第肆拾玖話 終幕
「真季波凪くん、貴方が好きです」
壊れた破片が、飛び散り粉々になった破片達が繋がりだす。元に戻ろうとする。その言葉は凪の心に深く深く刺さり、そして凪の心を動かす最大限の、大きな言葉だった。
ウルの血剣が地面から突き出すが、安易に躱されてしまう。
(こちらも残りの妖力が少なくなってきたがそれはあっちも同じ事。なら…)
「畳み掛けるぞ!“血杭”刺し穿て」
地面から突き出た血の剣は形を変え杭に姿を変える。その杭は刺し穿ての咆哮共にぬらりひょんを貫く。
「…!?」ゴハッ
(血の杭じゃと…?)
「“串刺し公”その異名に聞き覚えはないか?」
「貴様ブラドか!?」
ブラド3世。ブラド・ツェペシュ、またの名をドラキュラ公。吸血鬼の祖にして古代ワラキア公国の王だった人物。
「今はウルと言う名を名乗っている」
“血祭讃歌(けっさいさんか)”
ドスドスドスドスドスッ…
上、下、血の杭の板挟みによりぬらりひょんは穴だらけになる。
その一撃、音を超える白き稲妻。
“白き瞬脚”
杭に撃たれたぬらりひょんを空中へと蹴り飛ばす。
“腐煙”
巳津が口から出す煙はぬらりひょんにまとわりつきー
“狐業火(こごうか)”
九尾の放つ焔はぬらりひょんにまとわりつく煙を巻き込み威力を上げ焼き尽くす。
「これで倒されてくれると良いんだけどね」
「巳津さんそれはフラグって言うんじゃね?」
「気を抜くなッ!」
ウルの怒号と共に妖力の圧がぬらりひょんから生じる。
“臨界解放・百鬼夜行絵巻”
(な…!?)
(うそだろ…!?)
彼ら彼女らが驚くのも無理はない。臨界解放とは本来、奥の手。そう日に何度も使えるはずのない代物。ぬらりひょんはこれで4回目なのだ。
1度目は稲山に見ながら入ってきた時、手駒の妖怪を放つ為。2回目は辰川に向けて。3回目は巳津に向けて。そしてこれが4回目。
ぬらりひょんの能力は妖怪、怪異などを操る事ができる“操力(そうりき)”。そしてそれは操った者の能力を使用する事ができる。臨界解放は二つの能力がある。“操力”で操った妖怪達を一斉に解き放つ物と、臨界解放で放った妖怪達の妖力を自身に還元する(・・・・・・・・・・)という物。
故に、半永久的に臨界解放が行える。
「はて?そちら、なぜか疲れておらぬか?」
妖力が回復したと同時に先程の致命傷も修復されている。
臨界解放にて放たれた妖怪達を祓い終わり、前を見ると全快のぬらりひょん。状況は悪くなる一方だ。
(まだか…?)
巳津は待っている。先ほどから打ち込んでいる自身の“毒”の効果が現れるのを。
が、それよりも早くぬらりひょんは技を繰り出す。
(小玉鼠+海坊主…)
“大津波爆雨(おおつなみばくう)”
降りかかる波から飛び散る雫は雨のように人に降りかかる。その雫は人から生じる“体温”に触れると爆発する。一度の爆発地点から波から波へ連鎖的に爆発し、最終的に爆発の波が生まれる。
その爆発の波はここに至る全員を飲み込む。
シュゥゥゥゥゥ…
“角御結界”
亀の甲羅のように六角の透明な壁が八城、凪を守る。広範囲を守るには不十分な防御力。そう考えた九尾は守るべき人を篩にかけた。
ウル、巳津、卯佐美は先の爆破で倒れ、結界にて守られたのは八城、凪のみ。無論結界を貼った九尾も例外ではない。
(爆破の威力が高い…妾抜きで一つ強固に貼るのが限界だとは…)
九尾は結界では無く妖力にて防御した為、致命傷とまではいかないまでもダメージを負った。
その隙をつかれる。
「九尾、お前さんには感謝しておるぞ。最後の手向に教えてやろう。凪の両親を殺したのは私じゃよ」
「貴様ァァァ!!!」
激昂した九尾はぬらりひょんに向かい爪を立てるが交わされ、ぬらりひょんの風切をまともに受け背から血飛沫が辺りに飛び散る。
「あの時、凪が怒り狂わんかったのは想定外じゃがお前さんはやはり良い働きをしてくれたわい」
ぬらりひょんは自身の眼を触り八城に向く。
「さて、お嬢ちゃん。其奴を渡してはくれぬか?」
「い、嫌です!」
凪を抱きしめ震えるその体ではっきりと言葉にする。
「そうか…では死ね」
手を横に払う。そこにいる人が居れば、意識があるものがいればそれはもうダメだと思うであろう。
パシ…
ぬらりひょんの手刀を受け止めたものがいた。その手刀は風切の力も加わって居る為、普通は触る事すらできない。
普通(・・・)ならば。
ぬらりひょんは大きく後方へと扉距離を取った。
(なんじゃ!?)
「八城さん呼び戻してくれてありがとう」
「な、ぎくん?」
「うん」
立ち上がる彼に涙を見せる。それは嬉し涙。自分のこの忌まわしい力も人の力に立てた事。それが好きな人の為なら尚更だ。
(みんなありがとう)
心の中で凪は礼を言う。自分が起き上がる時間まで粘ってくれた事を。そしてその間守ってくれていた事を。傷ついても助けてくれた事。そんな者たちの為にも…
「待っててすぐ終わらせるから」
「すぐ終わらせるじゃと?」
(風切を止められたのは想定外じゃが、まあ大差ないじゃろ)
“臨界解放・百鬼夜行絵巻”
「これを見てもすぐ終わらせるなどと言う妄言を吐けるかなッ!!!もう一度絶望に苛まれるが良いさ!!!」
ぬらりひょんの背後には数百数千の妖怪の群れ。これまでの臨界解放の比ではない。それは“神眼”の力の影響もあるのだろう。
“獄門・臨界対殺領”
それはぬらりひょんに一度見せた技。普通ならばぬらりひょんがこの技を避ける事は容易、ましてや神眼を手に入れた今のぬらりひょんならば比喩などではなく出来ないことの方が少ないだろう。だが、絶望の淵に立たされた人間は這い上がった時、それまで以上の力を発揮する場合がある。
「絶望はもうしない。俺はそれを乗り越えて一歩先に進む!」
その門は開くと同時に出現した妖怪達を一斉に飲み込み、閉じる。
「…これほどの力を短期間で…?」ゴフッ
ぬらりひょんの臨界解放は二つの能力を併せ持ち、その一つの能力の影響で永久的に臨界解放が行える。が臨界解放には致命的な弱点があり、それは臨界解放を突破されると能力者自身にもダメージがあるというもの。
「絶望の淵から引き上げてくれた人がいたから」
八城さんが俺に言葉として伝えてくれた思い。
「ぬらりひょん、俺はお前を祓う」
“臨界解放・改魂対殺領(かいこんたいさつりょう)”
淵の中で八城さんに引き上げられた時に一緒に掴んだ力。それを用い、ぬらりひょんを地獄へと祓う。
臨界対殺領と違い、単純に肉体を祓う訳ではない。改魂対殺領は肉体、魂諸共地獄へと祓う。その門で祓われた者は二度と現世へ還ることはできない。
扉が開き黒い亡者の手はぬらりひょんへと伸びる。
(このくらいのスピードなら避けるのは造作もー)
が動かそうとするぬらりひょんの意思とは別に身体は硬直する。
(!?身体が動かん…!!)
その身体を扉から伸びる黒い亡者の手が掴み引き入れる。
「私は、私が住みやすい世を作りたかっただけじゃ!それなのに何故!?」
引きづられながらぬらりひょんは嘆く。
「ぬらりひょん、お前は多くの命を奪ってきたんだろ?その言葉が本当なら当然の報いだ」
「沙霧貴様ッ!」
巳津が肩を抑えながら林から出てくる。
「いててて、他のみんなの治療をしててね。遅くなったけど効いたみたいだね」
それは死後、巳津がぬらりひょん対策にと生み出していた“毒”。必ず必要になると…
「私の夢は…長年の夢は、終わってしまうのか…」
ギィィ…ガチャン…
その言葉を最後に重々しく開いていた扉が閉まりその場所に静寂が訪れる。
「妲ー、じゃなかった九尾達は無事!?」
(大きな力を得ても君の本質は変わらないね。いつまでも他人本位…)
呆れ、ため息を吐きながら凪の質問に巳津は答える。
「勿論、君がぬらりひょんと戦ってくれている間に見ておいたよ。全員無事だとも、後は響也に任せておけば大丈夫」
「良かった…」
「さあ、まだ最後の仕事が残っているよ?この“地獄の門”閉じないと」
彼らの後方に大きく聳えるそれ(・・)に向き直る。巳津が自身の傷を修復しながら門の前に立つ。
「そろそろ、私を送り届けてもらわないとね〜」
「巳津さん、ありがとうございました…」
後悔のないように。あの言葉のおかげで決心がついた時が多くあった。そして今回も助けられた。
「あの時は強引に別れちゃったからね。今回はスッキリと逝こうかな。諸君さらばだ」
「はい」
門を閉じる。向こう側にいる巳津さんは笑顔で手を振っていた。
「これで、終わりかな」
再びの静寂、その静けさに先の事がフラッシュバックし気恥ずかしくなる。
「「あの、」」
2人とも顔を見合わせ笑う。2人の顔は同じように赤く染まっていたからだ。
「先にみんなで下山しようか」
「はい…」
これからの事は後で考えよう。この戦いでの犠牲者も少なくない。俺たちの関係を考えるのはその後だ。でも言い(つたえ)たい。
「俺も同じ気持ちだよ…」ボソッ
前に立つ彼女にそう口にする。ただの自己満足だが、全部が終わったらまた改めて伝えようと思う。
星空と共に輝く月。
幸せは訪れるであろう。
その月の光が照らす者に。
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