第10話 キケンナカノジョ

 あれから一週間経った。

 しかし日常は何も変わらない。仕事も平尾課長がいなくなったからといって俺がやる事はあまり変わらない。なんなら嫌味のストレスが無くなっていなくなってよかったかもと思うくらいだ。


「あーき山さん! 頑張ってますね〜。はいどーぞ!」


 背後から声をかけられ、振り返るとコーヒーの入ったカップを持った小野寺が立っていた。


「ああサンキュ。小野寺はもう帰るのか?」


「はい。今日の分はもう終わったので。秋山さんはまだ……ですか?」


「今日のは終わったんだけど、一応明日の準備を少しやっておこうと思ってな」


「相変わらず真面目ですね……。平尾課長がいなくなっても頑張るんですね」


 平尾課長か。ある意味あの人のおかげで準備することの大切さや、ミスが起きた時の冷静な対処法などを学ぶことができた。そこだけは感謝してもいいかもしれない。反面教師としてだが。


「よし、こんなもんでいいか。俺も帰るか」


「じゃあこの後飲みにでもいきましょうよ〜!息抜きも大切ですよ?」


 そう言って小野寺は俺に顔を近づける。小野寺の髪からふわっと優しい石鹸のような香りがして少しドキッとしてしまう。


「ま、まぁそうだな、今日は付き合ってやるか」


「本当ですか!? やった!」


 正直言ってあの日以降隣子のことが怖くなっていた。当然だ。いくら俺に危害を加えないとしても殺人犯なんだ。一緒にいたら心からは落ち着かない。

 だからか俺はつい小野寺の誘いを受けてしまった。


 隣子には先輩に誘われてって送っておくか。流石に後輩の女となんて言えないし。


………

……



「〜だから言ったんですよ! そうじゃないって!」


「ハハ、小野寺らしいな」


 俺たちは適当に近くの居酒屋に来ていた。

 カウンターで隣同士に座り、いつものくだらない他愛もない話をしていた。でも不思議とそれがとても安心できた。


「す、すみません秋山さん。ちょっとお手洗い行ってきますね」


「おう、いってこい」


 俺は少し酔っていい気分になっていた。小野寺は本当に普通の女だ。……こんな子と付き合えてたら平和で幸せだったのかな……なんてことが少しだけ頭に浮かぶ。

 いや、そんなことを考えたらダメだ。もし俺がいなくなったら隣子は何をするか分からない。そんな事を考えていると、隣から声をかけられた。


「あのー、秋山望実さんですよね?」


「え、ええ、そうですが」


 声をかけてきたのはスーツを着た20代後半くらいの男だった。髪は短く清潔感があり、顔も爽やかな感じでいかにもエリートって感じがした。


「実は私はこういうものなんですが」


 男はそう言うと俺の前に一枚の名刺を置く。


「〇〇県〇〇警察署……刑事、梅野賢介うめのけんすけって……刑事!?」


「初めまして。梅野と申します。先週から行方不明になってる平尾全三さんの事で聞きたいことがありまして」


 俺はその名前を聞いて頭が真っ白になる。警察が平尾課長の事を探しているのだ。まさか隣子のことがバレたのか!? いや、ただ単に同じ会社の人に聞き回ってるだけかもしれない。俺はできるだけ平静を装いながら答える。


「……何でしょうか?」


「聞いた話ではあなたは平尾さんの直属の部下で、中々に酷い扱いを受けていた、とか」


「……まさか俺を疑ってるんですか?」


「いえいえ、そういう訳では! 少しでも情報が欲しくてね。流石に一週間も音信不通で行方不明ですから……」


「申し訳ないですけどあの人のことは何も知りませんよ。仕事以外で話すことはありませんでしたし」


 俺はできるだけ怪しまれないように冷静に落ち着いて話す。


「なるほど。もし何かわかったことがあれば名刺に書いてある番号に電話お願いします。では私はこれで」


 そう言うと、梅野という刑事はあっさりと引き上げた。そして梅野と入れ替わりでお手洗いから小野寺が戻ってきた。


「おまたせーってなにそれ? ……え?刑事!?」


 小野寺はテーブルの上にある名刺を見て驚く。当然の反応だろう。

 隣子は捕まることはないと言っていた。しかし実際に警察が動いているのを目の当たりにすると恐ろしくなってくる。


「大丈夫ですか? 汗すごいですよ?」


「……今日はこの辺で終わろうか。俺が払っておくから」


 果たしてこの事は隣子に話した方がいいのだろうか。結局答えは出ないまま隣子が待つ自宅に帰宅するのだった。





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