第27話 反発の別の使い方

「グギィイッ……!!」

「……ど、どうした?投げて来ないのか!?」



短剣を引き抜いたホブゴブリンを挑発するように声を掛けるが、ホブゴブリンは先ほど投げつけた投石が黒渦に飲み込まれた事を思い出し、そのせいでイチに攻撃するのを躊躇う。


イチとしてはホブゴブリンが短剣を投げつければ異空間で回収できるチャンスだったが、なまじ知能が高いだけにホブゴブリンは彼の挑発には乗らず、他の人間に視線を向ける。この際に先ほどイチが地面に降ろしたケンに視線を向け、笑みを浮かべた。



「グギィッ……!!」

「っ!?いけない、ケンさんがっ!!」

「えっ!?」



ホブゴブリンがケンを見た瞬間、いち早くにリルはホブゴブリンの考えを見抜き、イチに注意した。その言葉を聞いてイチも遅れてケンの身に危険が迫っている事に気付き、駆け出す。



「グギャアッ!!」

「危ない!!」

「ううっ……!?」



倒れて動けないケンの元にイチは駆けつけるが、ホブゴブリンは短剣を振りかざし、ケンに目掛けて放り込む。それを見たイチは咄嗟に彼に向けて跳び込み、必死に手を伸ばす。



「黒渦!!」



短剣がケンに当たる寸前でイチは黒渦を展開させ、短剣を異空間に吸収しようとした。しかし、実際の所は短剣はケンに当たる事はなく、彼の身体の上を通り過ぎてしまう。


ケンを守るためにイチは黒渦を展開したが、見当違いの方向に飛んで行った短剣を見て驚き、直後に罠だと気付く。ホブゴブリンの狙いはイチにケンを意識させ、その隙に近付く作戦だった。



「グギィイイッ!!」

「危ないっ!?」

「うわぁっ!?」



ケンを庇う形で前に出たナイに対してホブゴブリンは迫り、それに対してリルは駆け出すが到底間に合わなかった。ホブゴブリンは二人に目掛けて足を振りかざし、蹴飛ばそうとした。


ホブゴブリンの怪力で蹴り込まれたらイチはともかく、ケンの方は今度こそ死んでしまう可能性もあった。彼を見捨てて逃げる事も出来るが、イチにはそんな真似は出来ず、無意識に両手を前に差し出して先ほど発動した黒渦の規模を拡大化させる。



「止めろぉっ!!」

「グギィッ――!?」

「えっ!?」



黒渦がイチとケンの前方に展開されると、ホブゴブリンの突き出した前脚が黒渦に叩き込まれ、次の瞬間に派手に弾き飛ぶ。ホブゴブリンは弾かれた右足に引き寄せられる形で倒れ込む。



「グギャアアアッ!?」

「えっ……!?」

「な、何が……何をしたんです!?」



イチは目の前で倒れたホブゴブリンを見て驚き、リルも何が起きたのか理解できなかった。傍から見るとホブゴブリンの攻撃が跳ね返されたかのように見えたが、この時にイチはある事を思い出す。




――収納魔法を発動させるとき、黒渦で異空間内に取り込めない物体が存在し、それは生物の肉体だった。以前にイチは宿屋にて自分の腕を黒渦の中に入れようとしたが、その時は黒渦の内部に見えない壁のような物に阻まれ、力ずくで入れようとすると弾かれた事を思い出す。




原理は不明だが、黒渦は生物を受け入れる事は出来ず、どんなに強い力で押し込もうと跳ね返されてしまう。しかも強い力で押し込もうとすればするほどに跳ね返される力も同程度の力を発揮し、ホブゴブリンは自らの怪力のせいで逆に右足を負傷する。


ホブゴブリンが全力で蹴りつけた際、同じ程度の威力で右足が弾かれた事で骨が折れたのか、異様な方向に曲がってしまう。ホブゴブリンはその場で悲鳴を上げて転がり込むが、その隙を逃さずにリルが駆けつける。



「やああっ!!」

「グギャアアッ!?」

「うわっ!?」



転げ回っていたホブゴブリンに対してリルは長剣を構えると、もう片方の足に向けて突き刺す。そのまま彼女はホブゴブリンの足を串刺しにして地面に固定すると、イチに声を掛けた。



「今です、早く止めをっ!!」

「えっ……」

「いいから、早くっ!!」

「グギギギッ……!?」



ホブゴブリンは必死逃げ出そうとするがリルは決して剣を放さず、ホブゴブリンを抑えつける。そんなホブゴブリンに対してイチは緊張した面持ちを浮かべながらも近づき、頭部に向けて右手を構えた。


今までにイチは魔物を直接倒した事は実は一度もなく、身体が震えてしまう。だが、この絶好の好機を逃すわけにもいかず、覚悟を決めた様に黒渦を発現させ、最後に残された短剣を射出させる。



「閉じろぉっ!!」

「グギャアッ――!?」



頭部に目掛けて短剣は発射され、ホブゴブリンの眉間を貫く。やがてホブゴブリンは絶命したのか動かなくなり、その様子を確認したリルとイチは荒い息を吐き出すと、その場にへたり込む。



「……勝った、のか」

「ええ……もう、死んでいます」



二人は疲れ切った表情を浮かべ、頭に短剣が突き刺さったホブゴブリンを見て死亡した事を確信する。緊張感が切れたせいか、一気に疲労が襲い掛かり、それでも二人は生き残れた事に無意識に顔を合わせ。微笑んだ――

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