僕の彼-桜並木の向こうへ-
@hata_4649
第1章 初桜と花吹雪
Week 1
誰だって自分は「普通」だと思ってる。
いや、「普通」に間違いないという願望の中で生きようとしているのだろう。自分が普通ではないと分かったしまえば、どこで生きていけばよいのか不安になってしまうから、そうならないように心を偽ってしまうのが現代の人間なのだと思う。僕たちは、幼いころから「普通」であることが幸せへの道だと刷り込むように信じ込まされている。多くの親たちは、いかに自分の子が「一般的な子」に育つかを気にして、学校では平均点を超えているかを重要視し、点数をつけられた子供がどんな人間性であるかなどは気に求めていない。親だけではなく、学校にいる教師や学びの場を作り上げる政治家など子供らを取り巻く多くの大人達が、本来の子供たちの姿を受け入れず社会が勝手に作り上げた型にはめて育てようとする。
他でもない僕もその世界を作る一部になりつつある。
いつの日からか「普通」でいること、もしくは「普通より上」であれば幸せになれると思っていたし、そうしてきて不幸に感じたことは今までになかった。たぶん、同じように考える集団の中にいることで、心のどこかで感じてきた違和感と向き合うことはせずに、疑問を抱くチャンスを置いてきぼりにしてきたのかもしれない。だから、僕も同じように未来ある子供たちに「普通」であることが幸せであるかのように教えてきたのだと、今では思う。人という生き物が多様であるように、幸せの形も多様であるべきなのだとは誰も教えれくれなかった。
そもそも、幸せが何なのかを僕自身も教えられたことがなかった。
きっと、この日本にいる多くの大人たちも、「幸せとは何なのか」知らないまま大人になってしまったのであろう。決められた幸せ像しか知らない大人たちは、子供が「普通」の枠からはみ出してしまえばどうしたら良いのか誰一人教えられず、その枠からさえ出ないでないように人生のレールを作りたがる。そうすれば、安心して「普通」と呼ばれてる神話的な幸福がやってくるものだとみんな信じているのだ。僕らは幸せと「普通」をイコールで無理やり結びつけたような世界を生きるしかなくて、それ以外などないのだと思っていた。
僕に「普通」ではない部分があることは、幼少期に何となくではあるが心のどこかで感じていたように思う。誰も気づいてはいなかっただろうが、小さな僕はただ一人心の中で気づいていた。ただ、この気持ちをどう受け止めてよいのか、果たしてこれが正しいのか、幼い僕には判断することができないでいた。だからいつも心の奥深くにしまって、表には出てこない様にいつも細心の注意を払い、重たい扉に幾つもの南京錠を掛けたつもりでいたから開くはずなどなかったのだ。僕自身も開こうなんてことを思ったことなど一度もなかった。でも、きっと僕の心は重たい扉の向こう側からずっとノックを続けていたのだと思う。
4月1日、僕は自宅の窓を開けて桜を眺めていた。
ソメイヨシノは薄くて柔らかいピンク色に咲き誇っていた。遠くから見れば、みんな同じ桜の木だが、もっと近くで見たくなって家を出てみた。満開の桜の花びらは、ゆっくりと散りながら春の日を伝えようとしてくれている。近くで見る花びらは、遠くて見ていた時とはまるで違ってそれぞれ微妙に色合いが異なっていて、とても美しく感じた。もしこの花びらたちが全く同じ色で、均一な色味だったら僕は近づいただろうか?
新学期が始まろうとしている。同じように見えて、全く違う桜たち。この桜の木々は僕に何かを教えてくれているのかもしれない。桜の木には「普通」など存在しなくて、あるがままの姿でいる。その姿を僕は美しく思えることは、僕がこれまで社会から植え付けられた考えとは全く真逆であることに矛盾を覚える。だけども、僕の目には間違いなく桜たちが幸せそうに映っていた。桜が美しいこの時期は、日が陰り出すと肌寒く感じる。優しい風に揺られる桜を横目に、僕は部屋に戻った。
数日後には、新しいクラスの担任として新しい生徒たちを受け持つ。
教師とは学問だけを教える存在になりつつあるが、僕はそれだけでは終わりたくないと思いながらも何もできないでいた。彼らが大人になったときに幸せを探すためのヒントを少しでも渡したい。教師を志した日から、日に日に薄れてしまうこの気持ち。ロウソクの灯のように、その思いがいつの日か消えてしまうんじゃないかと不安に思いながら新学期に向けてどんな生徒を受け持つのかクラス名簿を眺めていた。
クラス名簿をア行から順にゆっくりと読み仮名を確認していた。
その途中初めて見る名前を見つけて、名前を正確に読み上げる。
「
人生を決める大事な年に、偶然にも僕のところにやって来た彼。
新しくやって来る彼にも、何かを届けたいと思いながら彼の名前をなぞってみる。難しい名前なのに、すぐに覚えてしまうのは何故なのか。新しい出会いに、少しワクワクしている自分がいた。
また、桜の木を窓辺から眺めたみた。
風で舞った桜の花びらが飛んできて、名簿の上に落ちた。
僕はそれ花びらを転校生である彼の名前の横にテープで優しく貼り付けた。
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