第7ワ 魔王と勇者の5本勝負 後編。


 魔王城の中庭にて下着姿で言い争ってるいる二人は、お互い睨み合いながら本来の目的である城門まで歩きだした。

 道中、部下や下僕の驚きの表情が目に入ったが、魔王はそれよりも勇者との勝負に集中していた。そして、ちょうど城門までたどり着いたところで門番に声を掛ける。


「そこの者、一つ頼みがある」


 そう言われた門番は、下着姿の魔王と勇者の謎の光景を見て、何か言いたそうにしたが、なんとかこらえて魔王の言葉に答える。


「はい。なんでしょう?」

「今から我と勇者は競争をする。それゆえスタートの合図が欲しい、頼めるか?」


 格好が意味が分からなければ、言動も意味が分からない。目的が分からない頼みに疑問が浮かんだが、魔王の頼みとあっては断れない。


「承知いたしました」

「よし、ではよろしく頼む」


 そう言うと魔王は勇者のほうに顔を向ける。


「おい、ブリーフ野郎。これで勝ったら我の勝利だからな」


 魔王にそう言われると勇者は貧弱そうな身体を見て言った。


「お前が俺に勝てるとは到底思えないけどな」

「それは、やってみないと分からないだろ?」


 一度は競争と聞いて絶望していたかのように見えた魔王だが、言い争いで火が付いたのか彼の目にはどこか闘志を感じた。


「えーっと、それでは準備は宜しいですか?」

「ああ、我はいつでもよいぞ」

「俺も大丈夫だ」


 そう言うと二人はクラウチングスタートの姿勢をとり……。


「それでは……位置について、よーい……スタート」


 合図を聞き二人は駆け出す。ゴールまでおよそ500メートル、魔王と勇者の競争が始まった。

 体つきを見れば大半は勇者の圧勝を予想するはずだ。しかし、レースが始まるとその予想はくつがえされた。合図と同時に駆け出した魔王は意外にも勇者に食らい付いている。その事実に周りの者も驚いたが、一番驚いていたのは勇者だった。


「へえ、意外に速いじゃねえか」

「そう余裕を言っていられるのも今のうちだぞ」


 これは、もしかしたら接戦になるかもと思い50メートルを過ぎたころ、ふとすぐ後ろを走っているであろう魔王に目を向けると、そこにいるはずの魔王が消えていた。

 勇者は真後ろに顔を向け確認した。すると、10メートルほど後ろでもうへばっている魔王が見えた。

 そう魔王はスタミナが無かった。


「魔王ー、ゴールで待ってるから早くこいよー」


 勇者の声を聞き前を確認すると、勇者の背中がどんどん小さくなっていく。

 

 ──そして5分後。

 ヘロヘロになった魔王は、やっとの思いでゴールにたどり着き、ゴールに着くなり膝と手を地面に付けて肩で息をして口を開く。


「はぁ、はぁ、し、死ぬ。勇者に倒される前に、有酸素に殺される」

「その冗談が言えるならまだ死なねえよ」


 地面でへばっている魔王を余所目にまだまだ余裕の表情といった勇者は自分の勝利を告げる。


「この勝負は俺の勝ちだな。これで二勝二敗、次の勝負で勝ったほうが勝者だ」


 勇者の言葉を聞いても、まだ息が整わない魔王は息を切らしながら言葉を吐き出す。


「ハァ、ハァ、そもそも、我は、勝ち越していたんだ……」


 そう言うと、一度呼吸を落ち着かせて繋げるように言った。


「それを、お前の、安い挑発に乗ってやったからイーブンになっただけだ」

「俺はお願いなんてしてないけどな、お前が勝手に受けて立っただけだろ」

「貴様!」


 怒りの感情が沸き上がったが、それから程なくして、本当にこいつ勇者か? という疑問も沸き上がった。


「悪い悪い、そんなに怒んなって。っで一つ提案なんだが」

「ん? なんだ急に」

「次の勝負は誰かに決めてもらわないか?」


 確かに、次で最後とするなら、どちらかの得意分野で勝負するより、他人に決めてもらったほうが、遺恨を残さず勝負出来るかもしれない。 

 そんなことを思い、魔王は勇者の提案に同意した。


「……なるほど。いいだろう」


 勇者に同意の意思を伝えると、魔王は辺りを見回した。目に入るのは、こちらの様子を不思議そうに窺う《うかが》下僕達と、脱ぎ捨てられた鎧と衣服。

 適任は居ないかと、ふと視線を上に向けると、テラスでこちらを見ている女性二人が目に入った。


「勇者よ、適任が居たぞ」

「誰に頼むんだ?」


 すると魔王は着いてこいと言うように指で手招きをした。

 

 イリスとシュティは、中庭で繰り広げられている奇妙な光景に目を向けていた。

 下着姿で何やら言い争ったと思えば、今度は城門の方から競争でもしているかのように走ってくる二人。そして、イリスは頭を抱えて呟く。


「はあ、頭が痛い。暫く会わない内にが変態になっていたなんて。……なぜ、あれが魔王なのかしら」


 彼女の呟きを聞いて、シュティが一応魔王のフォローをする。


「アレでもつい最近までは普通だったのよ。それが、勇者と戦ってから様子が可怪おかしくなって……」


 そんなシュティの話を聞いてイリスは、中庭の方に目をやった。するとちょうど魔法で二人がこちらに飛んでくるのが目に入った。


「えっ!? ちょ、ちょっと、こっちに飛んでくるんだけど!」 


 その言葉にシュティも慌てて目をやると、下着姿の二人が宙に浮きこちらに近づいてくるのが見えた。


「な、何かしら」


 そんなことを言ってる間に魔王と勇者はテラスに降り立ったっていた。

 そして、魔王がイリスに近づき声を掛ける。


「久しぶりだな、イリス」

「……近づかないで貰えるかしら変態」

「へ、変態?……ああ勇者のこの格好には訳がっ」


 何か言いかけた魔王の言葉を遮りイリスは声を上げた。


「貴方もよ!」


 そんなやり取りを見ていた勇者は、イリスの向かいに座る、えんじ色のポニーテールを見つけると声を掛ける。


「あっ、シュティさんお邪魔してます!」


 勇者に声を掛けられた彼女は、そっぽを向いて無愛想に答えた。


「気安く名前で呼ばないでくれますか? 変態さん」

「変態?……ああ魔王のこの格好にはっ」

「貴方のことですよ!」


 そりゃ、変態と呼ばれのも無理は無い。大の男二人が、野外で急に下着姿になるのも変態なのに、この二人はさらにあろうことか下着姿で飛行まで披露してくれた。それはもう変態に決まってる、変態飛行だ。

 

 変態と言われショックを受けていたが、本来の目的を思いだし、魔王はそっぽを向いくイリスに声を掛ける……

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