何度生まれ変わってもあなたを愛する
めくるめく官能の夜を過ごした私は愛しの黒薔薇のプリンス様に文字通り抱き潰された。途中で意識を無くして熟睡していたようだ。
目覚めると、私はベッドに一人だけ。起き上がってプリンス様のお姿を探すもいない……執務にでも出られているのだろうかと重い腰を持ち上げて支度を始めようとしたら、見計らったかのように部屋へメイドさんが入室してきた。彼女たちが私のお世話をしてくれて、なんとか身支度を整えた後に「黒薔薇のプリンス様はどこにいますか?」と尋ねた。
すると彼女たちは眉を顰め、難しい表情を浮かべていた。
「…殿下は、反逆を企てたダチュラ伯の討伐に向かわれました。弟君のユリウス様、そして隣国のプリンセスコスモと共に…」
その返答に私は目を見開く。
どういうこと……? それはつまり、もう戦いのために旅立った後ということなの…? この私を置いて彼は旅立ったというのか。
私がショックで固まっているとわかったのであろう。メイドのうちの一人が言いにくそうに口を開く。
「ミュゲ様は無茶をなさるからお城でお留守番をするようにと、殿下から伝言を預かっております。…拷問で受けた傷も治ったばかりですし……殿下はあなた様を戦場に送りたくないのでしょう」
そんな、なんで。
プリンセスコスモは戦場にいるのに、なぜ私は駄目なのだ。
私がこの物語のイレギュラーだから?
──第三勢力との戦いで彼は死ぬ。コスモを庇って死んでしまうのに!
私はそれを止めるためにここに居るのに。一番大切な局面にあなたの側にいられないなんて意味がないじゃないか!
私は二次元のあなたに恋をして、転生してからもあなたと出会って再び恋をした。この想いはとどまることなく、行く果てもないのに溢れるばかりで。私のこの想いは実るはずがないとわかっている。それでもいいのだ。彼の幸せが私の幸せなのだから。
彼を決して死なせない、私が介入して彼を守ってみせると決めたのだ。黒薔薇のプリンス様。あなたを幸せにするためならどんな手段も厭わない!
懐に入れた手下にお優しいプリンス様のご厚意は受け取った。だけど私にも譲れないものがあるんだ。
「ミュゲ様!?」
「お待ち下さい!」
私は黙ってすっと立ち上がる。自分の部屋に戻ってそこで装備を整えると、メイドさんたちの止める声を無視して一番得意な影渡りの術を使ってお城を飛び出した。
目指すは先日拉致されたアジト。きっとそこが決戦の場所になっているはずだ。影を伝って伝って、魔力切れになったところで影から這い出ると魔法を使うのをやめてダッシュで現場に駆け込む。
廃墟と化したそこは瘴気が漂っていた。
先日拉致された時より空気が悪くなっているようにも思える。
まさか、プリンス様が言っていた、第二の呪い被害者が産まれてしまったの…? それとも、プリンス様の呪いが進行して瘴気が出てしまっているのだろうか。
どっちにせよ、早く合流しなくては。
「待て!!」
「その女を捕まえろ!」
敵のアジトというわけで、普通に真正面から侵入したら当然ながら見つかる。伸びてくる手を振り払って、死にものぐるいで駆けていく。
ちょっと危なかったけど、どうにか第三勢力の手下どもの妨害をくぐり抜けてようやくたどり着いた頃にはもうすでに睨み合いが始まっていた。
こちら側が不利なのは明らかだった。人数が違いすぎた。
アジト内には一般人がいた。もしかしたら次の被害者となる実験体として集められた人たちなのかもしれない。彼らは瘴気によって暴徒化しており、彼女たちの行く末を阻んでいたようだ。
「コスモ・ホーリーライトレボリューション!」
プリンセスコスモがスティッキを掲げ、周りの人々に聖なる光を浴びせる。辺り一面にまばゆい光が照らされた。──それで人々は一瞬は正気に戻ってくれるのだが、辺りを漂う瘴気でまた我を失ってしまう。
…だめだ。この場所でプリンセスコスモの聖なる光は焼け石に水状態のようだ。大元を叩かないとこの争いは収まらない。
白百合のナイトも敵と一般人をあしらうのに苦労しているようだ。白百合のナイトの持つ剣は、操られている人の瘴気を切り裂いて瘴気に戻す事ができる。逆に悪人は文字通り斬れるという魔法道具なのだ。それをもってしてでもさばくのが難しそうだ。人数が段違いだから仕方ない。
この人達の存在が人質となって派手に動けないようだ。
だから私を連れて行ってくれと言ったのに! プリンス様! どこにいらっしゃるんですか!
2人の横を通り抜けて、黒薔薇のプリンス様のお姿を探す。早く早く。彼のお命は私にかかっているんだ! 走りに走って肺が破れそうなくらい苦しかったけど私は無我夢中で彼を探した。
黒薔薇のプリンス様のお姿はそこまで離れてない場所で見つけた。
彼は先日私を拉致させてムチで拷問するように命じた男と一対一で対峙していた。あの男が、前王妃をけしかけてプリンス様に呪いを掛けさせた元凶……!
睨み合う2人は今にも攻撃魔法をブチ放しそうな空気を纏っていた。
「──ダチュラ伯爵、今日がお前の命日だ。苦しみたくなければおとなしく首を差し出せ」
プリンス様の無事な姿を見つけてホッとした私はすぐさま援護をしようと小走りで駆け寄る。彼の命が狙われたらすぐに間に割り込んで肉壁になってやるんだ。
彼のためなら死ぬことすら怖くない。むしろ本望。私はこのために生きているんだ。そう考えると身体が軽くなった。
「ふっ、余裕ですな、殿下」
黒薔薇のプリンス様に追い詰められたダチュラ伯爵は不遜に笑っていた。私はそれに嫌な予感を覚える。なにも私はプリンス様しか見ていなかったわけじゃない。彼の足を引っ張りたくないから、周りには細心の警戒をして彼のもとへ近づいていた。
だから見つけたのだ。倒壊しかかっている柱の影から彼を狙う敵の姿を。──ダチュラ伯は囮になったのだ。奴らは死角からプリンス様を殺害しようとしている…!
だめだ、間に合わない。
私はミジンコ程度に残っている魔力を振り絞り、影の中に潜り込むと影を伝ってプリンス様の影から飛び出した。
その直後ドムッと腹部にぶち当たった鋭い魔法。これは切り裂き系の攻撃呪文だな……! 確実にプリンス様の命を奪うために放ったんだ…!
あぁでも良かった。私は彼を守れた。
私は反動で身体を投げ出されて、どしゃっと地面に叩きつけられた。
「…ミュゲーッ!?」
何事かと振り返ったプリンス様が血相を変えて叫ぶと私を抱き起こした。受け身はとったけど放たれた攻撃魔法の威力はすごい。私は苦しさにグフッとうめき声をあげる。
「すぐに治してやる、しっかりしろ」
「なに! すぐにお前も一緒に地獄へ送ってやろう! 死ね! 呪われた黒薔薇よ!!!」
私に治癒魔法をかけようとする黒薔薇のプリンス様目掛けて攻撃しようとしたダチュラ伯爵。私が力を振り絞ってプリンス様を守ろうとしたら、ザンッと斬り結ぶ音が響いてダチュラの目論見は潰えた。
「…そうはさせないぞ、ダチュラ伯」
「貴様、白百合のナイト…!」
なんと白百合のナイトがダチュラの背中を袈裟斬りにしたのだ。ダチュラはこれでもかというくらい目を見開き、ワナワナ震えながらゴパァと口からどす黒い血を吹き出した。
「おのれ、仲違いしていると思っていたのに」
ごぼごぼと血液でできた泡を吐き出しながらダチュラが忌々しげに怨嗟の声を吐き出す。それに対して白百合のナイトはこれまでにない、厳しく冷え冷えとした眼差しをダチュラに降り注いでいた。
「それは違うな。兄上は私を危険から遠ざけようとしてくださっていただけ。仲違いしているふりをしたほうが都合が良かっただけだ。どちらにせよ妾腹の私ではなく、正統な血を引く兄上がこの国を継ぐ。だから私は彼の影となろうと騎士の道を志したのだ」
せめて苦しまぬようにという心遣いなのだろう。白百合のナイトはダチュラにとどめを刺して息の根をとめていた。
……肉壁になるつもりが逆に足を引っ張ってしまってそれを憎き白百合のナイトにカバーされた感が半端ない…だけどまぁいいや。黒薔薇のプリンス様は今も生きているんだし。
血溜まりが出来たダチュラ伯の亡骸をぼんやりと眺めていると空から雨が降ってきた。頬に熱い雫が落ちてきたので視線を上に向けるとなんと、黒薔薇のプリンス様が涙を流しておいでだった。
私はぎょっとした。泣いているプリンス様も麗しい…と見惚れている場合ではない。手下が傷ついたのを心優しいプリンス様は悲しまれておいでだ! 私はそんな顔を見るために彼を庇ったのではないぞ!
身体を強かに打ち付けたので全身打ち身っぽくなっているが、それを気取られぬよう無理やり起き上がり、元気だとアピールした。
「大丈夫です。こんなこともあろうかと、鉄板を胴周りに巻きつけておいたので実質無傷です!」
よく見てくれ。私の身体には無骨な鎧みたいな鉄板を巻きつけているでしょう! この鉄板には攻撃魔法を無効化させる魔法陣を書き込んでいるんですけど役に立ちました! …と私が必死にフォローすると、ギュムッと苦しいくらいに抱きしめられる。
「…この馬鹿者」
耳元で言われた罵倒には少なくとも親愛の気持ちが含まれていたように思える。温かい彼の腕に抱きしめられ、私はじわじわと彼への想いが溢れそうになった。
「……あなたが戦うと言うなら、私も共に」
彼に聞こえるようにささやくと、そっとプリンス様が身体を離して私の瞳を見つめてきた。私は彼の黒曜石の瞳をじっと見つめ、心からの想いを紡ぐ。
「あなたが全てなんです。この命を懸けるほど愛しているのです。黒薔薇のプリンス様…」
だから最後の最期までお側に置いてください。私はあなたのために命を投げ出すのも怖くないんですよ。
その気持ちは迷惑だって跳ね除けられるかもしれない。でもそれでもいいのだ。私はあなたを愛している。その気持ちは誰にも止められないから。
私の告白に黒薔薇のプリンス様の瞳が揺れた。また新たな雫が彼の頬を伝ったので私は指で拭ってあげる。その手を絡め取るように掴まれ、代わりに私の唇にキスが落とされた。
唇を離したプリンス様は苦悶して表情を歪め、胸元をかきむしるようにして握った。
そして──ぱぁっと霧が晴れたかのように瞳を輝かせる。
彼の瞳が弧を描き、ふわりと浮かべた微笑みに私は見惚れた。
「黒薔薇のプリンスの周りを囲んでた瘴気がきれいに晴れていくわ…」
いつの間にか近くへやって来ていたプリンセスコスモの言葉に私は「えっ」と顔を上げた。瘴気が晴れる? どういうことなのそれは。
悪者のダチュラ伯を倒したから? でも呪いは母王妃の施したものじゃないの。
「兄上の呪いを彼女の真っ直ぐな想いが解いたんだ」
白百合のナイトまでなにか訳のわからないことを言っている。
……呪いを解くのはプリンセスコスモの役目じゃないか。私の告白一つでプリンス様に罹った長年の呪いが解けるとかそんな馬鹿な。
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