第十四話 ロバート王の未知の能力
ロバートは王剣を腰に差した鞘におさめると自室をあとにした。
再び彼は急いでヨルグのいる城下へと足をはこんだ。
「ヨルグ! 一体何が起こっておるのだ?」大剣を差した王は部屋に入るなり息子に疑問を投げかけた。
「父上。その大剣は……病気も治るのか……」ヨルグは一瞬言葉を呑んで独り言のような小さな声で言った。
そして王に現状を説明しだした。
「本来は明日、ディリオスから詳細を話すつもりでしたが、神典にもある天使と魔族の死闘が再び起きたようで、地上にいる神の子である我々にも色々な恩寵があるようです。これは突拍子もなく耳を疑いますが真実です。あの夜空をご覧になったでしょう」ヨルグは聞いた。
「父上の体調がよくなったのは、あの光輝く天のバベルの塔と第九層で氷漬けになっている悪魔王サタンの眠る地のバベルの塔が我々の住むこの世界と繋がったからです」ヨルグは続けた。
「この現象にいち早く気づいたのは刃黒流術衆の方々です。
我々と天使と魔神たちは神の遺伝子というものをもっており、神の子故に身体能力上昇が証拠であります。病気のことは聞いていませんでしたが、治る病なら治るようですね。調べることは不可能ですが、特殊な能力が発動した者は、特別濃い神の高遺伝子を有している確率が高いとのことらしいです。父上の身体能力も上がっておられるご様子から、若き日の昔のように自由に動けることでしょう」
「私はほとんどの事を知りません。ディリオスは詳しいので彼を待ちましょう。どちらにせよ彼に共感し命懸けの使命に身を捧げるものたち刃黒流術衆は千四百名以上います。
彼の言葉はそれほどに信頼でき、人類の生き残りを懸けた壮絶な戦いになることは間違いありません。
刃黒流術衆の伝説には天使と悪魔と人間の熾烈を極めた争いの記録がのこされていました。
事の始まりはディリオスが神木近くで百体ほどの魔物に襲われた事だと聞いております。
だから誰よりも早く行動したのだと思います。
レガ殿とサツキさん、アツキさんはそれぞれ主である彼の指示に従い、サツキさんの特殊な能力で身体能力上昇以上を身につける者を探せるらしく、今現在も地下の大部屋で次々に調べているようです。詳しくはこの絵巻物と神典に記されているようなので、読んでいたところです。父王もご一緒にご覧ください」
王は息子の言葉を聞くと机をつなげて作られた大机に開かれたものに目をやった。
徐々に光の塔から出てくる天使たちの列が細くなってきた。
細いと言っても神木の太さくらいはあった。数億の天使たちが出てきたことにサツキは身震いした。魔族も同じくらい出てくるのかと思うと安住の地はもうないのかと思わされた。
サツキは次々に特殊能力者とそうでない者を調べて分けていったが、疲れが見え始めていた。若君の言っていた言葉が耳に残っていた。精神か体が原動力になると。
そして、あの敵しかいない場所に独りで今もいる。サツキはふと考えた。わたしたちの主は確かに身体能力上昇が、ずば抜けて急上昇している。それだけに身体能力上昇し始めた時の反動は想像を絶する苦痛だったはずなのに、一人だけ残って様子を見ていた。恐ろしいほどの苦しみの中、常に最前線にいる。
そう思うと力が湧いてきた。ディリオスの先見の明と力と覚悟と誇りと約定に対する想いは、決して折れる事も消える事もない。その彼がいる限り我々は彼を信じて戦うだけだと心で思うと、崩れそうな自分が奮い立つのを感じた。私たちの主は恐れもなく死地に唯一人で偵察に行った。
全く恐れずにあの地へ行ける人間など他にはいない。
それと同時にディリオスの厳命のおかげで、人間の被害は最小限にとどめられたが、同数程度にも関わらず悪魔が少しずつではあるが勝ってきていた。最初に魔の穴から出てきた魔族がベガル平原の人間を喰い荒らしそれを己の力に取り込んでいた為だったが、そのことは誰も知らない事だった。
サツキは天と魔の両者ともに他を圧倒するほど強い指揮官の戦いに興味を示していた。
遠い場所まで感知していることでそれにより一層チカラの消費を激しくしていた。それは関知能力ではないアツキも気づくほど消耗が激しくなっていた。
感知する力がない者でも強さが一定以上ある者にはサツキのようにはっきりとは分からないが、一気に強さの要である身体能力の急上昇した時や急低下した時には感じることはできた。
(サツキ。だいじょうぶか?)
(うん。でも覚えたての力を使いこなすまで時間はかかりそう)
(あまり無理するなよ。お前に倒れられたら困るからな)
(わかってるわ。ありがとう、兄さん)
突然、誰かが能力を発動した。サツキは今現在の自分の能力を把握していたが、更にまだ成長過程にあった。彼女の察知能力は非常に敏感になっていた。
誰が発動したかは不明だが、確かに人間の強いチカラを感じた。まだ狩りを覚えたての牙を持つ獣王が発するような荒々しく使いこなせてはいないが、自身で特殊な能力を身につけつつあるような感じだった。
サツキの潜在能力を調べる力は直接その相手に触れないと確定的な精密さは分からないものだったが、半径五メートルほどまでなら特殊な能力を持つものを察知できるようになっていた。
そしてこの誰かはわからない者が能力を使いこなせば大きな戦力に
なるほどの力が眠りから目覚めようとしていると感じた。
背後からサツキは肩を叩かれた。
「ロバート王。病にかかっていると伺いましたが、大丈夫なのですか?」
サツキは振り向いてたずねた。
「この
「はい。御子息の話は本当です。天使は残念ながら我々の味方ではありませんが、こちらから危害や邪魔をしない限り襲ってこない模様です。悪魔の穴に現在天使の軍勢が攻撃を仕掛けている最中ですが、悪魔の穴は天使の塔よりも早く出現したためベガル大平原の部族に多大な被害は出たようです。
現在は悪魔と天使の相殺を見守っていますが、どちらの軍勢も最弱である第九層の天使と魔族が激戦を繰り広げていますが終わりの時は近いでしょう。私の察知する特殊能力では九層の指揮官と精鋭部隊はまだ両軍とも動いていません。ですが、時間の問題と思われます。どちらの群れももうすぐ尽きます」サツキは現状を話した。
「ディリオスはどこにいるのだ?」ロバートは尋ねた。
「若さまはもうすぐお戻りになります。どうしても、今のうちに調べておかないとならない事があると仰ってました。それが不明のままでは人類に未来はないと言われあの激戦区にお一人で向かわれました。答えを得たようで現在は敵にバレないように力を隠してお戻り中です」サツキは答えた。
「ロバート王。先ほど私の肩に触れた時に感じたのですが、王も特殊な能力があるようです。確かめるために少し触れさせて頂きたいのですがよろしいでしょうか?」
まだロバートには分からないことが多いが、特殊な能力は人類にとって切り札なのは理解していた。
「サツキよ。調べてくれ」サツキはうなずくとロバートの体の中心に手を当てた。
「やはり特別な能力をお持ちのようです。病気を治すことを優先したのかどうかは不明ですが、まだ能力は眠った状態のようです」彼女は王から手を離した。
「お気をつけください。能力に目覚めると最初は上手く扱えないため大量の身体エネルギーを消費します。精神か肉体かはわかりませんが、エネルギーが足りない場合、気絶や命の危険にさらされるようです。
エルドールの兵士は我々と違い身体能力上昇が低いため能力のあるものは発動前に楽な姿勢を取るように伝えてます。
能力は発動するまで不明ですが、ロバート王の能力はおそらく相当なエネルギーを消費するでしょう。今はゆっくり横になっていてください。
残念ながらエルドール兵にはすでにそれにより死者がでております」
「能力に目覚めるには私のようにたまたま条件を満たすか、ディリオスさまのように分かりやすいものまで幅広くあります。わたしの兄であるアツキは遠く離れている相手と、直接話すことができるものなどもあります。
どの特殊能力に共通して言えるのは身体能力や精神的に強いものほど強さや希な能力が目覚める傾向にあります。
そして我々は皆まだ能力に目覚めたばかりで完全に身につけていない状態であり、己の限界をまだ知らないことです。
いずれにしても能力者は、どれだけ発想力が
能力に目覚めたためにエルドール兵に死者が出たと聞いて、王は驚いた様子を見せていた。
「どんな能力であれ覚えたてで能力を使用するのは大変危険です。
私とアツキ、若さまは特別だとご理解ください。本音で言わせて頂けるならアツキもわたしもすでに限界値に来ています。少しでも気を抜けば倒れるでしょう。
ディリオスさまの能力は分かりやすいですが、まだまだ目覚めたばかりの状態ですからこれからが本領発揮と言えるでしょう。どんな能力でも使い手次第になります。想像力や先見の明があるディリオス様のような方が、圧倒的に強くなることだと確信しています。身体能力は各々上昇速度や上限に違いがあります」
「若さまのように非常に高い者から、それほど差がない者までいます。そして身体能力と特殊な能力は別のもののようでもあり、身体能力が高くない者でも特殊な能力は強い者もいますが、能力を扱うには身体能力を表すエネルギー総量は欠かす事の出来ないものです。能力を使う限り消費し続けるのでエルドール兵に死者が出たのはそれが原因でしたので、特に今までご病気であったロバート王はお休みになられたほうがよいかと。
若さまもわたしも身体能力と特殊な能力が開花するまで戦いは控えるべきと考えています。それほど人類にとってこの力は、切り札と言えるほど貴重ですし、身体能力上昇に特化した者は、戦い方次第では能力者を凌ぐ事もできます。天と魔が争う間に出来るかぎり我々は能力の力を明らかにし、身体能力上昇は上限までいけば止まります。再び鍛錬し、能力をより活かすためには、今は耐え忍ぶのが最善だと考えています」
サツキは自信を持って発言した。
ヨルグの部屋へ騎士が入ってきた。
「ベガル平原のドラガ族より使者がきております」王の騎士は
血を流した使者が部屋に入ってきた。
「ロバート王。先ほどまではあの翼のものたちは互角に戦っていましたが、天使と思われるものは現在劣勢になり、魔の穴から続々と魔物が出てきて、我らは現在死闘を演じております。族長の命により部隊長である私は三十名の配下と共に援軍要請に出ましたが、私以外は全て殺されました。援軍の派兵を何卒お願い致します」ロバートはサツキを見た。
「このエルドール城へ避難するのは厳しい状況でしょうか?」部族の使者は黒装束を見てすぐに刃黒流術衆の使い手だと分かった。
「こちらに逃走中ではありますが、逃げながら戦っておりますので急ぎ応戦部隊をお送り頂ければ、その間にこちらにたどり着くことは可能な位置までは逃走中であります。縁もゆかりもない我らが刃黒流術衆の方にお願いするのは心苦しいのですが、何卒派兵をお願い致します」部族の使者は片膝をついてサツキに懇願した。
「急ぎディリオスさまにアツキから連絡させてみます」サツキはロバートの目を見て援軍を送ることを確認した。ロバートはすぐに首を縦に振った。
サツキは状況を把握してすぐにアツキに連絡した。
(アツキ!! 若さまは今どのあたりにいるの!? ドラガ族が襲われてるらしいの!)
アツキはサツキの尋常ではない様子を感じてすぐにディリオスに連絡した。
(ディリオスさま! 今どちらにおいでですか?)彼はアツキがわざわざ位置聞いてきたことの意味をすぐに察した。
(どこに行けばいい?)
(ベガル平原の南西からエルドール城を目指してドラガ族が逃走中です)アツキはサツキに聞いた内容だけ彼に報告した。
(俺たちも奴らと完全に敵対することになることによって、世界を巻き込む激戦となり色々問題が起きるがまだ状況を飲み込めてないロバート王にその辺の事情を話して再確認しろ。俺はその返答次第で即座に動けるよう奴らを追う)
いつもディリオスの洞察力にアツキは驚かされてきた。今だけでなく
(戦いに行くなら俺が行くからお前たちは受け入れ態勢を整えろ。レガには防衛体制と怪我人の面倒を見るよう伝えておけ。サツキは引き続き能力者は探せ、治療系の能力者がいれば助かるからな。あとお前たちも今の内に少し休んでおけ。戦うだけなら俺だけで問題ない)ディリオスはアツキに命じながら空の光を頼りに東のベガル平原へ向かった。
(了解しました。サツキに話しておきます。ロバート王に再確認後すぐに連絡します)
(サツキ! 若さまが援軍にいくからもう大丈夫だと伝えてくれ。あとロバート王に今援軍に行くとなると我らだけでなく、世界を巻き込む三つ巴の死闘に参加することになるがそれでも助けるのか状況を伝えて確認を頼む)
ロバート・エルドールは平和を第一とし強い信念を抱き続け、愛する人と国を守るため厳しい修業を耐え抜いてきた。
北の民だけに頼るような者にはなりたくないと考え鍛錬してきたが、老将は死ぬまでその鍛え上げられた剣技を振るう機会を得られないと、覚悟していた。この地の平和が何よりも大事であり、己の命祖先のように枯れ落ちる時まで平和を守り、この地に眠りにつくことは栄誉だと思い続けていた。
彼は民に愛され、運命の出会いであるローザと出会い、世継ぎであるヨルグを授かった。己には過分すぎる幸せを日々感謝して生きてきた。
そして今、その平和が脅かされている。この地を守る王として、ベガル大平原の盟友たちと共に戦う決意を言葉には出さず心に秘めていた。
相手が何者であろうとも、友が血を流しそれを見過ごすことは、今まで守ると誓った言葉はただの建前になることであり、例え死のうともそのような背を跡継ぎのヨルグに見せるわけにはいかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます