第弐拾玖話 決戦②

2人を運びながら後ろを確認する。さっきから地響きと打撃音がこだます。激しい撃ち合いを想像する。黒鬼の巨体だ。いくら戌乖先輩といえど無事では済まない。俺はどうしたら…


森を抜け山道に出る。夏の猛暑がここで響く。汗を垂らしながら町へ町へと向かう。が、山道の途中で足が絡まり倒れてしまう。


「凪くん!?」


「寅尾さん、午谷先輩!?」


そこに通りかかったのは鳥居先輩と猿飛先輩。走ってきたのか2人とも額に汗を浮かべている。

2人はなんでこんなところに…?いや、それよりも!


「戌乖先輩が黒鬼と戦ってて!」


「大体の状況把握はできている。珠、真季波と一緒に2人を安全な場所に」


「凌ちゃん…気をつけてね」


「心配するな連れて帰ってくる」


そう言い猿飛先輩は森の中に入って行った。ここは任せよう。まずは2人を助ける。



撃ち合いの末吹っ飛ばされた俺は木を掴み体を支えながら立ち上がる。


(ああ…クソ痛え…傷がもう再生されてる。鬼は再生ができない個体が多いはずなんだがな…)


『お?立ち上がるか。まだまだ元気だな』


刹那、俺の腹部に拳が炸裂する。後ろの木を薙ぎ倒し後方に吹っ飛ぶ。


「ゲホゲホ…ゲホ…」ボタボタ


“部分獣化”と妖力を腹部に集中させたため、致命傷にはならなかったが口から血を吐き出す。


(あの距離を詰めれるのかよ…化け物が…内臓にダメージ+肋も何本か逝ったな…)


ただカッコよかった。前を見据えて、自分の行き着くべき場所を見据えてる彼女が…だからあの時言った言葉が今思い出されたのかもしれない。


(お、これ走馬灯ってやつか…俺次食らったら死ぬかもな…)


黒鬼は今も口角を上げ不気味な笑みを浮かべている。


(タダじゃ死なない。俺が…)


〔そんな事考える前にまずは左に避けろ〕


頭に直接声が届く。それはあいつの“能力”。俺はすぐさま左に体をずらす。


『あ゛?何して、』


ズドン…


重い音が森に響く。それは対妖怪用に作られたあいつの専用武器。銀銃(スナイパーライフル)による遠距離からの狙撃。


(来るのが遅えよ猿)


〔来てくれて助かりましただろ?犬〕


姿は見えない。が安心感がある。それは長年連れ添ってきた仲間だからなのか、相打ちと言う考えはもう彼の頭の中には無かった。


『楽しくなりそうだ…』ニチャア


再び刀を構える。


(合わせろよ?遅れたらラーメンな)


〔お前が俺に合わせるんだよ〕


頭の中で言い合うが本心は分かっている。幼い頃からの仲だ。

狙撃され破壊された腕ももう完治している。俺は懐に飛び込み斬り込み続ける。


(見ての通り相手の再生速度は尋常じゃない)


〔どうすれば良いか言うまでもないだろ?〕


(ああ)


(再生も追いつかない速度で斬り続ける!)


〔簡単に再生ができない威力で撃つ!〕


戌乖は黒鬼の間合いで斬り続ける。が、それを許す黒鬼ではない。攻撃をしようとするが、それは猿飛の射撃で阻止されてしまう。射撃された方向を一瞥するが、そこに猿飛凌の姿はない。場所を悟られぬよう随時移動して射撃しているのだ。


妖刀に妖力を込め、斬り続ける。

銀銃の弾を妖力で作り、撃ち放つ。


『ウガァァァ!!調子に乗るなァ!!!』


黒鬼の咆哮が打撃音や銃声で鳴り響く森を突き抜ける。咆哮の副次効果で2人は一瞬耳が聞こえなくなる。その隙を逃さず黒鬼は最大パワーの拳を戌乖に叩き込む。


(チョロチョロ動く奴は後回し、まずは一匹ッ!!!)


耳が聞こえなくても戌乖は冷静だった。冷静に次の一手を打っていた。


“構え”


それは黒鬼に一度見せた技。普段の黒鬼ならば一度見せた技など造作もなく対処が可能。が、今の黒鬼には余裕など無かった。自身の自慢の再生能力も無力化され、間合いに居るはずの人間に攻撃ができず、思うように動けない。それを打開するべく放った渾身の一撃は黒鬼にとっての悪手であった。


“反撃”


“反撃”にはいくつかのルールがある。一つは“反撃”の前に一度“構え”の行動を取らなくてはならない事、もう一つは相手が自身に直接攻撃を与えようとしている事。その二つの条件は既に満たしていた。

そして、“反撃”のダメージ数は相手が自身に与えようとしているダメージ+自身が相手に与える事ができる最大ダメージ。そして、その攻撃は相手の無防備となっている腹部に向けて放たれる。それ即ち急所への一撃。


黒鬼の攻撃が戌乖に当たる直前、戌乖の“反撃”が発動する。その刃は黒鬼の腹部へと届き、斬り裂いた。


上半身と下半身に分かれた黒鬼の身体はそのまま塵となって消えて行った。


overkill、一刀両断。文字通りの戦闘終了(ゲームセット)である。


「ふぅ…ゲホッ」ボタ


膝をつき天を仰ぐ。木々の間から溢れる日差しが眩しい。先の戦闘での無理が今訪れる。


(あ、やべえアドレナリン切れたわ…)


「ほら立て、犬。ラーメン…食いに行くぞ」


「?はは、ああ、悪りぃけどもう一歩も動けねぇ〜」


悪態もつけないくらい疲れた。そのまま背中を地面に任せ倒れる。


「全身痛てぇ〜特に腹〜骨折れてる〜」


「犬だから多少は大丈夫だろ」


「お前は俺を痛みを感じない化け物だと思ってる?」


「ん?ああ、そうかもしれないな」


血を吐き、血を流し、それでも刀を振い続ける先の戌乖光という少年を遠方から見ていた彼はそう思った。比喩でもなくただただそう感じたのだろう。

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