第参拾壱話 間際の声

洞窟で力の制御を行っていた黒鬼。

己の中にある力を制御するのに思ったよりも時間がかかった。その間、“分身体”の消失を確認。“分身体”からの情報を得る。


(犬と猿…思った以上に連携が取れていたが…能力と関係があるのか…?)


問題はない。これからは弱体化した“分身体”を使わず、己自身で動けるのだから。


「身体は出来上がってる様じゃのう」


洞窟入り口からぬらりひょんが姿を見せる。龍との戦闘でほぼ全ての手札を使った奴。今喰らうか?いや、もう少しだけ待とう。ほぼでは無い。全ての手札を出させた後…


『あぁ…問題無い』


「ほほほ、そうか。なら主には診療所に行ってもらおうかのう…あ奴ら沙霧の代わりを早くも連れて来よった。薄情じゃのう」


『先に治療のできる者を殺すお前の非情さと徹底っぷりには頭があがらねぇぜ』


「わしは少し用有るゆえ遅れる」


『先に始めちまうぜ?』


「主になら任せてもいいじゃろう。だが、油断は禁物じゃぞ?」


暗闇で微笑む両者は数刻の後、その場を離れる。



月明かりもなければ、電気もついていない診療所…そこは狙うには最適な場所であった。それが仇となる。半壊させた診療所の中を黒鬼は歩く。


『…』


(誰も居ねぇじゃねえか)


スパンッ


キレの良い音が暗闇から聞こえ突如、黒鬼の体制は傾く。


(!?なんだ、足が無い?)


だが、巳津沙霧を捕食した事により得た“超速再生”の能力は切れた足をまた新しい足へと戻す。


暗闇で音はしない。どこから攻撃が来ているのかさえ分からない。


(俺の皮膚は硬いはず…それを容易く切断するだと…?)


相手が誰で、武器はなんなのか、能力は?分からない事だらけの黒鬼の耳に声が届く。


「君が姉さんを食った黒鬼?準備して待ってた僕が馬鹿みたいじゃん」


(こいつの声の位置…ここか!)


声を頼りに拳を振るい、診療所内の棚に攻撃が命中する。棚は崩れ後ろの壁に風穴が開く。そこには声の主の響也は居ない。あったのは小型の壊れたスピーカー。


「声で場所を特定しようだなんて思わない事だね。部屋や、この辺りの森の中にも同じものを設置している。攻撃している僕本体を見つけない限り、君は攻撃されるだけだよ」


その声の後、右足、左腕が地面に落ちる。


(痛みはない、がめんどくせぇな…)


黒鬼の身体から紫色の煙が噴き上がる。それは一眼見た瞬間から分かる。“毒”だと。


響也は十二支の蛇。沙霧の姉弟(きょうだい)であり双子。通常、十二支固有の能力は先に生まれた方へと遺伝する(例外あり)。が、響也は双子。一方へと遺伝する能力は分岐し、二つに分かれてしまっていた。沙霧は“毒”を扱う能力。響也は“熱感知”と“擬態”の能力を授かる。


“臨界開放・彩迷之暗惑(さいめいのあんわく)”


能力最上位の技にて、その奥義。自身の能力は戦闘には向かない。それを響也は分かっていた。だからこその臨界解放。


戦闘中の地形を結界で覆い、光も通さない完全なる黒に染める。これは“擬態”の能力の強化線上、響也自身も“熱感知”が無ければ相手の場所すら分からない。結界により黒鬼を閉じ込めることで黒鬼の毒の煙も一緒に密閉される。が、響也に毒の類は効かない。それが姉の能力である“毒”ならば尚更だ。


(姉さんにはいつも助けてもらった。だから!今度はー)


響也の努力の末、辿り着いた頂。姉(さぎり)の助けになれるよう、陰ながら努力を積んだ。相手の攻撃を受けず、相手を一方的に攻撃できる力。戦闘に向かない自身の能力と真摯に向き合い続けた結果。


(これならいける!)


響也の手に握られた刃。それはかの神話、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の尾から出てきた剣。名を天叢雲剣(あまのむらくも)三種の神器の一つ。武器自体に能力の備わった物は幾つがあるがこの天叢雲剣には能力など付与されておらず、その真の力はシンプルで“恐ろしくよく斬れる”。が同時に弱点も存在する。


黒鬼の身体は彼、響也を恐れた。同時に頭は冷静だった。姿は見えず、相手が分からない状況を身体は恐れた。が、それの攻略法を冷静に頭は考えていた。


(一瞬だな、一瞬だけでいい。攻撃を止めさせすればいい…)


触覚を頼りに受けの体制をとる。相手の刃は自身の硬い皮膚をも両断する。相手は斬れると分かっているのだからそこを止めればいい。


キンッ…


響也の振るった刃、それは黒鬼を両断する事は無かった。その刃は黒鬼の腹部に確かに命中はした。動きを止めたのは刃と自身の掴まれた腕だった。


直感と触覚により斬られる場所にピンポイントで皮膚を硬化させる。

天叢雲剣には“斬れないものは無い”と言われている。が、それは刃を振るう者の妖力量に比例する。臨界解放の常時発動で削られた響也の妖力量では黒鬼の硬い皮膚をさらに硬化させた体を断ち切るに至らなかった。そこを黒鬼に掴まれた。


(!?)


『やっと捕まえた』ニチャァ…


掴まれると同時に“擬態”の能力、臨界解放時の結界も解ける。


ゴキッバキッ…


「ッ…!!!」


掴まれた腕は黒鬼の圧倒的な握力(ちから)に握り潰される。その腕を上に持ち上げられ響也の身体は宙に浮く。抵抗しようにも痛みで動くことができない。黒鬼の顔に恐れなどという感情はとうに消え去っていた。あるのはただ相手を痛ぶり食すこと。


黒鬼の拳が響也の胸腹部に命中し、吹っ飛ぶ。その反動で黒鬼に掴まれていた腕は引きちぎれる。数十メートル先の林の中に落下した響也は死を覚悟する。




僕は姉さんに助けてもらってばかりだった。父さんに手を挙げられ頭を強く打った事により、気絶。気がつくと地下室に閉じ込められていた姉が側にいて、僕はベットの上にいる。その意味は理解できた。徐々に遠のく意識の中で最後に見えたのは穴という穴から血を流す父さんの姿だったから。僕は毒に対する耐性があったようで無事だった。


姉さんは基本何でもできた。医術に関してはトップクラス。僕はそんな姉さんが自慢だったけど、後ろをついて行くしかできない自分が嫌だった。


「姉弟(きょうだい)でも弟の方は才能ないな」


医院長が喫煙所で話しているのを通りすがりに耳にする。怒る気になれなかった。だってそれは本当の事だから。その数日後、姉さんが上と揉めて病院を後にした。理由は話してくれなかったが、多分僕の為に怒ってくれたのだろう。自分を犠牲にしてまで僕を助けてくれた姉さん。助けられるだけ助けられて僕は何も返せずにいる。


姉さんが病院を去って数年、姉さんの死を感じた。突然過ぎて頭が追いつかなかったが、俺の体は後続の医師に向けての資料作成に取り掛かっていた。今までずっと助けられてきた姉さんに少しでも恩返しをしたい、そう思って努力してきた。でもそれは叶えられない願いとなった。


「ぐッ…はぁはぁ…こんな時に思い出すのが惨めだった過去の自分とはね…」


もう虫の息だと思ったのか黒鬼はゆっくりと歩みを寄せてくる。


『楽しめたが、所詮人間だよな』ゴリッゴリッ


千切れた響也の右腕を食いながら一歩、一歩、倒れた響也の元へと歩く。


(俺は死ぬけど、ただじゃ死なないよ…)


「響也さん!!」


響也の耳に声が届く。その青年は近くに寄り付き、俺の肩を抱きその場から離れる。それを最後に意識は遠のく。

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