第46話 悪魔との死闘戦

 ジュンは戦闘員を総動員して、アツキとサツキたちを探していた。


その光景をイストリア城塞の高き場所からも、それらしい場所はないかと探していた。「ダグラス王。幻覚能力者の敵は、排除したと連絡がありました」

「わかった。ご苦労」


ダグラス王の部屋には、ロバート王と、その息子夫妻のヨルグとマーサもいた。

部屋の外にはイストリア王国軍二百名の兵士と、防衛隊長のハヤブサがいた。



そしてカミーユの部屋にはネストル、セシリアとリュシアンとその配下三名がいた。

「カミーユ。妹は元気か?」

「ええ。あの時は申し訳ありませんでした。ディリオスさんが居なかったら、我々は皆殺しにあっていたはずです」


「誰しもが初戦は緊張するものだ。リュシアンさんでもですか?」

「それは許されない世界だったから、何とか頑張ったよ」


「落ち着いたらナターシャと会ってください。色々な事があった事は、一応伝えてはいますが、最初は動揺すると思います。私もそうだが、君もディリオスに頼るのは出来るだけせずに、自らの力を上げたほうがいい」


「確かにその通りですね。今も難敵と戦っています。あれほど強いのに、鍛錬し続けています。誰よりも強いのに、誰よりも鍛錬しています。私の目標はディリオスさんです」リュシアンも頷いた。


「我々に来る刺客は、ドルドスという五大副官のひとりらしいですね。私ひとりで戦ってみてもいいですか? 命懸けでの鍛錬は確かに飛躍的に力を上げる。もしもの時には助けに入るよ。後ろの二人が許してくれるならね」


ネストルとセシリアは、明らかに反対的な顏をしていた。

「何故だ? ネストル。僕も強くなっただろう?」

「勿論承知しております。ですが、初戦に刺客相手は危険すぎます」

「兄の言う通りです。わたしたちはカミーユさまとミーシャさまを守る者です」


「確かに初戦で、刺客相手は間違いだった。発言を撤回するよ」

「ありがとうございます。リュシアンさま」ネストルは礼をとった。

「色々あったのに、変わらず接してくれてありがとう」


「ディリオス様は公言されました。リュシアンたちは、ヴァンベルグの真の敵に、立ち向かった者たちであり、我々の味方だ。もし不満があるのなら俺に言え。その気配さえも俺は見抜く。問題がある場合は、まず俺に言ってこい。正しい事であれば俺がしっかりと正しい行いをするように対処する」リュシアンの頬を涙が伝った。


「ここで戦うのは少々狭いですね。敵の数は分かっているので、もう少し広い場所に移動しましょう」扉を開けた瞬間に、窓を突き破って部屋へと突っ込んできた。

皆は扉から出て、それぞれ構えて見せた。


「俺は一人じゃない。お前たち相手に、一人で来る馬鹿はいまい。一、二、三……七人か。まあ何とかなるだろう」そう言うと、分裂していった。


想定外ではあった。だが、敵はリュシアンが復活した事を、知らずにいた。

そして皆は、リュシアンの強さも想定外であった。


 白狼の一閃は、分裂途中で全てを小間切れにして見せた。速度を上げていき分裂の速度を超えた刹那の時に、本体の首に銀色の剣を当てた。「リュシアン……廃人じゃねぇのかよ……くそっ情報が違うぜ」


「いや、情報は正しい。私は昨日から立ち直った。貴様の運が悪かっただけだ。我々は弱いあらゆる意味で弱い生き物だが、目的や守るものが出来た時には、信じ難いほどの力を発揮する。私は長い間、闇の中にずっといた。だが彼は私を助ける事を諦めなかった。私のほうが根負けするほど、彼は諦めなかった。だから私は、再び戦うと決めたのだ」


レオニードも言葉を失った。確かに精神的に立ち直られたが、今の彼の動きは、殆ど見えない剣技だった。彼の配下も同様に呆気に取られていた。


「私はディリオスに頼まれた。個人的な事だが……優秀な人間が多数いる中、廃人である私に頼み事をしてきた。誰も私を必要としない時に、私を必要としてくれた。私は自分で考えた。今こそ立ち上がる時だとな」


カミーユもネストル、セシリアも一瞬の出来事に、言葉が無かった。


「一番驚いたのは私自身だ。私の眠っていた神の遺伝子とやらが、一気に溢れ出して昨日は制御するのに苦労したほどだ。今も体内で急激に上がっているのを感じる。だからお前は、ここで終わりだ」


首を刎ね、落ちゆく前に、頭部を切り刻んだ。

「ディリオス様より、リュシアンの力が必要だと申されていましたが、我々を気遣っての言葉だと思っていました。そうではなく、本当に必要とされていたのですね」

腹心のレオニード・ラヴローでさえ、そう思っていた。




 ハヤブサは体中に傷を負い、片膝をついていた。すでに二百名の兵士は食い殺され、ハヤブサひとりしかもう残っていなかった。敵が真に狙っていたのは、ディリオスとロバート王だった。分散させる為に、人間の強者たちにそれぞれ配下を送り込んだ。


予知夢は厄介極まりない能力だった。イストリア城塞が賑わいを見せ、当然のように情報も各地へ流れていっていた。


大国故にその情報を得るのに苦労は無かった。ただディリオスの足止めすら出来る悪魔が居なかった為、指揮官であるバルドが出るしかなかった。ほんの時間稼ぎのつもりで、バルドは出てきた。


仲間の悲鳴が減っていく事に、ダグラス王は覚悟を決めていた。ロバート王はすでにぎりぎりで生きている状態であった。窓からディリオスが城壁で、奮闘しているのが見えた。彼がいる限り、己の命が消えようとも、問題は無いと安心し、死を受け入れた。


その死を覚悟した自分に向けられた熱い気持ちが、伝わってきた。ディリオスは何かが起きている事を把握して、苦無で道を作って窓を破って飛び込んだ。熱い気持ちを発する者だけを、何とか部屋から連れ出した。


部屋から離れていく中に見えた。城塞の一角の屋根にダグラス王と一緒に下りて、すぐにロバート王の部屋へと、目を向けた。助けに行こうとしたが、城壁にいるバルドが殺気を放って、こっちを見ていた。ヨルグたちを助けに行けば、無数の犠牲者とダグラス王の死は明らかだった。


もう自分には、かれらを助ける事が出来ない現実に、彼の呼吸は荒れ狂うように乱れていた。ダグラス王は不思議だった。戦いに死は付き物である、それは誰もが知っている。そして彼は、誰よりも多くの戦場で戦ってきた。


昔の刃黒流術衆の頃の自分なら仕方のない現実だと受け入れる事は出来た。しかし、ミーシャやダグラス王、ミア王妃等の、“愛”という感情が彼を変えていた。


その感情を知り、最強である男は、友がこれから殺される現実に、耐え切れないほど苦しんでいた。


ヨルグが剣を握っていた。あの勇気のない友が、剣先が震えるほど勇気を出していた。優しさが溢れ、マーサとも仲良く愛に満たされていた二人の姿が遠のいていった。一瞬ではあったが自分が来れる距離に、強敵がいると知った二人の悪魔は、扉の前に力の限りを尽くしたハヤブサを食い殺さずに、首を切り落とした。


古くからの友が、今まさに人生で一番勇気を奮って、剣で闘おうとしていた。

ディリオスは眼力で、止めようとしたが副官に通じるはずも無く、せめて殺されるなら愛する者を見たくないはずだと、苦しい思いを噛みしめて自らの足場とした飛苦無で三人同時に一瞬の差も無く、ディリオスは友の妻と父にトドメを刺した。


彼は号泣した。自分の選択のを間違えたせいで、多くの者たちが死んだ事を自ら責め立てた。そして非力さに憎しみを覚えるほど、自分自身を責め立てた。


飛苦無で副官たちを倒すことも当然考えたが、距離もある狭くて視界も悪い場所で、苦無を操るのは相当集中しなければ、厳しかった。バルドを無視して集中すれば、バルドが許すはずも無く、飛んでくる。彼は手という手を考えたが、殺すのが、最善だった。



ダグラスはかける言葉も見つからなかった。同時に彼の戦いに挑む覚悟を目にした。

ミーシャはミアに抱きつき、大きな声を出して泣いていた。


ディリオスが泣いている時にも、ミーシャは心の中にいた。だから彼は耐える事が出来たが、最善の選択が、それしか無かった事の苦しみの中でも、彼は戦わないといけないと再び立ち上がった。現状でダグラス王を預けるのは、リュシアンが最適だと思った。


 ディリオスは呼び笛を吹いた。高い城塞の中間部の屋根に風と共に愛馬が現れた。

彼はアニーを撫でた。顏を何度も何度も舐められた。


「アニー。カミーユは分かるな?」顔を摺り寄せてきた。「そうだ。ゲイルの友達だ。ダグラス王をカミーユの所まで連れて行ってくれ」愛馬とも心が通い合うほど長い付き合いをしてきた。「今度は一緒に出掛けるから頼む」頭を撫で撫でしたら納得してくれた。


「ダグラス王。どうぞ、お乗りください。じゃあアニー頼んだぞ」

漆黒の愛馬は翼を広げて、彼の香りのするほうへ消えて行った。

ディリオスは、どちらにいくか迷っていた。


城壁にいる指揮官バルドか、二人組のグリムゲルとベノジェスを殺すか、だが、奴らはこっちに来る気配を見せなかった。強さが分かる程度は強いのかと、彼は思った。

指揮官がわざわざ来たと言う事は、当然自分の相手をする為だった。


一度は退いたが、彼は再び城壁に目をやった。バルドはこちらをじっと見ていた。

ディリオスは自分にしか出来ない事を選択した。それほどに、指揮官であるバルドは強かった。


 彼は空中にある黒い刃を集めると、一呼吸で城壁まで動いた。すぐにバルドは自分の位置から後方へ下がったが前には誰もいなかった。ディリオスは黒刀で背後から斬りつけた。完全に相手を捉えて、中心を狙った。どちらに行こうとも、犠牲は出る速さで彼は斬りつけた。


バルドは右に動いて、左腕を犠牲にした。左肩から一撃でバルドの鮮血が飛び散った。悪魔は斬られた直後に、その左の傷をディリオスに浴びせた。顏が真っ赤になって目に血が入り、視界は赤くぼやけて見えた。悪魔は男に対して、残った右手を刃物のように硬質化して、男を何度も斬りつけた。そしてバルドはそこから音も無く、大きく距離を置いた。



ディリオスは赤い目のまま、己の体の傷は致命傷には入っていなかったが、骨まで切れていた。そして彼は、気配だけを頼りに、バルドに迫った。

当然、左から攻め立てた。そこにはヨルグたちへの怒りも込めていたため、自分で制御出来ない程攻め上げた。攻める度に、自らの体中からも血が散った。


あまりの猛攻にバルドは退いた。まただ! 気づいた時には、背後にディリオスがいた。


当然右にすぐに動いた。しかし、僅かに二つの影が重なっていた。バルドが移動する方へ方へと、彼の影のようにピッタリと離れずにいた。バルドは苛立って、瞬間的に右から左へ行くと同時に、身を退いた。漆黒の死神もこの瞬間を待っていた。


虎王の咆哮ほうこう


バルドは両足首だけを残して、辺り一面に散らばった。そして塵となって消えて行った。彼は黒刀を握り“守護神の竜巻”でいつでも攻撃から守れるように、奴らを空から探していったが。(いや、違う!!)


彼はそう思うと、ミーシャの元へと急降下して“守護神の竜巻”のまま部屋に突っ込んだ。奴らが丁度、部屋に入ってきた瞬間だった。ジュンが能力を使えず、その身を盾にして、ミーシャたちの前に立ちはだかっていた。


彼はすぐに”縦の剣舞”で一点集中して、悪魔たちを削りながら、部屋から押し出していった。


「貴様らの指揮官バルドは、恐れながら死んでいったぞ。貴様らのせいで……俺をあまり怒らせるな。貴様らの戦いに、俺たち人間をこれ以上巻き込むな」


冷ややかな表情で彼は言った。そして言葉では無い気迫から、バルドが死んだ事を理解した。


部屋から弾き出された二人の副官の後を追うように、ディリオスは出て行った。そして先ほどまで優越感に浸り、大勢の人間を食い殺していた。


そして自分の目で見た。愛し合うヨルグとマーサが怯える中、マーサの為に、勇気のみを振り絞って、剣等使えないヨルグが、剣を構えた。力なく殺されるのではなく、愛してやまないマーサを守る為に、剣を抜いた。


自分に出来る事は、もう限られていた。顏に浴びたバルドの血と、体中に切り刻まれた己の血と、涙が混じり合い、彼は赤い涙を流しながら、進んだ。


彼は狂うほど、心が痛んだ。あまりの心痛に彼は膝をついた。しかし、悪魔たちは動けなかった。ここからもう逃げる事は出来ないが、彼の静かな怒りに、動けずにいた。


そしてこれは戦争なのだと再認識し、立ち上がると同時に、死を覚悟した悪魔二人の首を一瞬で刎ねた。黒い塵となって風が攫って行ったが、男は膝をついた。



 影からジュンが出てきた。「ご報告します。サツキさん、アツキさん以下全員眠らされていただけです」「報告ご苦労。こっちも今、全員殺した所だ」ジュンはいつもと違う、ディリオスに気づいた。そして背後のミーシャに気がついた。ミーシャは首を横に振っていた。ジュンはそのまま影の中へ消えて行った。



 男は暫くそこに片膝をついたまま、項垂れていた。ディリオスの心が分かるミーシャでさえ、何も感じ取れなかった。彼は何も考えられなくなっていた。「風ひいちゃうよ?」ミーシャが肩に手を当てた。その手は温かかった。彼はすぐに手をどけた。「俺の手は冷たい。ミーシャの気持ちは分かったから中に入ろう」




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