第二十話 それぞれの信じる一筋の道の死闘

(アツキ。聞こえるか?)ディリオスは三つ葉城塞近くからアツキの心に念じてみた。(はい。聞こえます)

(お前たちは今どこにいる?)

(私はエルドール城内です。サツキは相手の胸に手を当てると、能力者かどうかわかるようになりましたので、それが終了し次第、鍛錬に励むと言っていました。私はエルドール城と三つ葉城塞の連携を取りつつ鍛錬しています)ディリオスは眼下の三つ葉城塞に目を向けた。


(わかった。今三つ葉城塞の上空にいるから状況を見てみる。魔のバベルに動きがあると言っていたが、その後の動向はどうなっている?)

(私はサツキの言葉をお伝えしたまでなので、サツキは三つ葉城塞にいましたが、魔のバベルに動きがあり、現在はエルドール城に移動しましたので詳細を聞いておきます)


(わかった。三つ葉を出る時にまた連絡する)

(わかりました。ディリオスさまは奴らが認めるほど、厄介な存在だとバレました。エルドールも三つ葉城塞も天のバベルの塔が近いのでお気を付けください。それではまたご連絡ください)



 ディリオスは納得がいかなかった。九位の戦いでは人間を餌食にした魔族が優勢だった。しかし、動きがあると報告を受けてから、すでに数時間たっていた。

 天使は人間に特別な感情はほとんどない。しかし魔族にとって人間は餌であり力を増幅する糧になる。


食うことで僅かではあるが力を増す。

大量の人間がまだまだいるのに、何も理由がない膠着状態な状況に不気味な空気の味がした。

 天使にとって優勢に事を進めるためには先制攻撃を仕掛けるのが理想ベストだ。


魔族にとっても天使が先制攻撃を仕掛けてくる前に、人間を出来るだけ食らうことで力をつけられるだけつけて、天使を迎え撃つのが最善だ。


 ディリオスは完全に見当違いをしていた。それは常に過小評価し、高みを目指す故に見えなくしていた。

自分の存在のせいで膠着状態になっているとは思いもよらなかった。圧倒的強さの人間がいて、しかも好戦的。先に出た方が被害が出るのではと考え、どちらもが警戒して動けずにいた。


予想外ではあったが結果的に膠着状態を作り出していた。(とりあえず三つ葉城塞で様子を聞くとしよう)

 

 ディリオスは天馬のまま城塞中央に下りた。

「御無事でなによりです。三つ葉城塞の御庭番衆の防衛兼、育成のご命令を受けました。ジュンと申します」

「初めましてだよな?」

「はい。お噂はかねがね伺っております。お会いできて光栄です」

「ひとまず、天のバベルとその他の報告を頼む」


「はい! 天のバベルは未だ動きはなく動きがあった場合は、アツキさんから指示が来るようになっています」

「エルドール兵やイストリア兵の鍛錬はどうなっている?」

「現段階ではエルドール王国は平和続きであったためか、戦い対する意識や緊張感が低かったせいもあったようで、飛躍的に身体能力上昇するものが若干数十名しかおりません。

両国ともにほとんどの者は身体能力上昇のみですが、イストリア王国はこれまで度々小競り合いがあったせいか総兵士数の割には能力者も多く、戦闘、防衛系以外にも能力者の中でも特殊な気質タイプな者も数名います」



 ディリオスはジュンの的確な答えにどのように分析しているのかを知るために、更に詳しい説明を求めた。

「特殊なタイプとはどのようなものだ?」


「現段階では力を身につけたばかりですが、仮に通常の能力者で例えるなら属性系である火や水などを扱うタイプの場合ですと、威力の限界値が低い傾向があります。

これは身体能力や、精神が未だ成長過程にあるものだと推測可能ですが、特殊なタイプの場合は身体精神上昇も非常に高く、身体精神能力が一定値に達するまでは能力発動しません。


一定の能力値数は人によって変わるためはっきりとした時間などは不明ですが、能力自体も身体精神エネルギーの総量消費が高いため、扱えるまでのエネルギーを超えて始めて能力が開花されます。希ではありますが、異常に消費エネルギーの多い者の中には能力の正体が不明なままエネルギー消費し続けて死亡する者もいます。


身体能力だけに特化したタイプも多数見られますが、中には限定付きではあります。悪魔だけに強いなどのような特殊な能力者もいました。今後の事を考えますと天使や魔族に対抗するには最低でも御庭番衆の暗殺拳は習得しないと厳しいと判断しました」


「ジュンと言ったな。三つ葉城塞に隊長として派遣したのはサツキか?」

「はい。その通りです」

「相変わらずいい判断力だ。ジュンの能力はどんなものだ?」


「私もまだ開花して間もないのですが、影から影へ瞬間的に移動できる能力です。影の中に異空間のようなものがあり、移動した影を攻撃されても全く問題ないことまでは検証しました」

「心強い能力だ。判断力といい実に優秀だ。俺の御庭番衆にいたのか? それとも父王の近衛兵からきたのか?」


「ディリオスさまの御庭番衆にいました。あくまでも伝統を重んじて御庭番衆の人数を百名にしていたのだと判断します。

伝統を無下むげにする事が出来ない為百名にとどめていましたが、レガ様からお話を頂いたのですが、刃黒流術衆の中には多く御庭番衆の力量を持つ能力者がいるようで、ディリオスさまと話す機会があれば、能力者として強い者たちは御庭番衆に上げて、暗殺拳や極々最近極められた内殺拳、別名発勁はっけいも指南していくのが良いと、レガ様は判断されています。

魔族に動きがありそうなので、今夜はそれに備えるとして、今後の判断材料にして頂ければ大変助かります」


 ディリオスは思わず笑いが出た。


「わたしは何か変なことでもいいましたか?」ジュンは動揺した。


「いや、ジュンはサツキに鍛錬されて御庭番衆になったんだろ?」彼は笑いながら聞いてきた。


「はい。そうですが……」男はジュンがサツキの口調とあまりに似ているので、笑いが出た。


「いあ。よく似てるんで面白かっただけだ。気にしなくていい。サツキは人材育成も上手いな。あいつに苦手なことあるのか疑問なほどだ」

十分な程の判断力と分析力を、備えた者が自分が知らないだけで、多数いることにディリオスは内心驚いた。


真に頼れる多くの者が御庭番衆だけでなく、刃黒流術衆にもいることを知った。


「よくわかった。俺の漆黒の天馬なら夜に紛れてエルドール城まで行くのは問題ない。今の所、動きはないが今はまだ両者の戦いに参加できるほど我々は強くない。くれぐれも気をつけてくれ、優秀な人間は少ない。何か動きが少しでもあったらアツキに直接知らせてくれ」


「サツキさんからその手配はして頂きましたので大丈夫です」


「ではイストリア王国には俺から直接、ジュンが指揮官兼指導係だと伝えておこう。敵いそうもない時は、逃げるか隠れるか選択は任せる。だが絶対に敵いそうもない程の差がある時は戦うことは許さん。我々は奴らに対抗できるほどの数も強さもない。


今は我慢して耐える時だと己に言い聞かせて行動しろ、いやでも逃げることも隠れることも許されぬ戦いはいずれ来る。そのために今は鍛錬に打ち込め」


「わかりました。ご命令通り生き延びることを最優先します」


「これから起こる事かもしれない話は聞いているな? あくまでも俺の予測だが素早く対応しろ」

 そう言うと闇に紛れて愛馬とともにエルドールを目指してはばたいた。



 ——突然だった。大天使の呼び名通り人間の何倍もある大きな天使が、塔から飛び出しディリオスの真横につけて巨大な眼でギロリと見た。彼の両脇を次々と大天使が自分を意識しながら、素通りして行くのを見て魔の穴に向かって動き出したと速断した。


(アニー!! お前はミーシャの元へ全力で飛んで行け!! ミーシャは俺の心がわかっている。絶対に死なないと約束はするからミーシャの事を頼むぞ! 明日正午までには絶対に帰る! ミーシャ! 心配しなくて大丈夫だから安心してくれ!!)

思念が愛馬とミーシャに届くよう強く願った。



 男は天馬を地上の闇に紛らせようと己は愛馬を台にして飛翔した。黒衣の中ではすでに十分すぎるほど武器には力が伝わりきっていた。突然の光に真上の光景をジュンたちは見上げていた。


止めどなく飛び出てくる大天使の大きさと高く飛翔したディリオスが重なり合い彼の姿が見えなくなるほど光を発していた。

 

 アニーは下降してそのままエルドール方面に向かった。さらに下降していき夜目でも見えない位置まで行くと旋回してイストリア王国に向かった。(アニーはさすがだな。普通の人間よりも賢いことは知っているが、融通も利くし俺の求めていることをよく理解している)



ディリオスは己の能力で何が出来るか、どこまで持続可能かなど日々検証していた。

悪魔の穴方面に行ってくれなければ、厄介な事になるとディリオスは思った。


大天使こいつらの目的を明確にするためディリオスはわざと、暗闇から黒衣の姿が見えるまで下降し、三つ葉要塞から離れた大地のある上空へと移動した。

大天使はそのまま魔の穴を目指して、下位の天使群と共にベガル平原に向かっていった。それを見て男は安心した。


 いきなり呼吸が出来なくなるほどの非現実的な力を感じた。ここから離れなければと思ったが、正体を知るため動かずに、殺気が漲る方向に目を向けた。魔のバベルへ向かった大天使と姿は同じだが明らかに強さが桁違いだった。


目を合わせただけで、死の宣告を受けている気分になるほどの殺意を込めた目だった。

その大天使は男を見おろした後、さらに下にいる唯一魔の穴を目指さないで残った大天使の目を真っすぐ見た。


視点と視点の間に挟まれたが、彼は浅い呼吸をして事態の伸展があればすぐに動けるように殺気を殺して待った。


 下方にいる一人の大天使は大きく頷くと、天使の群れはディリオスの高さまで上昇して彼の刀の間合いには入らず隙間なく囲んだ。上を見ずとももう一人の大天使の力が遠のくのを身体で感じた。そしてつい先ほどまで上にいたのが八位の指揮官だとすぐに悟れた。姿は同じでも内に秘めたる力は、身体が熱くなるほどの強さを肌で感じるほどだった。


 残った大天使も横切っていった大天使より強いのはすぐに感じた。副官クラスの強さを残す意味は、自分を処理させるために残したのだと、見るだけでわかった。


その副官の大天使はすでに戦闘態勢をとっていることは目で見ることは出来なくとも分かり切っていた。天使に囲まれていても男の意識は、他の大天使たちが魔の穴に向かっているのを可能な限り集中して確認していた。


 ジュンはディリオスが飛び立った瞬間に、天馬がディリオスを乗せずに下降したことに気づいていた。ジュンは影から影へと移動を続けて、空に一番近い影の中から全てを見ていた。彼女は誰もが認めるディリオスの戦い方を目の前で見たかった。


 出来ることなら天使とは争いたくは無かったが、フードの中ではすでにいつでも動けるように彼は飛苦無を浮かせていた。そして彼はイストリアの鍛冶屋に小さな鉄の玉を作らせていた。片手で十数個掴むことが出来るほど小さなものだった。その鉄の玉を彼は両手に握れるだけ握って、その時が来るのを待っていた。


 天使たちが一カ所の囲みを解いていった。そこには大天使が腕を組んで立っていた。


 彼は一本の飛苦無に空中で立って、大天使と一線で向かい合っていた。

「時間が惜しい。そっちも同じだろう?」ディリオスは一人残った大天使に戦う気があるのかを確かめた。


「お前の話はすでに聞いている。我ら天の軍と戦うつもりなのかを聞いておきたい」


「俺たち人間はお前たちの天魔の死闘に興味はない。だがその戦いのおかげで犠牲者はすでに甚大だ。俺たちを巻き込まないのであれば、我々に戦う気はない。そっちはどういうつもりだ?」


「人間如きの意見など聞く気はない。今度の死闘は今までのような小さな規模で戦いが終わることは決して無い。遥か昔に起きた終末戦争を、人間は再び迎えることになるだろう」


「どういう意味だ?」ディリオスは問いただした。


「全ての人間は再び滅びるという意味だ」


(なんだと!? こいつが言っているのは、過去に人間が滅亡したことがあると言っていることになる……天使が嘘をつく理由はない。つまりは最低一度は人間は滅亡を迎えたということになる)


「よく分からないが、俺たち人間は悪魔からしたらただの家畜で、天使からしたら悪魔の強さを増すだけの邪魔な存在だということか?」


「よく分かっているではないか? わざわざ聞くほどのことでもあるまいし、人間よ、何が理解できないのだ?」彼は半神のことは敢えて伏せたまま話をすすめた。


「この地上で生きる全ての生物は悪魔や天使と、戦わない方法があるのなら聞きたい。俺が聞きたいのはそれだけだ」


「我らの神から生まれた最初の人間であるアダムは純潔だった。イヴの誘惑に負けて地上に落とされたアダムの死後、人間の長い歴史の中でそれを忘れてしまい、善より悪が蔓延はびこる世界を人間は作り続けている。神を信じることを忘れた者や、神の存在すら疑う者、神を利用しようとする者たちからすれば、悪魔よりも邪悪な存在になってしまったこの混沌の世界の人間を粛清するおつもりだろう。神を知りもしないのに、神を何かと理由づけて、己が利益のために使い続ける。善と悪が混じり合った混沌は必用ないのだ」


 そう聞くと漆黒の戦士は目を閉じた。この大天使の言うことが正しいからだった。ディリオスは利き手の左手を胸に手を当てた。わざわざ俺のために、四つ葉のクローバーを一人で探した荒れた緑にまみれた指先のミーシャの事を、常に何よりも大切にしている気持ちと、彼女との未来のために例え人間に非があろうとも自分の進む道は戦うだけだと、己を何度も奮い立たせた。大天使を取り巻く天使のように、流れるように苦無で己を取り巻いた。

そして再び目を開けた。


その目には炎が宿るほど強く消えることのない、覚悟を決めた心眼だった。


「確かに無数の人間は神という言い訳を立てて、くだらない争いを繰り返してきた。だがそんな中にも僅かだが、希望を与えてくれる者もいる。お前の言う事は正しい、正直言って心が痛い。

だが俺にも大切な人はいるし、頼りにしてくれる信頼する者たちのため、俺が生きている限りその希望の火が失われることはないだろう。例え俺が死んでも誰かが必ず俺の意思を引き継ぐはずだ。残念だが、俺はお前たちとの死闘の道を選ぶ!!」



「お前が人間に産まれたのは惜しいほどだ。お前を頼りにしている者たちはお前の言う通り大勢いるのだろう。その熱い魂を私が消してやろう。それが私に与えられた使命である限り」

 


 ディリオスはミーシャの事を考えながら黒衣を外すと九十九の飛苦無を周囲の天使にめがけて投げつけた。そしてそこに鉄の玉を同時に投げ入れた。鉄の玉は急速に平たくなりながら回転していった。止まることなく見えなくなるほど徐々に薄くなっていった。それは視点を変えなければ見えなくなる程薄かった。一粒だけ力量を知るために大天使めがけて投げつけた。



 飛苦無を布石として大天使の間近まで天使を引きつけて、それが見えない角度にいた天使たちは次々と裂けていった。見せつけるように薄い刃は大天使と己の間の天使に殺意を込めて殺しまくった。



大天使に飛ばした鉄の玉は薄くなって高速に回転しながら命中した。大天使はそれを片手で難なく受けて握り潰した。鉄の玉では役に立たないことをディリオスは知った。知ることこそが大事だった。



目に見えないほどの薄さ故、数十体の天使を一瞬で切り刻んでいく中、円の鉄板の勢いが落ちてきて天使に突き刺さりだし正体をあらわにしていった。正体が鉄の薄い板だと確認した天使たちは側面から鉄の板を叩き落しだした。


 今度は鉄の玉を布石とし、飛ばした時からすでにディリオスは九十九の苦無を高速回転させていたが鉄の板に気を取られていた天使たちは襲ってこない苦無よりも、目に見える敵に集中していたため飛苦無が高速回転している事に気づかなかった。速度が一定まで達すると止まっているように見えるのを彼は利用していた。


鉄の形状を変化させただけで数百の天使たちは、落下して塵へと変わっていった。

大天使だけはディリオスの二重のトラップまではしっかりと読めていた。最初の飛ばしてきた警戒させるためだけの苦無、そしてそれを布石とした鉄の玉までの二重のトラップまでは気づいていたが、三重目の飛苦無には気づいていなかった。


それはディリオスが直接、大天使に向かって鉄の玉を投げたことにより気づかなかった。視界には当然入ってはいたが凝視でもしない限り、それが止まって見えるほどの高速回転しているとは誰も気づきもしなかった。鉄の円盤で傷ついていない天使は皆無であった。天使たちの翼が折れてディリオスと大天使の目と目の間を落下した。


 視界が閉ざされた一瞬を利用して彼は落ちる天使の陰に入って、力が十分に伝わっていたその回転苦無を大天使の頭部に上から滝のように流れ落とした。大天使は上から降り注ぐ鉄をも切り裂く苦無を、拳で殴りつけるように払っていた。

だが破壊不可能の金属が高速回転で威力を増して、降り注ぐ刃で大天使の拳は血にまみれていた。


 大天使のその行動は最善であった。防御に徹すれば高速回転の餌食になっていた。それを瞬時に理解し、攻撃に転じて被害を最小にとどめようとする大天使を見て、力だけでなく思考的にも手強くなるのだと悟った。


大天使は血まみれになりながら、鋭利な上に回転が加わった飛苦無を殴り続けた。ディリオスは大天使から見える天使の陰に出来るだけ身を隠していき、その天使を踏み台にして、上から降り注ぐ飛ぶ刃に注意を向ける大天使の翼を、下方か黒刀で斬り上げた。


大きな光る翼は落下しながら塵となった。翼を失った大天使は背中から鮮血を散らしながらも落下中も態勢を崩さず飛苦無を殴り続けた。

それを見たディリオスは逃げようともしない事から、力以上に判断力に長けていると思った。逃げようとすれば体制が崩れる、そこをこの威力の増した飛苦無に襲われれば何もできないまま殺されると大天使は確信していた。


 そして翼を失った背中から鮮血が噴き出しながら、大天使はそのまま地上に足をつけた。天使は大天使の盾になろうと飛ぶ刃に身を投げたが、そのまま貫かれるだけだった。それを目にした天使たちは地上に下りて武装化した。男は武装化した天使は飛べないため警戒していなかった。天使たちは味方の肩を蹴ってディリオスを狙ってきた。彼は集中力を落とさないために、それらを見ることなく跳躍してきた天使たちの気配を頼りに黒刀で薙ぎ払った。


 幾つもの回転しながら深く突き刺さってくる苦無は勢いを増すばかりで、しかも地上に降り立ってもディリオスの思い通りに空中から操っていた。

“黒鷹の狩り爪”

円を描くように何度も何度も白い巨兵に突いていった。

大地に足が着く頃には全身己の血で血まみれになっていた。


 常に赤黒い刃は血しぶきで視界を曇らせた。天使が切り裂かれその血で互いの視界は赤い霧に包まれるようになっていった。多くの天使は大天使の盾となって赤い霧を更に赤く濃くしてその中で消え去っていった。


 彼は大天使にバレないように一本づつ目立つ白い戦士の周りに飛苦無を置いていった。円を徐々に小さくすることで、黒い刃が減っていることには大天使は気づかなかった。


 その赤き血潮に目を奪われている間に、ディリオスは大天使の周囲に飛ばしてあった飛苦無を伝って足場にする度にその苦無を大天使に向けて蹴りながら近づいていった。


大天使は再び気合を入れて巨大な拳に力を込めて、一連の方向から来る飛苦無を弾いていった。血の霧で視界は悪かったが、間近に迫る黒い刃は確認できた。その飛んでくる間隔がどんどん短くなってきていた。徐々に迫ってくる刃から最後は人間の持つ黒刀で斬りに来ると、大天使は想定していた。その最後の時も極々近いと。


 少しでも突き刺されば高速回転しているため刺さるだけでは終わらず、被害が拡大することは承知していた。百本の飛苦無の間を高速移動で大天使に攻撃の隙は与える事なく苦無を蹴る度に速度を増していった。苦無の数もあと数本しか無くなっていた。それは最後の決戦が近づいている事を意味していた。


 三つ葉砦ではその戦いを影に身を落として皆が見ていた。明るさが増した天使軍が飛び出した時からずっと視線は、彼等に釘付けられていた。己たちの主がただ一人で千の天使と大天使を相手に死闘を繰り広げている姿に、皆が無心になっていた。勝ち負けの大事さは分かりきっているが、それよりも鬼神と化した男の強さと、戦いながら全てを利用する機転の鋭さに、目を奪われていた。 


 男は大天使の背後に苦無に乗って音を殺して地上に下りていた。赤い霧の中を途中地上に落とされた苦無に片足を乗せて足音を消して目で追う事が出来ないほどの速さで一気に刀の間合いまで詰め寄った。その間も真逆の空中から一連の間隔で苦無を飛ばして徐々に近づいている事を知らせていた。最後の猛攻のようにディリオスは飛苦無を一斉に大天使に向けて飛ばした。 


 彼は己の刃の間合いまではその仕草一つも見せず、

背後から間合いに入った瞬間——背部から両手に力の全てを込めて、全力で振りかぶった。その強烈な一刀は白い巨兵の鎖骨を粉砕し肩に深く斬りつけた。

黒く伝う血の色が、黒から赤に変わり、地上に滴るまでディリオスは力を抜かずこのまま引き裂いてやろうと思ったが、力任せでは無理だと即断した。

彼が斬りつけた後の事を考えて、一斉に飛苦無を飛ばしていた苦無が血潮に染まった空中から飛び出してきた。


 大天使はすぐに苦無に気づいて前かがみになり両腕に力を込めて飛苦無を一気に全て弾き飛ばした。背中の激しい斬撃から更に血が飛び散った。彼は空に舞い上がると回転しながら踵で黒刀の柄を蹴りつけた。


力では抜けないと判断し回転からの踵落としで黒刀は抜け落ちた。彼はすぐに右手で地に落ちた刀を拾い上げると、振り返る事も出来なくなっていた大天使に苦無の飛び階段を駆け上がると、武神は上空から苦無を蹴りつけて、大天使の上空から渾身の回転斬りを頭部から真っすぐ下まで振り斬った。真っ二つに割れながらも、滝のように落ちてくる苦無を大天使は防ぎきった。その足元は大地にくっきりと足跡を残していた。


 血が噴き出し空に赤が霧吹きのように舞った。大天使はそのままの姿勢を保ちながら地面に落ちることなくそのまま霧となって終わりを告げた。


 大天使との戦いの終わりを確認したジュンがディリオスの放った飛苦無の影に入り、血の霧で見えていなかったに天使の首次々とはねていった。ジュンの目はディリオスに飛んで彼は首を縦に振った。彼女は影から影へと繰り返し空に舞う天使たちは逃れる術のないまま死への道を行かされた。


 影さえ見えればどこでも一瞬で移動できるジュンの能力は開花してきていた。偶然ではあるが、己の戦い方の一つを女戦士は学んだ。まだ天使の数は二百ほどはいたが、指揮官を失った奴らは逃げるように魔の穴のほうへ飛んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る