しぼんだ蕾は花に憧れる。2
「確かこっちの方向に……ってあれか?」
古びた雑居ビルが目に入り、外看板を確認すると同じ会社名が書いてあった。
(てっきり社員証があるくらいだから大きい会社かと思ったが……)
あの女の人はすでに中へ入ったのか、辺りを見渡してもそれらしき人影はない。他にすることもできることもないオレは仕方なく近くにある公園のベンチであの人が出てくるのを待つことにした。
(もともと亞名が帰るまで公園かどっかで時間つぶすつもりだったし)
公園内の時計は15時すぎ、あと2時間もすれば出てくるだろうと予測をたて、待つ。
が、子供達への帰り時刻を知らせる鐘がなって30分経ったが、出てこない。会社の出入口から人が出てくるたびに確認はすれど、それらしき姿は見かけなかった。
さらに30分、もう陽はすっかり落ちて夜といっていい暗さになるがあの人は出てこなかった。
(待っていたのは間違いだったか……)
もう亞名もすでに帰っている頃だろうし、明日の朝早めにここで待っていればさすがに鉢合わせできるだろうと今日は諦めた。
寺への戻り方はやっと少しコツを掴んだらしく、あの階段を見つけることが早くなっていた。階段を登り切ると、そこでは亞名が落ち葉の掃き掃除をしていた。
「かずと、おかえりなさい」
「あぁ、遅くなって悪い」
「今日は、仕事ないから……」
「そっか」
「あ、手伝うよ」
「うん」
集めた落ち葉をゴミ袋にまとめる。
「ここの掃除とかって亞名が一人でやってるのか?」
「たまに」
「……たまににしては結構キレイに保たれてるよな」
「それは、たぶん最初に魔女さんが住みやすくしてくれたからだと思う」
「なるほど」
「わたしが来た時にはもう誰もいなかったから」
「そうか」
「ンニャアーン」
言葉が途切れた時を見計らったかのように遠くからしろの鳴き声がした。
「あ、しろのご飯」
「あとはオレが片付けておくよ」
「ありがとう」
亞名は手に持っていた箒をオレに渡し、寺の中へと駆けていった。オレはその後ろ姿を見送っていて、完全に油断したところへ後ろから耳元へ呟かれる。
「報告書」
「うわぁっ」
オレは飛び跳ね振り向く。背中がゾワゾワしていた。
「急に大声出さないでよ。耳が痛いー」
自分の耳を塞いでる素振りを見せるのは死神メルだった。
「いやお前が驚かすから……」
「だってなんか亡くし屋ちゃん見ながらデレーってしてるからさ」
「デレーなんてしてないわ!」
「そう? じゃあなに? なにか特別な感情でもあるわけ?」
「いや、特別な感情もないけど……」
「けど、なにさ」
「……そんなことよりお前忙しいんじゃなかったのかよ」
「忙しいよ! けどかずとくん昨晩の報告書、完璧に忘れてそうだったからね」
「う……」
「アタシに出すだけならまだいいんだけど、仕事の失敗はさすがにアタシより上に報告しなきゃいけないから」
「それって……」
「そうあの適当な神様、自分のことは適当だけど他人のやらかしとかちゃんと説明しないとうるさいの」
「そうなんだ大変だな」
「……とにかく、今晩中にはあの時あったこと、起こったこと、どう対処したか、不十分だったか、全部書いて送ってよ」
「あのーちなみに送るってどうやって……」
「そんなことも知らないの?」
「いや全然なにも教えてもらってないし」
「君達のところに使い魔いるでしょ、あれにアタシ宛として括り付ければ届けてくれるわ」
「使い魔?」
「ほら、あの子なんて名前つけてたっけ、あかじゃなくてあおじゃなくて……」
「もしかしてしろか?」
「そうそうあの黒猫」
「しろって使い魔だったのかよ……」
衝撃的な事実だ。
「使い魔って言ってもあの人のを借りてるだけなんだけど……。まぁなんでもいいから早めによろしくね」
「雑……」
「バイバイ」
メルは手を振りながら別れの言葉を残すと何処かへ消えていった。
「はぁー」
オレはため息をつく。まだ自分でもちゃんとは整理できてないのに報告書を書く憂鬱に苛まれた。
「かずとー、夜ご飯は?」
玄関の方からひょっこりと顔を出した亞名がそんなオレに声をかける。
「今行く」
このやり取りだけは懐かしさを感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます