俺、牧場で戯れる
寝ているうちにバスは
このあたりには観光地になっている牧場がいくつもあるが、その一つに立ち寄ったかたちだ。
まだホテルのチェックイン時刻には程遠い。十時半だ。最終目的地に到着する前にバスはいくつかのポイントに俺たちを連れていく。
夏休みだから子連れの観光客がたくさんいた。子馬に乗っているのはほとんど子供だ。
「乗りたーい!」と無邪気に声をあげているのは
あいにく女子たちは乗馬向けの格好をしていなかった。
ミニワンピの
ぞろぞろと歩いているうちに大勢の観光客に紛れてしまう。
俺と
やがて
囲いの中に入ってヤギたちと戯れるのだ。ヤギに追われて泣き叫んでいる子供もいる。
そんなところに入るのかと思っていたら女子たちは怖いもの知らずで入って行ってしまった。しかもわざわざエサまで買って。
その行為は自ら餌食になるようなものだ。案の定、ヤギたちに追われる。
俺は奈良公園の鹿を思い出した。鹿せんべいを手にした瞬間鹿に取り囲まれ、包みを開く間もなく包みごと
俺と
女子たちはヤギに追われて逃げ惑う。きゃあきゃあ言っている顔は笑っているが。
「いやあ!」という悲鳴がしたのでそちらに目を向けると、エサを手にしていないはずの
ミニワンピの裾が引っ張られて際どいところまで太ももがあらわになっている。
もしやその揺らめき柄がヤギを刺激した?
香月が颯爽と現れ、名手に食いつくヤギにエサを見せて事なきを得た。男には惜しい場面だったが。
「もう! 何なの!」プンプンしている
その後また、ぶらぶらしていたらニジマス釣りのエリアに来た。
いつの間にか
「え、釣りするの? 私もやってみたい」
だから眩しいって。
竿を手にしたのは西脇と鮫島に俺。女子は香月とC組学級委員の
のんびりとした釣りを想像していた俺は完全に裏切られた。
団子みたいなエサをつけて釣り糸を垂らしたらいきなり食いつかれた。
引き上げるとぴんぴん尾ひれをふる二十センチほどのニジマスが釣れた。
それをバケツに放す。
鮫島も西脇も同様、すぐに釣り上げた。
香月と
鮫島がすぐに魚をつかんでバケツに移した。
その後も香月と西潟はどんどん釣り上げ、鮫島がそれをバケツに移す作業に徹した。
のんびりとした釣りなどではない。
釣った魚はリリースできない決まりだから買い取って食べるしかない。だから人数分釣り上げたところでストップがかかった。
釣りを楽しんだのは香月と西潟、そして
鮫島は女子たちのフォローにまわり、俺は二匹釣ったところで手を止めていた。
竿を返す際にニジマスをさばいてもらい、串に差してもらった。これを焼き場に持っていく。
真夏にこれはきついな。
そこは日蔭になっていたとはいえ、焼き場特有の熱く揺らいだ空気が流れていた。
鍋奉行みたいに焼きを担当しているのは鮫島だった。その鮫島を香月と西潟が手伝っている。
バスに乗っている間、鮫島と話ができる女子は本谷と香月だけだったが、釣りを契機に少しずつ増えている。
鮫島は近寄りがたい雰囲気を持っているが、黙って動くタイプだと認識されると距離を縮める女子は多いようだ。
最後まで距離をとっているのは名手だろう。その名手は
教師二人に密着取材している。東條も誤解されたくないなら西脇の傍にいなければ良いのに。
おそらくは自分がいなければ西脇がひとりになってしまうと
それとも東條もまた生徒とはあまり関わりたくないのか? 特に名手とは。
「あら意外と美味しいですわ」
名手は渡された串を横に持って焼き魚にかぶりついていた。
食べ方はいたって普通だ。教師相手の言葉遣いだけが
「少ししょっぱいですが」
俺もそう思った。塩焼きなのだがかなり塩が効いている。腹が減っていたこともあり、それがまた旨い。
「冷えた生ビールが欲しいな」西脇はすっかりおっさんになっていた。
「いけませんわ、引率ですし」東條が微笑む。
清楚な顔して、実は東條は飲む方ではないかと俺は思った。
「忘年会などでは東條先生にお酌してもらえるのですか?」名手は本当に遠慮がない。
「うちの教職員の会合でそのような光景は見られないよ」西脇が答えた。「そもそも忘年会自体開かれることがない。ごくたまに慰労会のようなものが有志で開かれることがあるが、関わりの少ない教職員と喋ることはないなあ」
何となくわかる。職員室の様子を見ていれば教師たちが個人事業主の集まりだと認識できるだろう。
東條が西脇に敬意を持っていたとして酌をするなどあり得ない。少なくともこの学校では。
「それは残念ですわ。きっと西脇先生も若くて美人の先生に
こいつの発想はオヤジだなと俺は名手の顔を窺った。
東條は困ったように黙り、名手の傍らにいる
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