第19話

 涙を堪えながら、私は近くのバス停からバスに乗る。行き先なんてどこでも良かった。ただあの場所から離れたかった。


(馬鹿みたい。若佐先生が離婚届を送ってきた時から薄々分かっていたじゃない……)


 鼻を啜ると、手の甲で目を擦る。

 悔しくて泣いている訳じゃない。若佐先生にとって、私は本当にただ一時的な関係だったと認識させられたのが悲しいだけ。

 若佐先生が日本を離れる時、どうして役目を果たしたのに契約結婚を解消しないのかずっと疑問に思っていた。

 けれども、さっきの若佐先生と若佐先生と話していた女性を見ていて気がついた。

 私はただの女除けだった。若佐先生がニューヨークに住む想い人と添い遂げるまでの防波堤。他の女性から好意を寄せられ、知り合いから縁組を組まれない為だけの存在。


(そうよ。若佐先生とはただの他人。たまたまあの日私と出会って、たまたま私が未婚だったから、縁談を断るのに都合が良かっただけ。ただそれだけ……)


 目頭が熱くなって、目を強く瞑った時、車内アナウンスから微かに「セントラルパーク」と聞こえた気がした。私が顔を上げた時は、既に誰かが降車を知らせたようで、「STOP」のライトは点灯していた。

 バスが停まると、私も降車する客に続いてバスを降りたのだった。


「これからどうしよう……」


 とりあえずセントラルパーク近くでバスを降りたものの、行く当てが無ければ、特に行きたい場所もなかった。

 スマートフォンの時刻を確認すると、予約しているホテルのチェックイン開始時刻までまだ時間があった。近くのカフェに入ろうかと辺りを見渡すが、どこもオシャレな男女で賑わっており、とても英語力がからっきしの私が入っていけるような雰囲気ではなかった。

 ただ、このままバス停前に佇んでいても、他のバス利用客の邪魔になるだけなので、スマートフォンの地図を頼りにセントラルパークに向かって歩き出す。


(今はセントラルパークで時間を潰して、それからホテルに向かえばいいか……)


 少し歩くと大きな横断歩道に辿り着く。赤信号だったので他の通行人達と一緒に信号待ちをしていると、スーツケースを引きずった日本人が珍しいのか、近くで信号待ちをしている現地人と思しき男女に物珍しそうにジロジロ見られたのだった。


(うう……恥ずかしい……。若佐先生もこっちに来たばかりの頃はこんな気持ちになったのかな……)


 また若佐先生の事を考えてしまい、頭を振って追い払おうとする。

 私はじっと手元のスマートフォンと自分の靴の爪先を交互に見る事で、周囲の視線に気付かない振りをして、耐え忍んだのだった。

 信号が青に変わると、他の人達に続いて横断歩道を渡ってしまう。

 セントラルパークに近づくにつれて、食べ物の屋台が増え、人待ちをしているのか大勢の人達がスマートフォンを片手に立っていた。そんな人達の前を通り越して、私はセントラルパークの中に入って行ったのだった。

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