ファム・ファタール〜宿命の女〜

未唯子

秘密の開示

1


 宿命

 前世から定まっており、人間の力では避けることも変えることもできない運命




「あーあ。私が魔性の女だったらなぁ……」


 大きいため息と共につぶやいた言葉がなんとも間抜けなものだということは、もちろん分かっている。友達の亜美ちゃんが苦笑いをしたのがいい証拠だ。


「そうだったら洗井くんに好きになってもらえたのになぁ……って?」


 にやりと含みを持たせて笑う亜美ちゃんから出てきた名前に、どきりとする。そう、その通りなのだ。


「うぅぅ。だってあれ見てよ。また来てるもん、清田さん……」


 あれ、とは私の好きな人、洗井竜生くんに話しかけているキラキラ女子の清田さん、という恒例の光景のことだ。

 清田さんは端的にいうとかわいい。所謂目立つグループに所属している女子で、同級生だけではなく上級生からも可愛いと言われているような子だった。


「まぁ不安になる気持ちはわかるよ。だけど、あの洗井くんの対応見てたら、心配することない気もするけどね」


 亜美ちゃんは2人を見てそう言った。


「えー?そうかな?私にはなんかいい感じに見えるんだけど」

「洗井くんって誰に対してもあんな感じじゃない?気さくだけど、壁を感じるっていうか……愛想笑い、みたいな?」


 亜美ちゃんはそう言うけれど、私には洗井くんが好意を持って談笑しているとしか思えなかった。だって気にもなってない子にあんな風に笑いかけるかなぁ?好きでもない子にあの笑顔なら、好きな子にはどんな風に笑いかけるんだろう……。え、破壊力やばすぎない?え、こわ。


「わかんない……私には洗井くんがかっこいいことしかわからない……」

「……あ、そ」

「亜美ちゃん冷たい……。はぁ……やっぱり魔性の女に生まれたかったよぉ……」

「まぁ、美琴には美琴の魅力があるよ」

「……だよね!私がんばる!!!」


 私の良いところは前向きで切り替えが早いとこだ。……それは、単細胞ともいう。




 昼休みの後の授業ってなんでこんなに眠いんだろ……しかも現代社会とか地獄じゃんか……。私はあくびを噛み殺し、教卓の前の席で先生の話を真剣に聞いている洗井くんの姿を見つめた。

 かっこよすぎる……後頭部しか見えないのにかっこよさがダダ漏れてるってどーゆーことなの。神なの?神。あぁ、私のこと好きになってほしいなぁ……ほんと、好き。すーきー。

 念仏を唱えるように私は心の中で好きを繰り返した。もはや呪いである。

 

 私の片想いはもうすぐで丸3ヶ月経とうとしている。

 出会いは入学式だ。昔からなにもないところでよく躓いていた私だが、その日も教室に向かう廊下で躓いた。

 やばい、入学式に躓くとか幸先悪すぎる。そう思って変に態勢を立て直そうとしたのが悪かった。足をぐねり事態は悪化。あ、これ転けるわ。覚悟した瞬間「大丈夫?」と体を支えてくれたのが、そう!彼!洗井竜生くんだった。神。

 「あ、ありがとう」とつまりながら発した言葉は洗井くんの顔を見た瞬間に霧散した。

 え、なにこの顔面。好き。私のタイプの顔ってこの人だわぁ……好き。

 「……大丈夫?どっか痛む?」と固まった私を気遣うように柔和に微笑んだ顔にまた心を鷲掴みにされた。……痛い、心臓痛い。殺される。この人私を殺す気だ。

 こくんと頷くことしかできない私に「よかった」とさらに笑った洗井くんにまんまと惚れました。ありがとうございます。


 残念ながらその日の私の記憶は洗井くんしかない。入学式の校長先生の話?あった?ホームルームの先生の話?右から左です。他のクラスメイト……いたいた、確かにいたんだけどね?

 だけど洗井くんの自己紹介はばっちり覚えている。

 少し低めのハスキーな声がはっきりと爽やかに自己紹介をした。名前、出身中学、高校での抱負、趣味。彼から発せられる言葉はすべて宝物のように煌めいていた。もう、好き。

 だけどそう思ったのはどうやら私だけではなかったようで、一年生にどえらいイケメンが入学したという噂はあっという間に広がったのだ。

 

 洗井くんは入学以来ずっとモテ期だ。いや、あの麗しいイケメン具合から考えると、生まれてから今日までずっとモテ期では……?

 そうなるとモテてるのが当たり前だから、洗井くんはモテてるって感覚ないのかもなぁ……。モテ期ってなに?みたいな。あ、それなら私も一緒だわぁ。モテ期経験したことないから、私。モテ期ってなに?って……あはは……。悲し。

 でもいいのだ。たくさんの人に好意を寄せられるより、たった一人、好きな人から好きだと言ってもらいたい。でもどうやったら意識してもらえるんだろ?

 恋愛偏差値の低い私は駆け引きもできなければ、男の子と仲良くなる方法も皆目見当がつかない。しかもあと一ヶ月もせずに夏休みに突入するのだ。

 んー。どうしよう。どうしたら洗井くんに意識してもらえるかなぁ。

 ……あ!告白だ!私の気持ちを伝えたらとりあえず意識してくれるんじゃない?うんうん。そうと決まれば早速行動に移そう!!

 私はニマニマと笑いながら計画を立てた。



 私の"洗井くんに意識してもらうぞ作戦"を伝えると、亜美ちゃんは「なんでそうなるの?」と心底理解し難いと眉をひそめた。


「たとえばさ、洗井くんの図書当番のときに本を借りてそれきっかけで仲良くなるとかさ……そういう順序みたいなのってあるじゃん?」

「おぉ、なるほどー!さすが亜美ちゃん!!」


 亜美ちゃんの助言に拍手を送ると、「どうも」と短く返された。あ、これは心がこもってないやつだ。でも夏休みまではあと少ししかないのだ。そんなちんたらやってらんない!だって洗井くんを狙うライバルは掃いて捨てるほどいるんだからね!


「でも私のアドバイスを聞く気はないみたいね」


 さっすが亜美ちゃん!友達歴3ヶ月とは思えないぐらい私のことを理解してくれてるー!!

 「えへへ」とわざとらしい愛想笑いを浮かべれば、「はぁ」とあからさまなため息を返された。


「ま、仕方ないか。美琴の座右の銘が"やるしかない!"だもんね」


 亜美ちゃんはあははと口を開けて笑う。これは入学式の日に行った自己紹介で、私が「座右の銘は"やるしかない"です!高校生活もその意気込みで頑張ります」と発言したことを思い出しているのだろう。

 これはいまだに他の子にも思い出したかのように笑われるのだ。いいじゃん、素敵な座右の銘じゃん。ぷう、と頬を膨らませて、怒ってるぞ!、の意思表示をすればいつの間にか涙まで溜めていた亜美ちゃんが「ごめんねぇ」と謝ってきた。


「かわいいから許す」


 私がそう言えば「応援してるね」と微笑んだ亜美ちゃん。ほんとかわいいんだよなぁ……しっかり者で聡明でかわいいかわいい自慢の友達だ。


「とりあえずさ、様子見に放課後は図書室に行ってくるよ!今日図書当番みたいだから!」


 自己紹介で、趣味は読書です、と言った洗井くんは言わずもがな図書委員会に入った。他の委員会と比べても仕事量の多いはずの女子図書委員会決めがうちのクラスで難航したのは、もちろん洗井くんの存在があったからだ。私も立候補したがじゃんけんで負けてしまった。

 今日の昼休みにも図書室に行っていたということは、十中八九今日が図書当番だ。図書当番は週に一度、昼休みと放課後に行う決まりになっているようだった。なので、放課後は図書室に行けば洗井くんに会えるということだ!私、天才。

 今日は7限目まであるのであと2限授業を受ければ図書室の天使、洗井くんを拝める。夕日を浴びながら真剣に本を読む洗井くんは神々しさすら感じるのだ。私は自分が借りた本そっちのけで、ひたすらと洗井くんを見つめることに精を出した日々を思い出す。

 振られることはもちろん怖い。だけどそれだけだ。私はチャンスが来るのをひたすらに耐えて待つのなんてまっぴらごめんだ。

 やるしかないのだ!やるしか!


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