第8話 火蓋
ざわざわ。
ざわざわ。
約束の3日後。冒険者ギルドにやって来てみれば、大勢の人が集まっていた。
この騒ぎの主要人物である俺は、フィリアさんの案内もあってするりと地下へと進めたが……凄い人だった。もしかして、みんな俺とクラノスの戦いを見るために?
「凄い人なんですね?」
「ええ、そうでしょう?」
地下へと続く階段を降りつつ、俺はフィリアさんと話す。
「Sランクの冒険者とEランクの冒険者が戦う。そんなの前代未聞ですし、それにメイム様の雄姿を伝えたら皆様大変お喜びになったので」
「雄姿……ですか?」
「ええ、ほら、3日前にメイム様がクラノス様につきつけた台詞。私、今でも忘れませんわ……お前みたいな雑魚、俺の相手にもならないって」
「え?」
全然違う!
俺は、そんなことを、一言も、言ってない!
固まる俺を前にフィリアさんはニコニコといつものビジネススマイルを絶やさなかった。
本当に強かな人だな……。
「人寄せに多少の脚色は必要ですし……? ほら、たくさん見物客がいらした方が、飲食で儲かりますし!」
「あはは……」
それが多少の脚色に入るのかは分からないけれど……フィリアさんの目論見は大成功だったらしい。
こんな人数の前で戦うことになろうとは……。
唾を飲み。
地下闘技場へ足を踏み入れた。
広々とした武骨な舞台。その中央に立つのはクラノス・アスピダ。Sランク冒険者にして、バーサーカーの異名を持つ暴君。
得物らしい巨大な盾を地面に叩きつけて、怒鳴った。
「逃げずに来たことは褒めてやるよメイムッ! 遺書は書いてきたかァ!」
「それはこっちの台詞だ。負けた時の言い訳は用意してきたか? 最も、Eランクの俺に負けるんだ。どんな言い訳をしても取り繕えないだろうけどな」
俺も負けずに煽った。
少しでも冷静に思考する時間を奪いたかったからだ。何も自分から進んで挽肉になりにいっているわけではない。
戦い前から可能な限り油を注ぎ入れる。
そうすればそうするほど、俺は立ち回りやすくなるからだ。
「テメェ! お望み通りぶっ殺してやるよ!」
吠えた。
よし、ここまでは俺の予想通り。もっと怒らせてもいいくらいだ。
俺はできる限り余裕たっぷりに振る舞う。そうした方が癪に障ると思ったから。
「さっさと来いよ。どこまでやれるか見てやらァ!」
「……」
お望み通り舞台に上がった。
その瞬間、歓声があがる。嘲笑にも似たそれは、音のドームとなり舞台を包み込んだ。
哀れで無鉄砲な新人冒険者。俺が潰れる様を見に来たのだろう。
いい趣味してるよ、ホント。
さて。
勝ち目はあるといっても、緊張しないわけがなかった。
相手は親父と同格で、タイマンなら最強とまで持て囃される怪物。俺がどんな小細工を用意しても、全く敵わない可能性だってあった。
だから深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
「さぁ、ここに集まった皆々様。本日司会進行を務めまるのは冒険者ギルド王都支部看板娘、皆様大好きフィリアです。どうぞ、この祭り事を楽しんでくださいね!」
舞台のほど近くに備わった特等席に腰を降ろして、フィリアさんが前説を始めた。
彼女の言葉で既に盛り上がっていた会場が沸きだつ。歓声がはじけ飛んだ。
「ったく。オレは見世物かよ」
「それだけは同感だな」
「そーかい」
ぼやくクラノスに同意を示した。
ディダルと戦った時とはまた違ったアウェー感。本来なら歓迎されているはずのクラノスでさえ、居心地の悪さを感じているのは本人がそういうタイプなんだろう。
「さぁ、まずは我らがSランク冒険者の紹介です!」
照明が落ちて、スポットライトがクラノスを照らした。
厳ついとしか表現しようのない鎧は、光を一身に受けて鋭い光を反射する。中々に凝ってるな……演出。
「その異名をバーサーカー! 災害龍の討伐という偉業によってSランクへと至った最強のタンク――クラノス・アスピダ!」
歓声とブーイングが巻き起こった。
クラノスを英雄と慕うものがいる一方で、その横暴さを憎んでいる者も多くいる。不思議ではない。
とはいえ、この地下闘技場にいるほとんどの人間はクラノスを見ることが目的なのだろう。それくらいは分かる。
「対するは! Eランクの挑戦者。しかし、こちらも冒険者ギルド史上初の称号を引き下げています! なんと、冒険者試験で……あのディダル・カリアを打ち倒した猛者! さぁ、ここでも大物食いを成し遂げられるか!?」
クラノスとは打って変わり、会場は冷ややかなざわめきに染まっていく。
「メイム!」
スポットライトが俺を照らしたので、一応観客たちに会釈しておいた。恥ずかしい……。
まさか、こんな大事になるとは。
「ディダル・カリアって、あのディダル・カリアか? Sランクを蹴ったっていう」
「あぁ、あれが噂の……。期待の新人だったが今日で終わりだな」
「無謀にも程がある。ディダルを倒してのぼせ上がったか?」
当然の評価が聞こえてきた。
だよなぁ……。俺だって自分を客観視したらそう思う。こんなことばっかりだな。本当に。
再び照明が落ちて――今度は会場全体を照らした。
クラノスの兜を見据える。
鋼鉄の悪魔……みたいな外見。
隙間から見える蒼い瞳が俺と同じように俺を睨んでいた。
「さぁ、両者準備はよろしいでしょうか?」
「オレはいつでもいいぜ」
「ああ、俺も大丈夫だ」
フィリアさんの質問にお互い即答。
言葉を交わす気も、これ以上もったいぶる気もなかった。
むしろ、下手に時間をかけて相手が冷静になることの方が恐ろしい。
俺としてはさっさと始めて欲しかった。
そんな俺の気を知ってか知らずか、クラノスは大盾を地面に押し当てて構えた。俺もそれに習い、両手をローブの内側に突っ込む。
これが俺流の臨戦態勢。
それも、今回の戦いのために用意したオーダーメイド。対クラノス用の戦闘ポーズだ。
なんて言ってみると大仰だが……つまるところ、最初にすることが決まっているので最速を求めた結果行き着いたのがこれだっただけ。
すぅ――と、息を飲む。
「開始!」
俺はフィリアさんがそう告げた瞬間、右手に2種類の宝石、左手に3種類の香水を持ち。それら全てをクラノスに投擲した。
こうして、俺とクラノスの戦いの火蓋が切って落とされた。
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