薄場

 昨晩の冷え込みはきつかった。帰宅して即風呂を沸かし、入浴で冷えた身体を温める。夜明けは近かったが、少しばかり布団の中に潜るをした。たちまち務めに行く時間になってしまい、ようやく温もった布団が惜しいと思いつつ起床した。身支度、朝食を摂るを経て《奉行所》へと向かった茶太郎だった。


 ところがーー。


「入院」

 診療所の医師がぴしゃりと、茶太郎に一言を突く。


「いえ。ですが、私はーー」

「あんた、死んでたよ。熱が下がるまで1週間は掛かるよ。だから、入院」

 医師は茶太郎にそう言うと、つかつかと靴を鳴らして病室を出た。


 一体、何の病だ。それにしてもさっきの医者、目力がとてつもなく強かったぞ。


「門倉先生は大学病院の医師だったのですが、診療所を開業されて独立をされた。しかも、開業して初めての入院患者が兄貴とはーー」

「葉之助。私はどうも、あの女医が苦手だ。そして、葉之助も葉之助だ。私を診て貰う為に《奉行所》近くの此所診療所に連れてくるとは、どう言うことだい」


「当たらないでください。高熱を出しときながら出勤された兄貴がいけないのですよ。即、検査をしていただいて、結果をすぐに聞けた。対応が遅れていたら、兄貴は先生がおっしゃっていた通りだったのですよ」

「自宅を出たまでは、なんともなかった。私の症状は《奉行所》に着いてからだよ」

「何がどうあれ、どうか先ずはお身体を優先にされてください。それに、兄貴は椿様とのご婚約を控えてられている、ですよね」

「こらこら、あとから付け足した気遣いは止しなさい」


「喋りすぎました。では、これより任務に戻ります」

「……。葉之助、事は思った以上に複雑だ。しっかりと、我が身を護ることを忘れないようにしとくのだよ」


「“呪塗り”ですね。兄貴は“呪塗り”の通力で命の危険に晒された。兄貴の高熱の原因はーー」

「直接は浴びてない。私は亡者となった被疑者の魂を直で触った。とんでもない通力だよ。死んでも“呪塗り”の効力が失われないのだからね。まるで、たちが悪いウイルスだよ」


 葉之助の顔から「さっ」と、血の気が引いた。


「驚かせたようだね。安心しなさい“呪塗り”の通力が媒介するのは私で止まっている。昨夜“現場”に同行した“蓋閉め”の働きもあってだがね」

「先生が『一応、医学的には流行性感冒』だと、診断されてましたよね。そうか『一応』と『医学的には』が付いていたのは、先生は作蔵さんと同じような通力を持たれているのではないかとーー」


「私もだが葉之助も特殊能力保持者だ。そうだよ、あの女医も私達と同じだよ」

「なんだ、兄貴は見抜いておられたのですか」


「何だか、気落ちした様子だね。しかし、なるべく此所診療所の世話にはならないようにするのだよ。くどいようだが、私はあの女医が苦手だ……。少し、眠い。服用した薬に眠りをよくする成分が含まれていたーー」


「今度こそ、任務に戻ります。兄貴、おだいじに」

 葉之助は、寝息を吹く茶太郎に告げるーー。



 ***



 休息をするならば、健康体で過ごすのが良いに決まっている。


「自宅療養をするのは駄目なの」

「申し出たが却下されてしまったよ」

「そう、なの。此所診療所の対応、結構厳しいのね」

 面会に来た椿は、花瓶に花を挿しながら茶太郎にしょんぼりとしたさまをした。


 折角会えたのに場所が診療所の病室であるのが申し訳ない。せめて、誠意を見せなければ。


「何処に行きたい。退院したら連れていくよ」

「茶太郎が病みあがりでぶり返すといけないから、断わるわ」

「ははは。先生は『退院したら何をしても良いぞ』と、おっしゃっていたけどね。でも、椿は私の身体を気遣って言ってくれたのだよね」


「もう、茶太郎は相変わらずーー」

「『意地悪』だよね」


「ぷう」と、頬を膨らませる椿を見るのはすっかり定番となっていた。たぶん、じゃれあっているのだ。ふたりの熱々っぷりが妬けて堪らない。


「邪魔をするよ。はい、どいて退いて」


 病室にづかづかと入ってきた門倉(女医)に、椿は退かされて「むっ」と、顔をしかめた。


「先生、貴女も女性ならば品をよくした方がーー」

「病人は黙りなさい。あんた、あと1週間入院」


「は」と、茶太郎は呆然とした。


「……。面会人は、あんたとは血縁関係なの」

「いえ、椿はーー」

「お付き合いをさせていただいております。先生、何故そのようなお尋ねをされるのですか。そして、茶太郎の入院期間を延長させるのはどういうことなのですか」


「椿、怒ったらいけないよ。先生、私に何かお伝えしたいことがあると見受けた。よって、椿を同行させて聞きたいと申し上げる」


 病室が、修羅場になってしまったのだろうか。

 視点を変えたら、何だか三角関係の秘密が……。うげっ。女医が靴(健康サンダル)で踏んだ。あ、椿が頬を指先でつんつんしてきた。それね、地味に痛いのだよ。ああっ。茶太郎が般若の面のような顔をしているう。


「……。先生、返答をご提示されて欲しい」

「内密にするのを守るのを条件で、女子に同行させなさい」

「感謝致す。椿、折り畳み式の椅子があるから、先生の分も用意してくれるかい」

「わたしは、立ちっぱなしでも大丈夫。先生、腰掛けてお話しをされてください」


「座るに面倒臭いから、要らない。では、話すよ」

 門倉は「ふん」と、鼻息を噴き、抱えていたA4サイズのファイルを病室に備えてあるサイドテーブルの上に置く。


「中、見ていいよ」


 門倉に促された茶太郎はファイルを持つと、表紙の見出しに驚いたさまをした。


 〔“呪塗り”による人体への影響と処置法〕


 さらに頁を捲ると記載されているのは“呪塗り”に関することだというのはわかるが読むに難しいと、茶太郎はファイルを綴じるをするのであった。


「わたしは大学病院に勤めていた頃“呪塗り”で命を落とした患者を何人も診てきた。悔しかったよ、特殊能力を持っている医師は持たない医師から疎まれた。どんなに治療法を開示しても奴らは、特に上層部から通常の医療行為で対応しろの一点張り。わたしは嫌気がさして開業医になるのを決めた。あんたのような患者を死なせたくないからと、独立した」

 門倉は「ぐっ」と、拳を握りしめながら天井を仰いだ。


「そうか、そのような経緯があられた。先生、貴女は医師だ。病の元になるであろうの危険な場所に赴くのは、私のような能力保持者に任せなさい。貴女は、患者を治すことに専念されなさい」

「言われなくても、今している。あんたの体力が回復したところでわたしが持つ通力を照射する。だから、それまで入院」


「治療法は確定されていた。それは貴女が培った経験をバネにした証なのだね。わかりました、先生よろしくお願いします。ところで、貴女は何の通力を持たれているのかい」


「“陽咲き”だ。わたし、しくじったりしないので」


 門倉が「つんっ」と、顎をあげて流し目をしたーー。

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