第拾陸話 “眼”見えぬ少女


相手は子供と言っても女の子。お風呂に入れるなんてことできない。ので本当に申し訳なく思うのだが八城さんに連絡する。


『八城さん今から俺の家来れない?』


『ええぇ!?』


察してくれたのかその後『行きます!』という連絡が来た。

玄関のチャイムがなり、扉を開ける。扉の先には思った通り八城さんとトトさんの姿。


「八城さんごめんね、こんな時間にトトさんも」


「ううん、大丈夫だよ」


「んにゃ」


急いで来てくれたのか肩が少しだけ上下していた。申し訳ない気持ちになる。

家の中に入り脱衣所に向かう。


「お風呂に一緒に入ってくれない?」


「え、えぇぇぇ!?」


え、なんかおかしなこと言ったかな?


「お、お風呂は、まだちょっと早いと言うか、色々順序を飛ばしていると、と言うか…」ゴニョゴニョ


「この子と入ってほしいんだけど…お風呂ダメだった?」


「え、あ…」


そういえば事情を話していなかった事を思い出し、これまでの経緯を話し、今の状況になったということを説明する。


「わ、私の、勘違い…」


話を聞きながら八城さんの顔はみるみるうちに赤くなり両手で隠すように覆う。


「だ、大丈夫?」


「うん…大丈夫。でも今度からちゃんと説明してほしいな」


「う…ご、ごめん」


その後、八城さんにお風呂の使い方を大まかに教えた後、雨ちゃんは八城さんに任せて客室で寛いでいるウルさんの元へと向かう。


「吸血鬼とは珍しいな」


「猫又のあなたが言うんです。私たちの同胞はうまく人間社会に紛れ込めてると言う事ですね」


「うむ」


八城さんと一緒に来ていたトトさんはいつの間にか居なくなっていたと思ったらウルさんと二人で話していたらしい。

襖を開け、突っ立って居ることに気づきお礼を言われる。


「すまないな。人間」


「真季波凪です。困った時はお互い様だと思います」


「少し昔話をするか。私と雨のことだ」


私は海外を旅しながら生活していたのだがふと故郷の日本の事が気になり出した。胸騒ぎと言うのだろう。これから良く無い事が起こる。そう直感で感じたのだ。

帰ってきてみればあの頃から言うと随分と景色も変わった。高いビルができ、夜中も昼間のように明るい。私は妙に落ち着かなくて森の中の古い民宿を訪れた。民宿には人の気配という気配は一切しなかった。それもそうだ。血の匂いが充満し妖怪やら怪異が住んでいたからな。


「その民宿の人達は殺されていたんですか?」


「恐らくな。古い血の匂いしかしなかったからな。だが違う匂いもした」


まだ幼い子供の匂い。妖怪や怪異の眼を欺きここで生きている人間がいるのか?疑問に思った。私はその正体を確認し納得する。


「“目”が見えていなかった?」


「そうだ」


目が見えない、この“子”の世界には音と匂いだけしか無かった。私は辺りの妖怪を根絶やしにした後、この子の親を探す事にした。小さな子供だ、親は要るだろう。


「探して早3年…この子の親は見つかっていない」


「それって…」


もしかして親はもう…


「お前の考えは恐らく正しい。これだけ探したのに見つからないのだ」


「ちょっと〜!!」


八城さんの声が洗面所から聞こえてきたかと思ったら客室の扉勢いよく開け放たれウルさんの胸にものすごい勢いで“何か”が飛び込んで行った。


「グハッ…!?」


「ウル、うるさいの、嫌い」


「ごめんなさい。ドライヤーの音が嫌だったみたいで…」


申し訳なさそうに入ってきた八城さんから雨ちゃんが逃げ出した理由を聞く。


「でも乾かさないと風邪を引いちゃうし」


「私がやろう」


八城さんに向けて右手を差し出し、八城さんは持っていたドライヤーをウルさんに手渡す。


「雨、うるさいのは我慢だ。これは危険な物では無い」


「うん…」


ウルさんの言葉をすんなりと聞き入れ、撫でられる頭が心地良いような表情を見せる。


(ウルさんはもうその子の親のような存在なんだ…)


「八城さんとトトさん遅い時間に来てもらってごめんね」


「ううん!大丈夫だよ」


(私は妖怪は見えても抵抗したり、争ったりする力は無いし、いつも助けてもらってるからこのくらい…)


「もう遅い時間だし、泊まってく?」


「ええぇ!?」


「?」


何をそんなに驚いたのだろう…?


「部屋が多くて余ってるから心配しなくて大丈夫だよ?」


「え、あ、う、うん…?」


「凪坊…」


「凪は少しいや、異常な程の天然なんだな」


「面白いのぅ」


「?」


顔が少し赤い八城さんに呆れ気味のトトさん、頷き妙に納得しているウルさん。そしていつの間にか現れ寛いでいる九尾。

泊まりがそんなにおかしいかな?俺は楽しいと思うんだけど…




深夜、風に揺れる木々の中にある一つの診療所。そこを訪ねる一つの影。


「すみません…」


「お客さんかい?外傷は?致命傷以外なら治せるかもよ?」


訪ねてきたのは日本では珍しいアラクネー。蜘蛛の体の中腹から人間の上半身が生えている変わった怪異。


「この傷なんですけど…」


布で隠れた人間部分の右手を差し出してくる。


「失礼…」


布を捲ると同時に視界の半分が失われる。そして突き抜ける“痛み”


「ーッ!?」


「キャハハハッ、所詮人間、騙し打ちに弱過ぎる」


(あぁ、そう言うこと…)


心の中で答え合わせができた。なぜ日本では珍しい蜘蛛の怪異がわざわざこの診療所にやってきたのか…


視界を半分失い、よろめく。


(あぁ、視力を突然失った時、バランス感覚が無くなるってのはこういうことね)


「とりあえず手足縛って持ち帰ったら良いのね」


この糸…普通の糸じゃない。ワイヤーのような硬さなのに細い。


「あら、あんまり動かないでね?力加減難しくて腕の1本か2本落とすかもよ」


「ーッ」


糸が腕や足の肉に食い込み皮膚が切れ出血する。確かに切れそうだ。痛いし。でも…


“綺麗な肌が血に汚れるのは見たくないな”


ふと、昔の記憶が呼び覚まされる。これが走馬灯と言うやつなのかもしれない。


「ふふ…」


「何を笑っているの…?」


(こいつ…完全に後手に回ってるのにこの余裕は何…?)


「いや、久しぶりの痛みに少し昔の事を思い出しただけだよ」


「その薄気味悪い笑いできなくしてあげましょうか!?」


糸が首にかかり少し強めに食い込む。皮膚が切れ出血と同時に巳津は体を無理に動かす。


「なッ!?」


血が飛び散り、部屋全体がまばらに赤黒く染まる。


(そんなことしたら首や手足が無くなるっていうのに…!!)


急いで糸での拘束を解除しようとするが自身の指に繋がっていた糸に感触が無い。


「え、」


アラクネーの脳裏に深く焼きついた感情の名は“恐怖”。


(私の糸は“鋼糸(こうし)”と言われる特殊な糸。斬撃、打撃、あらゆる攻撃に耐えられるほどの耐久性があるはず…千切れて?いや、“溶けている”!?)


首は半ばくらいまで裂け、右腕は地に落ち、左足も千切れかけているこの女に恐怖している自分が分からない。


何も分からないから怖い。


「なぁに、思い出させてくれたお礼だ。まず君と私は同じ舞台に立ってすら居ないが手術(フィナーレ)といこう…」


夜の町に響く叫びは町の人には聞こえず。

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