第65話 暗殺者の技能

「なるほど……でも、証拠はあるんですか?僕が採掘場で発掘して鉱石を持ち帰ったという証拠は?」

『えっ……』

「僕が持って来た鉱石が採掘場の鉱石だと証明する事はできるんですか?無理ですよね、だいたいこの街が管理する鉱山とか言ってますけど、その鉱山はどんな状況ですか?魔物に乗っ取られているのに管理しているなんて言えますか?」



イチの思いもよらぬ反論に冒険者達は唖然とするが、彼等はイチが採掘場から鉱石を確保したと思い込んでいるが、その証拠は持っていない。仮にイチが今ここで鉱石を所持していたとしても、それが採掘場から発掘した代物だと証明する方法はない。



「だ、だが……銅級冒険者のお前が貴重な鉱石を持ち合わせているはずがない!!」

「それは貴方の偏見ですよね、それって銅級冒険者に対する差別じゃないですか?」

「な、なら……お前が鉱石を持ち込む前、前日に採掘場に出向いたのは確かだ!!それが証拠だ!!」

「証拠の意味を理解していますか?貴方達が目撃したと言い張っても証拠にはならないでしょ。第一に採掘場の出入りが禁止されているのは一般人だけであって、冒険者の立ち入りは禁止されていないはずです。勿論、この街の冒険者だけしか立ち入りを許可しないなんて話も聞いてませんよ」

「ううっ……」



思いもよらぬイチの言葉に冒険者達は顔色を変え、彼等はイチが採掘場で鉱石を発掘してきたと思い込んでいたが、その証拠がなければイチが惚けてしまえば話は終わりである。


彼等がイチの元へ来たのは彼がどのような手段で貴重な鉱石を採取したのか知るためだったが、その前に彼等はイチに対してあまりにも失礼な態度と行動を取り過ぎた。だからこそイチも意地として教えるつもりはない。



「とにかく、尾行は迷惑なのでやめてください。また付いてくるようなら警備兵に相談します」

「ま、待て!!そんな事をしてもお前の方だって僕達が尾行した証拠なんて……」

「ありますよ。周囲の皆さんが証人です」

「えっ……」



冒険者達はここで自分達が騒ぎ過ぎた事気付き、教会の出入口の前で騒いでいるイチと冒険者達の姿を見て大勢の人間が立ち止まっていた。その中には教会に用があるこの街の冒険者も含まれ、彼等の話を聞いていた。



「おいおい、また黒虎の奴等が騒ぎを起こしてやがるぜ……」

「あんな男の子によってたかって脅迫か?」

「全く、恥ずかしいぜ……」

「う、くっ……きょ、今日の所は見逃してやる!!」

「カ、カイン!!待ってくれよ!!」



他の冒険者達の囁き声を聞いてカインは流石にこれ以上にイチに絡むのはまずいと判断し、これ以上に注目を浴びる前に離れる。そんな彼に他の3人も続き、絡まれたイチは面倒くさそうに溜息を吐き出す。



(この街の冒険者は柄が悪いな……さっさと帰ろう)



イチは教会から離れて宿屋へ向かおうとした時、カイン達が消えたというのに何故か嫌な予感がした。まだ冒険者になりたての頃、ゴズに絡まれた時からイチは気配に敏感になり、嫌な気配を感じとる。


足早にイチは教会から立ち去ると、宿屋とは正反対の方向に移動する。この街の地理はだいたい把握しており、人気のない場所も幾つか知っていた。



(この路地を曲がれば奥の方に空き地があるはず……そこに行くか)



結構な距離を移動したが嫌な気配は消えず、イチは以前に尾行を撒く際に偶然発見した空き地へと赴く。幸いにも人の姿はなく、この空き地に繋がる路地は一つしかないため、そちらに注意を向けてイチは怒鳴りつける。



「誰だ!!」

「……へへっ、良い勘をしているな。ハジメノから来たさんよ」

「あんた……本当に誰だ?」



足音も立てずに現れたのは140センチ程度の小男であり、全身を灰色のマントで覆っていた。結構目立つ姿をしているが、何故かイチは街道を移動している時はこの男の存在に気付く事が出来なかった。



(何だこいつ……身体が透けている?)



イチの視界には確かに小男が存在するが、何故かその姿が半透明のように見えた。それを見たイチはかつてエストから受けた講習で「暗殺者」の職業を教わった事を思い出す。



『イチ君、暗殺者は知っている?』

『えっ!?暗殺!?』

『あ、暗殺者と言っても職業での意味合いよ?暗殺者アサシンと言い換えた方が分かりやすいかしら……暗殺者アサシンはね、冒険者や傭兵の中でもかなりの人気職よ』

『へえ、どうしてですか?』

『彼等の身に付ける能力は色々と特殊なの。例えば暗闇の中でも梟のように周囲の状況を見渡せる「暗視」他にも生物の気配を察知する「気配感知」後は……そうね、一番有名なのは「隠密」かしらね』

『隠密……?』

『分かりやすく言うと存在感を限りなく消す事ができるの。気配を完全に絶つ事で他の人間から意識されなくなる……分かりやすく言うと透明人間みたいにその人の事が認識できなくなるのよ。この隠密の技能を極めれば人間よりも感覚が鋭い魔物だって騙しとおしちゃうから、斥候する時は一番役立つ能力ね』

『それは……凄い能力ですね』



エストの話を思い出したイチは目の前の「半透明」の男の正体が暗殺者だと知り、現在この男は「隠密」の技能で姿を隠蔽している事に気付いた。

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