数多の天職の中で世界最強

@umiru

第一章 バルハザード王国

第1話 異世界召喚

 春が過ぎ、夏になろうかという季節。渡部真わたべまことは汗をしたらせながら、校門へと続く坂道を歩いていた。


「よう」

「おはよう」

「今日、帰りカラオケ行かない?」

「いいね、カラオケ! 行こう、行こう!」


 隣で盛り上がっている同じ学校の制服を着た連中の横を、渡部真わたべまことは、何事もなかったかのように自然と通り過ぎて行く。


 渡部真わたべまことに友達はいない。友達ができないわけではない。わざと作らないのだ。なぜ作らないのかと聞かれれば、こう答えるだろう。


〝煩わしい人間関係なんてごめんだ〟


 渡部真わたべまことという人間は一人でいることが、好きだった。このような性格になったのは、中学校のある事件がきっかけだったかもしれない。


 その事件とは、まことがある日、男友達の好きだった女の子から告白されたのだ。男友達は、それ以降、嫉妬を募らせまことに嫌がらせをするようになった。


 まことは、そういった経緯から高校入学後、一人も友達を作らなくなった。


 入学式の日、クラスメイトから声をかけられても、まことは無視し続けた。その結果、男のクラスメイト達からは陰口を叩かれるも、まことは一人でいることに満足していた。


 逆に女のクラスメイト達からは、顔がイケメンなことと孤高の雰囲気の相乗効果から、モテモテ状態になっていた。当の本人は気づいていない。


 クラスメイトの男どもの殺意に満ちた視線は、日に日に強まっている。もっとも、まことは気にしていないが。


 教室の前までやって来ると、中から騒がしい声が聞こえてくる。まことは教室の扉を開け、中に入ると、ざわつく声がやみ、クラスメイトの男どもが、一斉に殺意に満ちた視線をまことに向けてくる。まことは気にもとめず、自分の席に座った。すると、後ろから一人の女子生徒がにっこりと微笑んで朝の挨拶をしてきた。


「おはよう。渡部君」


 彼女の名前は篠塚伊織しのづかいおりといい、クラスの中で突出した可愛さだった。すらりと伸びた手足、整った顔立ち、艶やかな桃色のロングヘアー。しかも性格もよく、嫌な顔をせず人の悩み聞いたりしていた。クラスのほとんどの人間が彼女を尊敬していた。そんな彼女がまことに声をかけたことから、一斉にクラス連中の視線が二人に集まる。


「ああ。どうも」


 まことの素っ気ない挨拶に男どもの視線がより一層鋭くなる。そんな中、もう一人、女子生徒が挨拶してきた。


「おはよう。伊織、渡部君」


 挨拶してきた彼女の名前は相川雫あいかわしずくという。伊織の一番の親友で、小学校からの付き合いだった。顔立ちは凛々しく、切れ長の目は鋭い。身長も女にしては百七十あり、黒髪のポニーテールが似合っていた。その男らしい容姿から女のクラスメイトにモテモテだった。むろん、男どもにもモテモテだ。中にはあねさんと呼ぶ男子生徒もいるほどだ。雫はあねさんと呼ばれるのが嫌らしい。


「おはよう。雫」

「どうも」


 伊織の返事とは対照的に、まことの挨拶は相変わらず素っ気ない。


「渡部君も大変ね。朝から伊織に絡まれて」

「もう! 別に絡んでないし!」

「はいはい」


 雫のからかいに、伊織は顔を赤くして頬をふくらませる。そこに一人の男子生徒がやって来る。


「そんな奴放って、こっちで話そう」


 彼の名前は、古野勇ふるのいさむという。成績優秀、スポーツ万能、容姿もイケメンの完璧超人だ。サラサラの茶髪と優しげな瞳、百八十センチ近い高身長に細身ながら引き締まった体から女子生徒からもモテモテで、何かとまことと比較される。鋭い眼光がまことを睨む。当のまことは気にもとめない。


「もう! 別にいいでしょ! 私が渡部君と話したいから話してるんだよ!」

「ふふふ」


 伊織の怒ったような声に、雫はつい笑ってしまう。いさむは困ったように頬をかく。そこに一人の男子生徒がやって来る。


「おい、そろそろチャイム鳴るぞ」


 彼の名前は堂上孝太どのうえこうたという。いさむの幼い頃からの親友だ。容姿は身長百九十あり鋭い獣のような瞳。プロレスラーのようにがたいがよく、体格をいかしてボクシング部に所属している。前年度の全国ボクシング高校総体インターハイ大会ライト級ベスト4。立派な戦績である。


「ああ」


 いさむは小さく頷き、席に戻って行く。


「じゃあね。渡部君」


 伊織はそう言い、雫を連れて離れていく。まことは小さくため息をはいた。チャイムが鳴ると、教室に担任が入ってきた。ホームルームが終わり、一限目の数字の授業が始まる。


「これわかるやついるか」


 数字教師が黒板に書かれた文章問題を手で叩く。誰も手を上げなかった。かなりの難問だったからだ。数字教師の目に窓の外を見て呆けているまことの姿が映る。


「おい、渡部。これ解いてみろ」


 数字教師のご指名に、まことは面倒そうに席を立ち、黒板に向かう。まことはチョークを手に取り、数式をスラスラと書いていく。その光景を数字教師は不機嫌そうに見ていた。


「終わりました。もう戻っていいですか?」

「ああ」


 まことは悠然と自分の席に戻って行く。クラスの男連中は舌打ちしていた。


「凄いね。渡部君」

「そうね」


 伊織のはしゃぐ声に、前の席の雫は苦笑いする。はしゃぐ伊織を遠目から見ていたいさむは複雑そうな顔をしていた。


 午前の授業が終わり、昼休みになる。まことは、カバンからパンと牛乳パックを取り出す。前の教壇を見ると、担任の女教師がクラスの女子生徒と雑談していた。他にも友達と話ながら弁当を食べているクラスメイトが十五人ほどいた。


 袋を開け、パンをかじっていると、弁当を持った伊織が声をかけてきた。


「一緒に食べてもいいかな?」

「好きにどうぞ」


 もじもじしている伊織に、まことは素っ気なく言い、パンを再びかじる。


「うん。ありがとう」


 嬉しそうに伊織ははにかみ、まことの隣に座る。すると、弁当を持った雫がやって来る。


「私も一緒にいい?」

「どうぞ」


 まことの許可に雫は伊織の席に机を寄せ、腰かけた。そんな光景に周囲の視線が集まる。


「渡部君って休日何してるの?」

「別に何も」


 素っ気ないまことの言葉に、落ち込む伊織。見かねた雫が話題をふる。


「この伊織の卵焼き美味しそうね!」

「ああうん。良かったら食べる?」

「貰おうかな。渡部君もどう?」


 雫の言葉に、まことは興味なそうに卵焼きをじっと見ると首をふる。


「そ、そう」


 雫は会話が続かないことにうだなれた。そんな中、三人の風景に割って入る男、苛立ちの表情を浮かべたいさむがやって来る。


「おい、渡部。俺と勝負しろ」

「断る」


 いさむの鬼気迫る言葉に、まことはストローで牛乳をすすりながら言った。二人の間に沈黙が流れる。


「ちょっと、二人ともどうしたの?  そうだ。いさむ君も一緒に食べようよ。いいでしょ、雫ちゃん?」

「ええ。私は構わないけど」


 雫は困った顔で、不機嫌そうないさむの方を見た。雫はそもそもの原因が伊織にあることに心の中でため息をはく。膠着状態の中、突然、いさむの足元が淡く光る。驚く雫達。その光は徐々に輝きを増していき、いさむを起点として広がっていき、教室全体を包み込んだ。


 バァ!と爆発したかのように光る。


 数秒後、光が収まると教室には誰もいなくなっていた。残されたのは蹴倒された椅子に、食べかすの弁当、床に散乱する箸やペットボトル、教室の備品はそのままにそこにいた人間だけが姿を消していた。


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2021年10月30日。3時46分。更新。

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