第十二話 フルコンボ・パニック
遊園地に入場する事はできたが、気を抜く事はできない。いつどこからクラスメイトが襲いかかってくるか分からないからだ。
そう考え周りを警戒しながら歩いていたが、楽はそんな事情など知らずに、楽しそうな顔で俺の腕を引っ張ってきた。
「ねぇねぇ花、何乗る?私はね、コーヒーカップ乗りたい!行こ行こ!」
「お、おう!…そうだよな。よっしゃ行こうぜ!」
一瞬クラスメイトの妨害を考え、乗るのを躊躇した俺だったが、そんな内気では楽を楽しませることなど出来るはずがない。
もうこうなったら意地でもデートを成功させてやる!来るならどこからでもかかってこいってんだ!
俺はそう心の中で意気込み、コーヒーカップへと向かった。
「楽しかったね花!なんか色々変わったコーヒーカップだったけど、面白かった!」
「そ…それは…よかった」
インコを頭に乗せ顔にマーマイト(イギリスの発酵食品)を塗られメイド服を着させられ股間に白鳥を装備させられた俺は笑顔でそう答える。
……奴らの妨害は熾烈を極めていた。
具体的にどう極めていたのか聞かれると困るが、ともかく凄かった。
「…つ、次はどこに行こうか?俺としてはゆったりとしたのがいいんだが…」
「んーとね、メリーゴーランドがいい!」
よし、メリーゴーランドなら昨日考えたデートプランの中に入っている。
一丁ここで楽の心を掴んでやるか!
「なんか回ってるだけでそんなに面白くなかった…。あ、でもなんか花に色々起きててそこは面白かった」
「そ、そいつは…良かった」
アフロのカツラを被り顔にナンプラーを塗られセーラー服に着替えさせられ脛にガムテを貼られ股間から馬を生やした俺は息も絶え絶えにそう答える。
奴らのことを舐めていた。まさかあんな罠が仕掛けられていたとは…。
具体的にどんな罠かと聞かれれば困るが、ともかくとても恐ろしい罠だった。
そんな恐ろしい妨害によって瀕死状態の俺の事など気にもせず、楽は遊園地の地図を見ながら次のアトラクションを決めていた。
「んー次はねー、あ!次はお化け屋敷が良い!ほら、行こ行こ!」
「ええぇぇ…お化け屋敷かぁ」
お化け屋敷…そんなの罠も刺客も満載に違いない。
正直行きたくはない…のだが。
「……(キラキラした目でこちらを見つめてくる)」
「……はぁ」
こんなに可愛い子のお願いを断ることができるものか。俺は覚悟を決め、楽の手を引きお化け屋敷へと向かった。
「「………」」
お化け屋敷を出た俺たち二人は、近くに置かれていたベンチに座っていた。
お、おかしい…なにもされなかった。どこを見ても至って普通のお化け屋敷だった。
お陰で楽も終始「つまんない」を連呼していた。そのせいか今は少し不機嫌気味だ。
いずれにしてもここは早急に楽の機嫌を回復させなければ…。
そう考え思考を巡らせていると、俯いていた楽が不意にこんな事を言ってきた。
「……アイス」
「え?」
楽の方を見てみると、彼女はじっとアイスの売っている屋台の方を見つめていた。
…まあ買えってことですね、わかりましたよ。
俺は座っていたベンチから腰を上げ、アイス屋へ向かう。
アイス屋には髪の長い店員が一人いた。
「すみませーん、チョコとバニラ一つずつください」
「ご注文入りましたー!チョコが一丁バニラが一丁!出来るまで少々お待ちくださーい!」
「……店の雰囲気間違えてるぞ。なあ李さんよ」
俺は少しキレ気味にその名を呼ぶ。
名前を呼ばれたアイス屋のスタッフは動揺したのか、裏を赤く染めた長い髪の毛を忙しなく揺らし始めた。
「す、李なんて言う美少年、あっしは知りませんぜ…」
「その特徴的な髪の色でバレバレだ馬鹿野郎。というかだ、何でお前らがこの遊園地で働けているんだ。一日スタッフとして働くにしても、色々と無理があるだろう」
「そ、それは…き、企業秘密ってことで」
「いつから一年B組は企業になったんだ…。まあいい、どうせ銀杏が絡んでいるんだろ?」
そう聞くと李はさらに動揺する。
その動揺こそがもはや答えになっていた。
まあいい、こいつを問い詰めた所でこの妨害が止まる訳ではない。
ここは友人として見逃してやろう。
俺はそのまま何も言わず李からアイスを受け取ると、楽の待つベンチへ踵を返した。
だが最後に一つだけ、聞いておきたい事があった。
「最後に一つだけ教えてくれ」
「ん、何?」
「何でお化け屋敷では何もしなかった?」
俺が不思議そうに聞くと、李はさも当然と言った顔で答えを返してくる。
「え?だってお化け屋敷で妨害なんかしたら、吊橋効果で距離が近くなっちゃうかもしれないじゃん…」
…やはりクラスの連中は俺が思っているより、ずっと頭が良いのかもしれない。
ちなみにその後食べたアイスは…楽のチョコ味は普通だったのに対し、俺のバニラは微妙にイカの匂いがして最悪だった。
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