パーセントの吸血鬼を殺さないでいられた。

 踏み外してはならない道を、踏み外さずに入られた。

 そう考えれば、自分はほんの少しだけでも前に進めているのかもしれない。

 そんな事を考えながら滅血師、桜野隼人はこの日も無事一日を終える。


 明日からまた、冬野を助けられるような滅血師になる為に。

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