第一話「不良女の寄り道は」(2)


 今日も長い長い学校の時間がようやく終了した。授業中だろうが休み時間だろうが構わず絡んでくるグロウと愉快な仲間達をのらりくらりと躱しながら、昼飯を学食でがっつり食べて、昼からの授業は昼寝をする。そうした努力の結果ようやく、一日の授業時間の全てが終了してくれるのだ。

 高校からの帰り道、リーファは常に一人で下校することにしている。入学当初はリーファの腕っぷしを聞き付けて絡んでくる男子学生がけっこういたが、中庭でやや本気気味にグロウと愉快な仲間達と取っ組み合いの喧嘩を披露してから、そんな中途半端な悪達からのご挨拶はめっきり減っていた。

 他クラスからの自分達の評判なんてリーファだってわかっているので、行動を共にするのは常に赤組の連中だけだ。人間は同じレベルの者達と集まるものだというが、それは頭の問題だけでなく周囲からの目というものも関係あるのかもしれない。

 共に行動する友達がいないわけではない。クラスには数少ない女友達だっているし、あまり認めたくはないがグロウとは性別を超えた友情が芽生えていると思う。だが、敢えてリーファはこの下校時間は一人で帰るのだ。

 リーファはいつも、寄り道してから家に帰る。その寄り道先は、絶対に友人達には知られたくない。

 いつものように大通りを少し歩いてから裏道に入る。大通りには何人か同じ制服の生徒達がちらほらいたが、この少しばかり寒々しい裏道には制服はリーファの姿しかない。そもそも人通り自体少ないので、動くものすらリーファのみだ。

 そんな細く寂しい裏道を歩いて程なく、リーファは目的の店の前についた。可愛らしい外観のその店は、まるで女の子の夢を詰め込んだようなふわふわと柔らかいパステルカラーを基調とした、この地方では珍しい木造の二階建ての建物だ。柔らかい雰囲気が漂うのは、木本来の暖かみのお陰かもしれない。

 ちらりと周囲を気にしてから、リーファはそそくさと店の扉に手を掛ける。周囲にはいつものように人影はなく、今日も誰にもバレずにこの店に辿り着くことが出来たと胸を撫で下ろす。

 その店は『紅茶の専門店』であった。スカートこそ履いてはいるが、もともとリーファはあまり女の子らしいものが好きではない。自他共に認める『ボーイッシュな女の子』であるリーファは、自身のイメージを守るためにも、こんなメルヘンな店に入っているところを見られるわけにはいかないのだ。

「いらっしゃいませー」

 この世の『可愛らしい』を全て詰め込んだようなフリフリのメイド服を着た女が、やや素っ気なくそう声を上げた。ほとんど毎日通っているリーファは、この店では完全に顔を覚えられている常連だ。一か月前の学校帰りにたまたま見つけたこの店の紅茶を気に入ったリーファは、それから平日のほとんどの寄り道先にこの店を選んでいる。

 女は見た目は若く見えるがこの店の店長なので、それなりの年らしい。高校一年生、ピチピチの十五歳であるリーファには詳しい年齢を教えてくれない性悪だ。心の中で『白と桃の魔女』と名付けたことは、絶対に口にすることはないだろう。

 心の中ではそう思っていても、店の売り上げを支えるリーファのことをこの女は気に入っているはずなので、こんな素っ気ない態度はおかしい。よく見れば店長は、レジカウンターを挟んで他の客と話し込んでいる途中だったようだ。客との話を中断されたために、隠しきれない苛立ちが漏れ出たようだ。商売人に向かない性格の魔女だ。

「姐さん、あたしに向かってそんな素っ気ない挨拶なんてめ……」

 そこまで言ったところで、リーファは思わず言葉を無くしてしまった。レジカウンターと入り口の間には、紅茶のパックが並ぶ背の高い商品棚が並んでいるために見通しはあまり良くない。人がいるという程度はわかるが、相手の、特にレジの前の人の姿は隙間からちらりと見える程度だ。そのためリーファが店内を進んで、ようやくその客の姿がしっかりと確認出来た。

 その客は、高校の制服を着ていた。深緑色のブレザーに、チェック柄の入ったグレーのスカート。間違いない。同じ高校の制服だ。その客がこちらを振り向く。胸元を飾るリボンの色は――青。

 青色が示すクラスの特色は『優秀』。ただの真面目ちゃんというだけではない。学年一の秀才クラスの色である。確か今年の一年生では一番少なく、十人程度の人数だったはずだ。

「あ……こんにちわ……」

 遠慮がちに、彼女がそう挨拶した。少しだけ緊張が含まれた、控えめな声。鈴の音のようなその声に、意識が吸い寄せられるようだ。

――綺麗な声。それに、可愛い……

 同い年、なのだろう。だが、彼女はとても繊細で、触れたら壊れてしまいそうな、そんな気配を感じさせた。繊細なものほど美しい。その身に纏う香水のような香りも、また……

 甘くカールしたセミロングの茶髪が遠慮がちに下げられる。それが自分に対してのお辞儀だとわかって、リーファも慌てて頭を下げた。

 元の位置に戻った顔には、髪の毛と同じくふんわりとした笑みが浮かべられている。慈愛の色を宿した碧の瞳が、リーファを包み込むように映している。身長はリーファよりは低い。だが、小柄というわけでもなさそうだ。体格は……うん、充分に女の武器は持っている。

 白い肌を少しだけ赤らめながら、彼女はリーファを上目遣いに見ている。同級生にはいないタイプの女の子のため、リーファは先程からドギマギしっぱなしだ。

「ギーラちゃん、この子よこの子。この店にある紅茶は一口飲んだだけで当てちゃう天才。貴女達二人共この店の常連なんだから、仲良くしなさいよー」

「……?」

「へえ、そうなんですか。私はギーラ。グリーンローズハイスクール一年生のギーラ・ボーデンです」

「あ、あたしはリーファ。同じ一年のリーファ・クライ。よ、よろしく……」

 半ば本能的に伸ばした手に、ギーラの細く白い手が添えられる。その途端にどくんと心臓が跳ねたのを、リーファは顔に集まる熱と共に感じていた。

――この子、めちゃくちゃ可愛い。女の子なのに、凄いタイプだ。

 自分自身に女らしいところがないせいか、リーファは同性に対して可愛いと感じることがこれまでも多かった。特にフェミニンな印象を持つ同性にとても弱い。可愛いという感情ばかりが先走るので、これが単なる下心ではなく本当の意味での恋心に結び付く感情なのか、今までは判断出来なかった。

 だが、今は違う。これは『恋だ』と、リーファの心が吠えている。添えられた手を逆に強く握り返してしまったが、ギーラは穏やかに微笑んでくれた。

「なーにやってんのよ。ギーラちゃん、まだ時間大丈夫?」

「ええ。後は家に帰るだけですから少しくらいなら大丈夫です」

「リーファは、今来たところだから大丈夫ね。だったら、これからお茶会でもして帰ったら?」

 店長のナイスな提案に、リーファは小躍りしそうになったが我慢。さすがに初対面でそれはマズい。ドキドキと煩い心臓を完全にスルーしながら、手に浮かぶ汗にどうかギーラが気付かないことを願う。

「それは良い提案ですね。リーファさん、実はお茶会の時にお願いしたいことがあるんですが――」

「――いいよ! あたしが力になれることがあるなら、なんでも言って!」

 やや食い気味に答えてしまった馬鹿な自分のことを、それでも彼女は笑って何度も頷いてくれた。花が咲いたようなその笑顔を、ずっと眺めていたいとリーファは思っていた。

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