パンツと竜

王都を出て一息吐く。

 息は白く、夜は冷たい。寒さに震えて暖かいスープでも飲みたくなるが……生憎とユーリにそんな手持ちの金はない。

 そう思った時に貰ったものを思い出し、ポケットから取り出す。

 ハンカチのような手触りの良い桃色の布切れ。だがしかし、フリルの存在はハンカチにしては変で……

 

 ぴろりと拡げてみて、漂う汗と汗じゃなさげな香りにユーリはその正体を理解する。

 穴の空いた桃色フリルの布。

 

 そう、パンツである。

 しかも、生暖かさと汗の香りからして、しばらく前まで幼馴染王女が履いていたもの。

 

 「ミィィィッ!?」

 思わぬブツにユーリは目を白黒させて噴き出した。

 「パ、パンツは流石に……」

 その奥から見えた紅の宝玉を見て、さらにユーリは頭を抱える。

 そう、それは……国宝とされる腕輪であった。

 どうやらあの幼馴染は……隠せるものがなかったから、自分の下着にくるんで国宝をユーリの為に持ち出してきたらしい。

 

 「ミィ……確かに価値は高いけど……

 国宝は売ったら駄目だと思う……」

 当然だが、王女の下着も売るものではない。好き者には割と高く売れそうだが、あの幼馴染をそうやって倒錯した性の犠牲にすることをユーリ自身が例え資金にどれだけ困っていようが許せない。

 つまり……金に変えられる物は無かった。

 

 「はぁ、しょうがない」

 溜め息をつきながら、ユーリは周囲を見渡す。

 あてなんて在るわけもないが……あえて一つ賭けるとするならば一つの場所がある。

 

 そう、それは回生の神殿。命を落とした守護獣の魂を呼び戻すとされる場所。

 ユーリは守護獣を喪った訳ではないが、本来与えられる時に与えられなかった。だからこそ、呼び戻すというか呼び出せるかもしれない。

 藁にもすがるような微かな希望に過ぎないが……そもそも、他に希望はない。デュエリストなる力が本来の何かを発揮することを信じるのも馬鹿馬鹿しいのだから。

 

 「行くか」

 一緒にパンツにくるまれていたおやつの残骸だろうクッキーを流石にどうかと思いつつ口に含んで、ユーリは歩きだした。

 決して走らない。体力的に走る方がより早くに限界が来るから。せめて、足掻けるだけ足掻く。

 

 (ミィ……多分、もう会うことはないけれど)

 思うのは、幼馴染の事。

 一人で生きていけるだろうか、ガルドに変に食って掛かってひどい目に遇わされないだろうか。そんな心配ばかりが頭に浮かぶ。

 国宝も早めに何とか返した方が良い。ユーリが野垂れ死んで行方不明となったら……責任は(当然だが)持ち出した王女に行く。

 あの子にそんな自業自得は酷だ。耐えられるはずもない。

 

 そんな事を思いつつ、ユーリは日の暮れた道をひたすら進む。

 途中、魔法で明かりを灯そうとするが……それすらも出来ない。

 

 人は魔法が使える。それは火/闇/光/水/風/土の六属性の何れかに分類されるものに限り、一属性しか使えないが……それである程度契約できる相手の強さや文明を測ることが出来るのだ。ユーリはかなり火の力の応用が利く、つまり強力な火文明の使い手であった。

 だからこそ期待されたし……その全てを裏切った。そして今、昔は使えた魔法すら使えなくなっている。

 

 本当に、彼等に簡単に多くの超獣クリーチャーと契約させるために自分は居たのだろうか。

 有り得ない不安を振り切るように、寒さを堪えてユーリは歩みを進め続けた。

 

 空が白み、朝焼けが空を明るく染めていく頃までも、ずっと。

 

 そして……

 『『グォォォォォッ!』』

 幾重にも重なる竜の咆哮。静けさを引き裂いて迸る音に、その方向へと駆け出した。

 

 果たして……守護獣と共に行くからそこまで問題ない事が多く、大量の荷物を運ぶ街から街への街道以外はろくろく整備もされないのが当然の道無き道を駆け抜けて、ユーリがたどり着いたのはそれなりの人数の夜営地の跡であった。

 跡、としか言えない、踏み荒らされた跡。1m近くはあろう巨大な足跡を残して無惨にテント等は踏み抜かれていて

 

 「くっ!どうして今こんな怪物が!」

 叫ぶ声と剣劇音。そして……燃え上がるパチパチとした音。

 何者かが、突如現れた脅威に襲われ、そして立ち向かっている。

 

 何故、ユーリはその方向へと向かっているのだろう。守護獣すらいないユーリに勝てる相手ではない。

 文明界に住む超獣は全てが人に対して友好的な訳ではない。此方の世界で暴虐の限りを尽くしたい、暴れたいからと世界を突然渡って襲い来るものも割と居る。

 だからこそ、守護獣以外にも契約を交わした超越戦力たる『召喚士』が重要とされるのだ。戦争ばかりではなく、災厄のように突然渡り来る脅威から皆を護るために。

 

 なのに、どうしてだろう。

 意味不明の6枚のカードしかなくて、体力すら空きっ腹でほぼ尽きかけている足手まといの癖に、ユーリは足を進めて……

 

 全長10mを越す巨竜と、それに立ち向かう騎士の一団を見た。

 無理だと分かる。騎士はそこそこの武装に身を包み、総員が盾を構えていて……それでもだ、超獣に勝てる道理なんて無い。

 相手がゴブリンくらいの奴ならばまだしも、巨大竜では簡単な足止めにしかならない。戦うには召喚獣を呼ぶしかないのに、守護獣一体すら姿が見えない。

 もはや、戦いは竜による蹂躙で終わりかけている。

 

 「我らは護らねばならぬのだ!」

 盾を掲げて、隊長らしき兜の男が叫ぶ。

 竜が、その3つの首を揺らして笑った気がした。

 

 そして……轟!とした炎と共に、全てが燃え尽きる。盾も、剣も、鎧も人も、何もかもが燃え滓へと一緒くたに変わり果てる。

 その光景を目にして……

 

 それでもユーリは、何故か前に一歩を踏み出していた。

 全てはあの日、もう喪いたくないと思った心から。無謀で、無茶で、それでも。

 諦められない思いがあったから。

 

 「みん、な……っ」

 一団に護られていたのだろう、全てが炭になった場から少し離れた場所で、一人の女の子が膝から崩れ落ちた。

 

 「フェル?」

 それは、あの日居なくなってしまった少女に生き写しの誰か。間違いなく食われて死んでしまったあの娘とは別人で、それでも……もしも生きて成長していたらこうだろうという容姿を持った、動きやすさを重視したろう銀のサイドテールに紅のドレスのお嬢様。

 

 ユーリの漏らした声に漸くちっぽけな存在に気が付いたのだろう、巨竜の首のひとつがユーリを向き、残りは少女を狙う。

 

 止められない、勝てる筈がない。

 それでも、ユーリは……もうフェルを喪う訳にはいかない。

 カードを構え、そして……

 

 「デュエッ……」

 絞り出すように叫ぶ。

 「デュエリストだっていうなら、力を……見せてみろよぉっ!」

 その瞬間、紅の炎が燃え上がり……世界は灰色に包まれた。

 

 『漸くこの声が届いたか!ったく、おっせえよユーリ!』

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