第三話「嫉妬も愛のスパイスに」(1)


「だから、教室内のゴタゴタのせいで呼び出し食らっただけだって。何も内緒話をしていたわけじゃない」

「ふーん? だったらなんで教室や職員室じゃないの? そんなに誰かに聞かれたらイケないお話なの?」

 温室に入った瞬間から、リーファはギーラからの執拗な追及を受け続けていた。このやり取りももう何回繰り返したことか。

 このグリーンローズハイスクールの温室は、出資が百パーセントボーデン家からのものである。そのためこの温室の中の全てのものが、ボーデン家の娘であるギーラの主観のみで選ばれ、そして生育されている。

 軽く大教室二つ分はあるであろう広さを一人で管理するのは物理的に不可能なためか、温室のところどころに水やりや温度管理のための機械が伸びている。

 中央には休憩用のスペースが設けてあり、そこに設置されているガーデンテーブルとチェアに向かって、入り口から一本道が敷かれている。道と休憩スペース以外は、背の低い独特な草花が並んで生えており、ギーラ曰くこれがお手製の茶葉の植物らしい。

 広い温室にはこの茶葉の元となる植物しか生えておらず、さながら畑のような景色になっている。畑よりはよっぽど濃い緑とツタのような茎のせいで、『温室』と言われれば確かにそうかもと思えなくもないのだが……

 外からも透明な壁と扉越しに見えていた光景なので、初めて入ったからといって特に感嘆の声もなく。そんなことよりも今の二人にとって重要なのは、この心が求め合っているという信頼の示し方である。この素晴らしい温室に対する感想は、二人の問題が解決してからだ。

 本当に身に覚えがない罪を問い質されるのは、いくら愛しい彼女からのものだとしても気分が良いものではない。

――きっとギーラは、不安なんだろうな。

 同性同士の恋愛は、異性の相手より難しい気がする。生まれて初めての恋人ならば尚更。例えば、今みたいな嫉妬の問題。相手は女同士として付き合ってくれているけど、本当は男の方が良いんじゃないだろうかなんて、多分これからもずっと付き纏う不安だろう。

 異性と付き合うことが“普通”とされるこの世界では、リーファやギーラのような存在は特殊で。特に疲れた印象こそするものの、男前な見た目をしているリティストとの関係を怪しむ気持ちはわかる。

 リティストはリーファのクラスの担任だが、ギーラのクラスでも数学を受け持っている。そのためギーラも知っているからこそ、余計に心配したのだろう。心配しなくてもリーファはギーラ一筋だし、あの男前が生徒に対してそういった目で見ていないのは、これまでの授業の調子を見ていればよくわかる。

「実は、同じクラスのグロウって不良がさ、ギーラに手を出してんじゃないのかって、リティスト先生が心配してたんだよ」

 少し事実を伏せながら、自身が呼び出された理由を誤魔化す。思いがけない形で自分の名前が出たからか、ギーラは目を真ん丸くさせて驚いている。可愛い。

「……それで、リーファは何て?」

「なにも? いくらあいつでもそんな馬鹿げたことなんてしないさ。だから心配しないで」

 どさくさに紛れて軽く小さな肩を抱きながら、リーファは愛しい彼女の顔の覗き込む。甘いカールが揺れる彼女の表情は、少し暗い。きっと不良にその身を狙われているのではないかと、不安になっているに違いない。

「ギーラ……」

「なに? リーファ」

 浮かない顔ながらもこっちを見てくれたギーラの肩を掴んで、リーファは彼女の真正面に向き直る。草花の独特な香りが、緩い風に乗せられてふわりと鼻先を撫でる。

「怖いことがあったらいつでもあたしを呼んで。ギーラのためならあたしは、どこにだって駆け付ける」

 真面目な顔をしてそう告げた。すると彼女の顔にようやく笑顔が戻ってきた。淡い月明りを思わせる柔らかい笑顔だ。この笑顔を見るためならリーファは、本当になんでもやれると約束出来る。

「もう、本当にカッコいいんだから。本当の本当に、リティスト先生とは何もないのね?」

 何度もしつこく繰り返す彼女の表情から、もう彼女の嫉妬が落ち着いたことがわかり、リーファも安心して抱き締めることが出来た。この温室は周りの壁や扉も全て透明なガラスで出来ているが、下校時間であるこの時間は人気がなくなる。元よりボーデン家の持ち物と言っても過言ではないこの温室に、用がある者自体が少ない。

「先生とは何もないよ」

「それなら良いもん」

 酷く幼いその返答に思わず笑ってしまいながら、リーファはギーラの頭を撫でながら温室の中を見渡す。

 低めの天井には白い魔石による灯りが取り付けられており、どこかから緩い風が送り込まれている。温室というだけあり外の気温より少し蒸し暑いが、きっとこの環境でなければこの草花達は育たないのだろう。見れば見る程珍しい形をした草花達が、ガーデンテーブルの横で抱き合う二人の周囲を取り囲むように生い茂っている。青々としたその色合いから、草花に詳しくないリーファにも収穫時期という感じが伝わってくる。

「凄い設備だね」

 身体を離し、ガーデンチェアに並んで座った。自然と口に出た素直な感想にはそれまでの色気が全くなく、その落差のためかギーラがぷっと噴き出した。鈴が鳴るように笑ってから、管理者としての返答をする。

「設計はほとんどがパパだけどね。設備も草花の植え方もパパが考えてくれたから、私は正直、水や風のシステムがちゃんと作動しているか目視して、痛んだ葉を時々切り取るだけの簡単なもの。だから設備が凄いっていうリーファの感想は大正解」

 彼女曰く、この温室の設備にはボーデン家の莫大な財源が投入されているらしい。たかが娘の学校生活における趣味のために放り込む額にしては高級過ぎる代物だが、どうやら彼女の父親自体も薬草関係の商いで財を築いた人物らしい。上流階級のそういった噂はリーファの知ったところではないが、愛しい彼女の家の商売くらいは知っておくべきかと思えてくる。

 リーファはギーラの説明に相槌を打ちながら、周りの草花を見渡していく。背の低い茶葉の元となるであろう草花は、イメージとは違って形や臭いに特徴のある正しく草花である。木ではない。まるで野菜でも育てているかのように、長細く線状に盛られた土の上からにょきっとその姿を晒している。こんもりと丸くなったその茎と葉の奥底には、形を維持するための支えが見え隠れしている。その間に細い管のようなものが見えるので、そこから栄養分等を流し込んでいるのかもしれない。

 青々とした葉に紛れるようにして、やけに汚い黄色の花が咲いている。しっかりと見ていないと枯葉と見間違うような花だ。まるで生気は全て『収獲する部分』に持っていかれてしまったように、カサカサとした表面には潤いすら感じられない。その渇きの上を走る葉脈が、どこか落ち着かないかのような広がりを見せている。こんなにも良い香りを放つのに、その見た目はどこか醜悪だった。どことなくその枯れた花に、魔女のような禍々しさを感じる。

「この茶葉は私の自信作なの! でも、なかなか配分が難しくて……ほら、これ……凄く良い香りでしょ?」

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