第2ワ お引っ越し祝い。


 ──あれから三日後。

 

 魔王は深々と椅子に座り、自分の書斎に呼んだ部下にあることを尋ねる。


よ、頼んであったことは調べてくれたか?」

「はい。魔王様の仰せの通り、城の周囲500メートル四方を調べたところ……」


 こう話し出した魔族の少年は、魔王直属の密偵である。

 全身に黒い服を纏い、口元を黒い布で隠していて如何にもそれっぽい。


「西に約100メートル行った所に民家らしき物が出来ているのを発見いたしました」

「そうか、ご苦労だった。ならばもう一つ頼まれてくれ」

「はい。なんでしょう?」

「今日より一週間その民家の様子を探ってきて欲しい。ああ、それと住人には絶対に気づかれてはならんぞ!?」

「はい? 承知いたしました」


 そうネロに指示を出した魔王は、彼の左隣に立ち眼鏡を掛けた、淡いえんじ色のポニーテールがよく似合う女性の魔族に声を掛ける。


「そしてよ、今日お前を呼んだのは、ある決め事を城内に発布して欲しいからだ」

「はい。なんですか?」

「今後城内での大きな音が出る行為は禁止とする」

「……はい? なぜですか?」

「いーから! 禁止だ! 禁止!」

「は、はあ? 分かりました」


 ──魔王の命令から一時間後。

 

 ネロは、魔王の指示通り民家の近くの木に隠れ、民家の動向を探っていた。


「別に隠れなくても、直接調べれば直ぐ終わる事じゃないのかなあ? 魔王様に逆らう奴がわざわざ、こんな所に家なんて建てないだろうし。うーん、魔王様もたまによく分からないことをお命じになるよなぁ」


 そんな独り言を言っていると、突然後ろに人の気配を感じ、それに振り向く。

 するとそこには上下ねずみ色のジャージを着た男が立っていた。


「何者だ、貴様!」

「てめぇは、人様の家の近くでコソコソと何してんだ?」

「お前には関係ない!」

「そうか……」


 男はそう呟くとニヤっと笑った。

 そして、それがネロが意識を回復する前に覚えている最後の記憶だった。


 そんな中、魔王城では城内の悪魔達を大広間に集め、玉座に座る魔王の側で、シュティが彼に言われた決め事を発布していた。


「今から魔王様の決め事を発布する。皆、心して聞きなさい。……えー、今日より城内での大きい音がでる行為は禁止とする。以上!」


 大広間はそれを聞いた悪魔達の疑問の声で溢れかえった。


『……なんだそれ?』

『え? どういう事?』

『大きい音が出る行為って抽象的すぎない?』

『あっ、やっべ、今日家の鍵閉め忘れたかも』


 悪魔達の混乱している様子を見たシュティは、傍らにいる魔王に尋ねる。


「魔王様、下僕達が混乱しています。もう少し具体的にお願いできませんか?」

「えーっと、あれだ、あのー、すごい音が出る魔法とか……とにかくデカイ音は禁止だ!」


 魔王の答えに彼女は何か言いたかったが、深く聞いてもそれ以上の答えは得られないと判断し、聞くのを諦めた。


 と、そんな中突然、城の壁をぶち破って何かが飛び込んできた。

 静まる城内、大広間にいる人物全員の視線を一挙に集めたその先には一人の人影。

 そして、土煙が晴れると魔王は、あの三日前の恐怖が頭を支配する。

 そう、が現れたのだ。


「……てめぇ、何が目的だ? それとは返しとく」


 そう言うと男は、魔王の前に物を放り投げた。すると、ソレを見た下僕達が驚きおののく。


『ネ、ネロ様!?』

『ネロ様だ!』

『なんで、あんなボロボロなんだ!?』

『大変だ! 意識が無いみたいだぞ!』


 そして、壁をぶち破って入って来た男は、魔王の方に歩を進める。

 

 無言で近づいてくる男を見た魔王は慌てて釈明する。


「ち、違うんだ、聞いてくれ!」

「何が違うんだ?」

「わ、我は、その!……プレゼントを渡そうと思って!」


 恐怖におののき、後退りしようと足を滑らすが、玉座の背もたれが魔王の意思を邪魔する。

 そして、男は魔王の前まで来ると、恐怖に引きった表情をした彼の耳元に自分の顔を近づけてささやく。


「なんだァあ? プレゼントって?」

「あ、あの……引っ越し祝いです……」

「引っ越し祝いだと? なんだソレは?」


 魔王は側にいるシュティに声を荒げる。


「シュ、シュティ! アレ、持ってこい!」

「な、なんですか、アレって!?」

「……あのー、我の、書斎にあるー、本棚に置いてあるアレだ!」

「わ、分かりました!」


 ──そして、暫くした後シュティが息を切らし大広間に戻ってきた。


「はあ、はあ、こ、これですか魔王様?」

「そ、そう! これ!」

 

 そう頷くと、魔王はシュティから指輪を受けとり、男に手渡した。


「ど、どうぞ、我の指輪です。多分売ったら結構いい値段すると思います」

「おう、そうか、じゃあ有りがたく貰っとくとするか。……ったく、今度からは回りくどいやり方しないで直接渡しに来いよ?」

「は、はい」

「しかし、このガキには悪いことしちまったなあ。目ぇ覚めたら代わりに謝っといてくれ」


 そう男は言い残すと、機嫌を直し帰っていった。

 

 男が去ってから暫くした後、魔王が思い出したかのように慌てて口を開く。


「お、おい! 早くネロを医務室に運んでやれ!」


『は、はい直ちに!』

『おい! お前らも手伝え!』


 シュティは、下僕達がネロを医務室に運んだのを見ると魔王に尋ねた。


「あの、魔王様、さっきの者はどなたですか?」

「あー、あれは……し、親戚だ」

「えー! 魔王様、親戚とかいたんですか!?」

「あ、ああ、まあな」


 ──男が去ってから二時間後の医務室にて。


「う、うう」

「おお、ネロ! 大丈夫か!?」

「ま、魔王様?……僕はいったい何を?」

「大丈夫だ、全部解決した。今回の件は我が悪かった許してくれ」

「ど、どうしたんですか頭なんか下げて!? 止めてくださいよ!」



 ネロが無事なのを確認すると魔王は安堵し医務室から去っていった。

 そして、自室に戻りベットに入ると、(おっさん)はもう、どうすることも出来ない自然災害だと無理やり自分を納得させ眠りについた。

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