俺、ツアーバスに乗る

 八月X日早朝、リュックを背負った俺は市内で最も大きな駅から少し歩いたところにある道路脇を目指した。

 そこがツアーバスの乗り場になっていて、那須なすまで運んでくれるのだ。

 チケットは鮎沢あゆさわからスマホに送られてきていた。

 どこで手に入れたかは知らないが中高年の女性グループかフルムーン夫婦が利用しそうなツアーだと俺は思った。

 まあたまには良いだろう。俺はどこに行ってもボッチだから知らない人の群れに紛れるのに慣れている。適応力があるのだ。

 存在感を消してじっとしていれば良い。そして時おり人間ドラマを観察する。それがタダでできるのだから贅沢なツアーだと思うことにした。

 バスはすでに来ていた。

 思ったより大型だな。空港リムジンには及ばないがそれなりの人数は収容できそうだ。しかし外から見るに半分も席は埋まっていないように見えた。

 真夏真っ盛り。早朝とはいえすでに三十度くらいにはなっていて、バスの外で待ち構えるのは添乗員も兼ねたバス運転手だけだ。

 そう思っていたら俺が乗車口にさしかかったタイミングで中から一人降りてきた。

 赤いフレームの眼鏡をかけた可愛い系美人。見たことはあるが名前は知らない。しかし御堂藤みどうふじ学園生だ。

千駄堀せんだぼりくんよね?」

「ああ」俺の返事はいつも偉そうだ。

 ぶっきらぼうだが改まることはないだろう。許してくれ。

「2Hの本谷ほんたにです」ってどういうこと?

「ツアー仲間です。よろしくね」

 俺は可愛く微笑む本谷に導かれてバスに乗った。

 スマホチケットは運転手が確認した。

 車内は確かに年配者が多かったが、一部高校生の一団がいた。それはほぼ鮎沢あゆさわのクラス二年H組の生徒だった。

 H組のグループ旅行に俺は呼ばれたのか。俺は初めてそれを認識した。

 というのも、そこに引率者がいたからだ。二年H組担任で数学教師の西脇にしわき。そして副担任の化学教師東條とうじょうが並んで腰かけていた。

 中年男と妙齢の美人。何だか不倫旅行のような雰囲気も感じない訳ではないが、妻子に逃げられた冴えないおっさんと二十代半ばの清楚系美人教師ではとてもつりあわない。

「B組の千駄堀せんだぼりくん、参加です」本谷ほんたに西脇にしわき東條とうじょう西ペアに報告する。

 これって学校の公式行事なの?

 聞いてないぞ。

「あとはE組の二人ね」

 東條が何やら手元の紙切れを確認していた。点呼をとっているようだ。

 H組以外も参加するのか?とB組の俺は思った。

 バス内はエアコンが効いていたから東條は薄手の白シャツの上にさらに白いカーディガンを羽織っていた。

 通路側に腰かけているのでムチムチした太ももが見える。ほとんど学校内のスーツ姿か実験の時の白衣しか見たことがなかったから新鮮だ。

 私服姿がこれ程破壊力があるとは。学校では美人だけど地味な先生というイメージなのに。

 超絶ミニスカートかと思いきや青い花柄のキュロットタイプの短パンだった。

 女子大生に見える。顔は結構白く塗っているから二十代半ば相応だが、この透明感は小町こまち先生が失ってしまったものだ。

 いや、小町先生に透明感は最初からなかったかな。そんなことは小町先生の前では口が裂けても言えない。

「おはようございます」俺は一応挨拶をしておいた。

 何で教師と一緒の旅行?

 窓際の西脇にしわきはだるそうな顔を俺に向けて手を上げた。

 いつもながら正体不明の男だ。り残しの髭が顎や首に見える。髪はボサボサ。これがサスペンスドラマでバスツアー殺人事件なら名探偵役だったかもしれない。

 一見うだつが上がらないが実は美人秘書を連れた名探偵。俺はそんな妄想を西脇に当てはめてニヤリと笑ってしまった。

 そうそう、俺の席は、と。

 通路側の席が空いていてそこが俺のシートのようだった。しかし俺の席にまで奥の窓際席に腰かけた男の長い脚がはみ出ていた。

 誰だこいつ?

 俺は自分の席までたどり着いてようやくそいつの顔を確認した。

 マジかよ! そいつは二年H組の鮫島さめじまだった。俺たち御堂藤学園には珍しいオラオラタイプの男だ。たいていの生徒は鮫島には近寄らない。

「おう」鮫島は手を上げたが足を引っ込めるつもりは微塵もないようだ。「確か、B組の……」

千駄堀せんだぼりだ」

「そんな名前だったな」覚える気はないだろ。まあ村椿むらつばきでさえ一月ひとつき以上かかったしな。

「あれ、鮎沢あゆさわは?」俺は鮫島に訊いた。

「鮎沢……」鮫島は少し間をおいてから答えた。「鮎沢は来るとしたら現地集合だな。あのが来るかは知らんが」

「は?」あいつ、来ないのか?

 やられた!

 誘っておいて放置プレイとはとんだ食わせ者だ。

 俺は呆れて狭いシートに腰かけた。

 

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