第参拾伍話 海水浴 続

最初は純粋に助けたかった。生きてる限りみな平等にある幸せを他の誰かに壊させたくなかった。両親のように、そして俺のように理不尽に幸せを奪われてほしくなかったから。

八城さんと関わって、彼女の優しさに触れた。助けられた。幸せを感じることができた。だから俺も八城さんが与えてくれたように彼女にも与えてあげられる存在になりたいと思った。


「や、」


バンッ…


「きゃぁぁぁぁ!!!」


大勢の人が逃げ惑う。目を疑う。目の前に居たはずの八城さんの姿が消える。立ち昇る砂埃、焦げた臭い、何が起きたのか、爆発…それには妖力のようなものが含まれていた。一眼で妖怪の仕業だと分かる。

煙の奥で倒れた八城さんはピクリとも動かない。


「ほほほ、死んだか?」


頭部が肥大化した異形の老人。九尾と同化した意識の中でみた妖怪と同じ。大妖怪ぬらりひょん。


「なん、で…?」


「それはこの娘が鍵じゃからな」


「鍵…?」


八城さんを助けないと、でも身体が動かない。いや動けない。重圧に押し潰されているように感じる。


「そう。“門”を開く為の鍵じゃ…それよりも五月蝿いな、私が今話しておるじゃろう?」


不味い!ここには民間人がいる!動け動け動け動け動け!助けるんだろ?助けられてばかりじゃダメなんだ!


「“地獄の門よ、我が名において命ず。眼前の敵を閉じ籠めろ”!」


名を用い、技の出力を上げる。


ぬらりひょんの眼前に“門”が出現する。それと同時に背後、左右、上下、全てを“門”に覆われる。


“六門・閉鎖終局”


「みんなさんここから離れてッ!!!」


叫び、その技の使用と同時に八城さんの元へと動く。人々は我先にと砂浜を後にする。


地面から爆発した為直撃した足はみるも無惨な姿になっている。辛うじて足と分かるほどの重傷。息は、ある!心臓に耳を当てるが鼓動は弱い。


(響也さん!いや、まだ完全に治ってない。他人を治療できるほど体力が回復しているかどうかも分からない。どうすればいい?どうすれば救える?)


ピシッ…パキッン…


名を用いた“門”。黒鬼をも閉じ込めた“閉鎖終局”をものの数秒で破壊…俺がどうこう出来る相手じゃ無い。今の俺じゃ…


救えない…?


「俺はー」


“門”から出てきたぬらりひょんに首を掴まれ空中に持ち上げられる。


「う…あ…」


「さぁ絶望しろ。主の心の支えたる娘は死にかけ、今ここにこの娘を治療できるほどの者は居ない。さぁ“地獄の門”を開け」


「その汚い手を離せッ!」


紫色の炎が俺を持ち上げているぬらりひょんの左腕を焼き、離された俺は八城さんを抱き寄せ後退する。


「ぐっ…そうか、主がいたか九尾」


「其方…妾の主人に何用じゃ!?」


「凪!」


「琥珀!!酷い怪我!早く響也さんの所に…」


「みんな…」


トトさん、牛呂さん、雨ちゃんを背負った颯が駆け付ける。

抱き寄せている八城さんから鼓動が伝わるがその鼓動は弱々しく、一刻を争う状況だ。


「トトさんの足なら八城さんを響也さんの所まで運べるよね」


「ああ、しかし…」


「ここは俺と九尾でなんとかするから八城さんを頼んでいい?」


「分かった…」


「俺たちも戦うぞ凪」


「ええ。琥珀を…一般人を傷つけた報いを受けてもらわなくちゃ」


「いや、颯と牛呂さんはトトさん達に着いて行って」


「え…?」


「凪お前!」


「ぬらりひょんが何もせずここに来ると思わないほうがいい。響也さんが傷ついたこの瞬間をわざわざ狙った(・・・)んだ」


このタイミングで仕掛けてきたんだ。何も用意してないはずは無い。


「聞くけど死ぬつもりは?」


「ちょっと颯!?」


「無い。まだ話せてないから」


「なら良い。こっちは任せろ瑠璃行くぞ」


「…うん」


トトさんは巨大化し4人を乗せ空を駆けて行く。それを追撃しないぬらりひょんに違和感を覚える。


「追撃しないんだな…」


「追撃しても迎撃されるからのう。主との戦闘のため少しは温存しておきたかった」


(未だに隙を一切見せない癖によく言うよ…)


未だ未知数の力を秘めているぬらりひょん。それを迎え打てるか?考えても仕方がない。今は自分の全力を出す。




稲山(いねやま)。妖力の集まる、妖怪の集まりやすい場所。その場所へと向かった1人の吸血鬼。響也の話を聞いて思うことがあったからだ。


(分裂の能力は万能すぎる。その能力がある限り、ぬらりひょん打倒は不可能に近い。が、そんな万能な能力ではない。能力とはリスクとリターンの関係にあるはず…)


能力はリスクとリターンの関係にある。それは絶対。凪の“門”の能力は大妖怪をも祓える力がある。がその“門”を使用する度、一定値の疲労が溜まる。強い能力ほどその傾向が強くなる事をウルは知っている。


(ぬらりひょんの言い伝えが昔から存在するこの山が怪しいと思ったのだが…うん…?)


森を彷徨い歩いている所、一つの洞窟を発見する。その洞窟の入り口に黒いパーカーに身を包んだ1人の青年が立っている。


(匂いからして人間、洞窟の奥から一度嗅いだことのある妖怪の匂い…)


「ビンゴだな」


「俺は番人。立ち去らなければ刃を振るう」


鞘に収められた刀に手をかけ重心を低くする。


「御生憎様と言うやつだ。私にも引けぬ事情と言うものがある」


指を噛み血を出し、その血から剣を生成する。


(パーカーを深く被っているから顔は良く見えないな…声、匂い、骨格は男。ぬらりひょんの洞窟を守っていると言うことはそれなりの能力者なのだろうが私が今まであったどの人物にも該当しない…)


お互いに睨み合うが先に攻撃を仕掛けるのは青年だった。走り、刀を抜き刃を振るう。その太刀筋からは基礎をしっかりと勉強したものと伺える。


「その太刀筋分からん…どの流派にもその様な型はないからな」


青年の振るった刃を血剣で難なく受け止め、弾く。


「俺のは我流だからな。型も何も無い」


「私は無闇に人を手にかけたくは無いのだがそこを退く気はないか?」


「退く気はない」


「そうか…」


(先の攻防で力量差が分からないはずもないだろうに…それほどまでの覚悟と言う事か…)


臨界解放・血晶刀破切(けっしょうとうはせつ)


「…ッ!」ゾワッ…


自身の血を妖力と繋げて地面を覆う。覆われた地面の大きさはウルを中心に円で半径100m。その全てがウルの攻撃範囲内。範囲内の自信が“敵”と認識した者に対して自動(オート)で覆われた地面から血の剣が飛んでいく。


「さらばだ…」


血の剣は青年に飛んでいく。一般に血の剣の剣速は目で追えない。出現と同時に相手に突き刺さる為。ウルもそれを分かって発動した。が、青年には当たらない。


「ふぅ…」


「!?」


「油断、どんな相手に対してもしてはいけない。貴方が油断していなければ俺は貴方に一撃も与える事は出来なかった」


向かいくる血の剣を全て避けウルの懐に飛び込み反転し蹴りを入れる。


「“白き瞬脚(ホワイト・レイ)”」


人間の蹴りなど普通ならば痛くもない。が、その青年の蹴りはウルに致命傷を与えるに相応しい一撃だった。

その一撃は速く、鋭く、音を越え、周りに見える者が居ればその人物はこう答えるだろう。


“足が消えその刹那、白い光の一閃が見えたと”


「ゴハッ…」


「俺は普通の人間じゃない。ましてや妖怪でも無い。十二支が1人、兎。卯佐美吃(うさみくい)」


地に伏す吸血鬼の頭を足で潰し天を仰ぐ。周りの木々に囲まれて空は見えない。辺りには先のような緊張感は無く血の匂いが漂っていた。

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