第参拾参話 王
黒鬼が向かった先は妖力の滞在する場所。それはぬらりひょんが用があると言った場所。
「おや?黒鬼酷いやられ方じゃのう、もう長くはあるまい…」
『あぁ…だからお前を食らいにきたぜ』
言葉を発した後、勢いよくぬらりひょんに飛びつき噛み付いた。はずだった。
黒鬼は地に倒れその上でぬらりひょんはあぐらをかく。
ドスッ…
鈍い音と共に黒鬼の背中から胸部に向けてぬらりひょんの右足が突き刺さる。
『は…?』
「もしや主…わしに勝てるとでも思っていたのか?」
『ッ…!?』
黒鬼は何が起こったのか分からない。起きあがろうにも腕に力が入らず、突き刺さった足が固定され身動きすら取れない。
「それはおこがましいと言うものじゃな。主の考えていることくらい分かる。そして何より力を与えたのはこのわしじゃぞ?」
『ソ…』
「まあ、力は返してもらうがな」
“臨界解放・百鬼夜行絵巻”
ぬらりひょんの能力は妖怪、怪異などを操る事ができる“操力(そうりき)”。そしてそれは操った者の能力を使用する事ができる。臨界解放は二つの能力がある。“操力”で操った妖怪達を一斉に解き放つ物と…
ぬらりひょんは足を引き抜き黒鬼を蹴り上げる。蹴り上げた黒鬼の背後には数千の妖怪達。その全ての矛先は黒鬼へと向かう。黒鬼は沙霧の“超速再生”の能力を持ってはいたが響也と凪との戦闘で自身の殆どの力を使い果たし、再生できずにいた。結果ー
『ーッ!!』
黒鬼の身体はそれぞれの妖怪達の手により細かく解体される。黒鬼は声を上げる間も無く息絶える。
血を浴びた彼の背後には黒のパーカーに身を包んだ青年。
「吃(くい)か。ほれ見てみよ今夜の月も綺麗じゃわい…」
返り血に体を濡らし、月夜空に向かって微笑む彼は恐ろしいと言う言葉以外似合わなかった。
黒い鬼は目が覚める。空は黒く星は無く、赤い炎がカーテンの様に何重にも重なっている。起き上がる足下は赤く石でてきていた。
『ここは…?』
見覚えのあり懐かしく感じる。この様な感情は初めてで自分でもよく分からない。
「ここは地獄…悪い妖怪の最後に行き着く場所さ」
後ろで束ねた三つ編みを靡かせながらこちらに歩み寄る1人の青年。
『んだ?糸目野郎…俺を元の世界に戻せ』
黒鬼は言うが早いかそのまま拳をその青年に向けて振り下ろす。がその青年はそれを軽々と避ける。振り下ろされた拳は地面に直撃し、その拳に青年は片足を乗せる。
『ッ!?』
動かない。ありえない力。格の違い。この青年には敵わない。瞬時に理解する。
「いきなり振り下ろさないでくれよ。私も対処しないといけなくなるじゃないか」
細い目を開く青年の目を見て黒鬼はたじろぐ。青年の目はこの地獄の風景とはまた別の物で黄色く、綺麗な色をしていたから。
「ああ、自己紹介がまだだったね。私の名前は閻魔、この地獄を統括する王だ」
閻魔、地獄を統べる王。背筋が凍る。これは響也の時に感じたものとはまた別の物。
(あの時は分からないから恐れた。でも今回は違う分かっているのに、本能が訴えてくる。逃げろと…)
拳を戻そうと力を込めるがびくともしない。故に逃げられない。
「君は生前、色々な人を殺したみたいだね。しかも自分の私利私欲の為だけに。自身の欲求を満たす為だけに…よって判決は降った」
“獄ノ八番・終局(ごくのはちばん・しゅうきょく)”
「君が逝くのは地獄の最下層。では、さようなら」
黒鬼の真下が丸く円状に開き落ちる。それは一瞬の出来事で断末魔すらも出せない。黒鬼が最後に見たものそれは閻魔の笑顔で手を振る姿だった。
『…ソ…』
「最後なんて言ったのか聞き取れなかったけどまあいいか。さて、私の仕事はおしまい。さー休憩に戻ろ〜」
「閻魔様が行く場所は仕事部屋ですよ」
閻魔の背後に立つ赤鬼は閻魔の服の襟首を掴むとそのまま引っ張って行く。
「ぎゃー嫌だ!!私はサボりたいんだ!!」
地獄には相応わしい断末魔。それを出している本人は地獄にふさわしくない王であった。
「ーや、きょー、きょ、や」
遠くから声が聞こえる。それは懐かしい声でもう二度と聞くことができないと諦めていた声だった。
「響也」
「姉さん…」
「久しぶり、だね。元気だった?」
「…」
「あ〜、うーん…まずはごめん。勝手に居なくなったりして」
「なんで謝るんだよ…僕が、出来損ないだから…悪いんだ…」
「違う。今思えばもう少しちゃんと話してたらって思う。私は弟に、響也に任せすぎていた」
「助けられてたんだよ」
(違う。助けられてたのは僕の…方…)
自分が今一番聞きたかった言葉が聞こえる。今までの努力が実った。姉のために、人一倍努力を積んできたことが…
「私はもう行く。あいつ(黒鬼)から解放してくれてありがとね。私は助けられてばかりで何もしてあげられ無かったけど」
「僕の方が!姉さんに色々もらってた!助けられてたのはこっちだ!だから一緒に…」
「やっぱり似た物同士だね、私たち双子(きょうだい)は…一緒にはいけないけど、いつまでも待ってるから、あんまり早くこっちへきたら怒ってやるからね」
笑顔で拳を前に突き出す姉さん。
「十二支の蛇、巳津響也。後は任せたよ」
「うん…」
2人だけの白い空間は光に包まれる。響也の目には笑顔で光に呑まれる彼女の姿が最後に映る。
「これで良かったのかい?」
「うん、ありがとうね閻魔様」
三途の川にかかる橋の前方。後ろ髪を三つ編みに束ね、長衫に身を包んだ糸目の青年と白衣に身を包む長髪の女性の姿があった。
「いや、こちらこそすまない。黒鬼、鬼種(きしゅ)は元々現世には居ない、地獄の生物。私が統括していながらこの様な不手際…謝るだけでは済まないのは分かっているが、謝らせてほしい。すまない…」
「なら少しだけ頼みを聞いてもらえる?」
「なんなりと」
「私もその原因、調べさせてくれないかな?」
「それはこちらとしても有難いが…」
「なら決まりだね」
2人は橋を渡る。二度と戻らぬ人たちの行く末、どんな結末を迎えるのか、生きている者たちには分からない、考えようも無い事である。
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