雫
【赤水】
所謂、事案が発生した地区の名称だ。観光地として有名だが、一部の住民は閉塞的な暮らしをしていた。
「“捕り物”は、宛にしてねえ。この土地は天神様が護ってくださっている。切り裂き“モノ”は、天神様が成敗される。とっとと、失せろ」
住民に事案に於いての情報を求めた茶太郎だったが、捲し立てられて追い返されてしまった。
「呆れましたね。どうします、兄貴」
「どうしようもないよ。ここは、我々が堪えるしかない」
“捕り物”達は切り裂き“モノ”を逐うに、住民からの情報提供を得られないでいた。惨状な事件であるにも関わらず、住民は“捕り物”に協力をしない姿勢を見せていたのであった。
ーー天神様が……。
住民達は、決まって口を切っていた。土地ならではのいい伝えであることはわかるが“捕り物”を寄せ付けないのと関係があるのか。
ぽつりと、頬が冷たい。気象予報では午後から雨が降る。空模様は分厚くて黒い曇、どうやら予報通りになりそうだ。
「参りましたね、兄貴。何処かで雨宿りをするしかないですね」
《成趣園》への道案内表示に差し掛かるところで、雨脚が強くなっていた。茶太郎と葉之助は傘を持っていなかった為に、衣類を濡らし始めていた。
「葉之助。此所からすぐ近くに《成趣園》があるから、どうかい」
「なるほど。茶太郎さん、堂々とお会い出来ますね」
小指をたてる葉之助に、茶太郎は「こら」と、小さく叱ったーー。
***
「いえいえ、そのまま入園されてください。傘も無料でお貸し致しております」
《成趣園》の入園受付で、係員は茶太郎と葉之助の身なりを見て何を思ったのか、入園料を受けとるのを拒んでいた。
「我々はーー」
「私的事で立ち寄るだけですので、入園料を納めてください。傘は、お借りしますけどね」
葉之助の説明は途切れがない。そう、判断した茶太郎は葉之助を遮り、ふたり分の入園料を係員に渡して2本の傘を受けとる。
「今さら傘を差しても遅いですけどね」
「なかったら、まだまだずぶ濡れになっていたよ」
茶太郎は葉之助を連れて《成趣園》の歴史資料館に向かっていた。道沿いに、列をなして咲かせる花を、茶太郎は目で逐いながらでだった。
ーーシラナミキクノハナコロ二イル、シラナミロッカノヒトリ……。
花と同じ名の人物は、数多にいる。しかし“蓋閉め”は、特定してはっきりと突き付けた。
ーー切り裂き“モノ”は、いつ現れるかはわからねえ。茶太郎、今回ばかりは本当にすまねえ……。
痛切だった。あの“蓋閉め”でも太刀打ちできない。それほど切り裂き“モノ”はたちが悪いのだ。
ーー伊和奈様を護るのは貴様の義務だ……。
あの時
「まあ。いらっしゃるなら、前もってご連絡をされたらよかったのに。あらあら、大変。おふたりともお召し物が濡れている」
手拭いに温かいお茶。椿のもてなしがなんとも心地よいと、茶太郎の胸の奥はほろほろと、綻んでいたーー。
***
切り裂き“モノ”を逐うに、唯一の手掛かりは“蓋閉め”から提供された被害者の念のみ。
“現場”はもとりより、遺留品からも切り裂き“モノ”の痕跡が獲られなかった。
捜査は、難航していた。当然“捕り物”達も日に日に疲労が増していた。
捜査を打ち切るか、続行か。
《奉行所》の会議室にて“与力”を集めての、物議が醸されていた。
「静かにっ」
議長の“奉行”が“与力”達のざわめきを喝破(かっぱ)した。
「お奉行様、申し訳ありません」
「ああ、茶太郎か。ちまちま、ねちねちと言い合うをするくらいなら、俺が直接動くでどうだ」
「それは……。いや、お待ちください。それだけは、されないでください。とても危険なお考えは止めてください」
「ええっ、つまんなあい。と、いうことで解散っ」
“奉行”は、机に頬杖をしながら顎を付き出して言った。すると“与力”達は一斉に起立をして、ぞろぞろと会議室を去っていった。
「あ、茶太郎は残って」
“奉行”に呼び止められた茶太郎は堪らず「は」と、顔をしかめた。
「お奉行様、場を仕切るのでしたらもう少ししまりがあるお顔をされた方がーー」
「けちけちと、言うな。それに、さっき俺は本気で言ったのにな。茶太郎、止めちゃうもん」
「奉行様、こじつけても駄目です」
「ちっ、俺“影切り”やりたいのにな」
「……。
茶太郎からの申し出に“奉行”の顔つきが「すっ」と、するどい気迫を表す。
「茶太郎、外はまだ雨が降っている。今日は帰宅しろ」
茶太郎は“奉行”に深々と礼をしたーー。
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