第2話 1体

 1体の少女が毛布にくるまり、窓外を見下ろした。


 雪のちらつく街路に行き交う人々を眺める。

 浮浪者のような格好の人や、コートをたなびかせて歩くビジネスマンのような人、厚化粧に露出の多い水商売を思わせる風貌の人。




 少女が舟を漕ぐように、うつらうつらと頭を揺らした。

 が、すぐに激しく頭を降り、瞼を意思の力で押し上げた。


 少女は静かにしていなくてはならない。

 眠ると少女は、歯軋りや寝言や呻き声を出して騒がしくなる、らしい。

 だから、寝たいけれど起きていたい。




 少女の視界には、狭い屋根裏部屋の壁と天井と床と窓、蜘蛛の巣、未完成の油絵、裁ちばさみ、下書きの紙と鉛筆がある。


 おままごとを始める。ティーカップの持ち手を摘まむように、右手の人差し指、中指、親指を曲げた。


 また、窓の外が気になる。ファーティペット(長毛の首巻き)をしている薄着の人がまだ路上に佇んでいる。少女と同じくらい凍えている。


 少女はその人に、窓から毛布を投げ渡そうと起き上がる。しかし、この屋根裏部屋の窓は嵌め殺しだった。




 屋根裏部屋に女が上ってきた。どの指を切り落とすか選べ、と女は言った。女は再び降りていった。




 1体の少女は細かな切り傷のついた右手を裏返した。今度は、表返した。欠けた親指の爪をくわえた。


 少女は10本の指を開いたり、握ったりした。

 開いた手の指を小指から順番に握りこもうと試すと、できない。


 小指、薬指、中指、人差し指、親指。

 その順番に、小指を内側に折ろうとすると必ず薬指がついてきてしまう。小指と薬指はつながっている。2人だ。


 小指は曲げて薬指は伸ばす。やはりできない。小指、薬指。できない。小指、薬指。できない。


 少女が夢中になってその動きを繰り返すと肘が壁に当たり、カタリ、と物音が立った。


 大人の声のざわめきが、少女の座る屋根裏部屋の下で起きた。

 少女は乾いた唇を、さり、と舐め、1回だけ生唾を飲んだ。



「にゃおーん」



 少女の一声で足の下の気配が軟化した。少女の心拍も緩やかとなった。


 神様、と紙に書き記す。その上に、バツ印を書きこむ。


 神様、の上に✕。神様、の上に✕。神様、の上に✕。神様、✕。

 不意に✕が神様、の文字の下についた。これでは、神様、キッス(kiss)、だ。


 少女の睫毛が忙しなく上下し、頬が紅く色づいた。紙を慎重に折り畳んだ。


 まだ乾いていない油絵を引き寄せ、独特の絵の具の匂いを嗅ぐ。

 1体の少女の頬は濡れていた。


 顔を上げて自分を誇れ。


 左手の小指が布張りの絵を引っ掻く。絵は柔らかく歪み、1人は鮮やかに汚れた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る