俺、鮎沢の話に共感してしまう
「セミの寿命って知っているかい?」
「幼虫で七年、成虫で一週間くらいかな」ほう、兄の威厳を見せつけたか。
「多分、多くの図鑑にはそのように書いてあるよね。それってどうやって突き止めたのだろう?」
「どうやって?」
「気になると思わない?」
低学年の男の子二人は不思議そうに鮎沢を見る。
「セミと一緒に暮らしたのかな。一緒に暮らしたのなら何歳まで生きたかわかるよね。あ、今何歳かがわかってないとダメだけどね」確かにな。
少しずつ移動しながら、空き缶やゴミを拾いながら、俺たちは歩いた。
鮎沢の不思議な語りが続く。
「セミの鳴き声を毎日聞いていると、どのセミの鳴き声も聴くことができるのはだいたい二ヶ月くらいだから、セミの成虫の寿命は長くて二ヶ月くらいだと推察できる。あ、これは「鳴いている」が「生きている」と同じだと仮定しての話だよ。鳴かなくなっても生きている可能性もあるからね。成虫になってすぐに鳴き出すかどうかもわからないし」いちいちごもっともだ。
「ただ単に観ているだけではわかることも限られる。だから一歩進んで介入するんだ」
「「カイニュー?」」
「手を加えるというか、余計なお節介をするんだな」ちょっと違うんじゃね? 言いたいことはわかるけど。
「セミを一匹一匹捕まえては日付を入れてマーキングする。そして逃がす。毎日それを何十匹も繰り返しているとやがてマーキングしたセミを捕まえることがある。そうやってそれが何日前に捕まえたセミなのかがわかるというわけさ。もちろんこの方法でセミの寿命まで正確にわかるわけではないけれど、二週間も三週間も前にマーキングしたセミがたくさん見つかったらセミの寿命が一週間だなんて間違いだとわかるよね?」
それを聞いて俺は昔のネットニュースを思い出した。セミの寿命が実は一ヶ月近くあるのではないかということを、今
「結局、正確な寿命まではわからない。そもそもマーキングするという行為がセミの寿命に影響を及ぼしている可能性もある。人に捕まるというのはセミにとってはストレスだよね。それで寿命が縮むかもしれない。介入という行為が真実を捻じ曲げてしまう可能性もあるんだ。しかしそれでも、ただ何も手を加えず観察するだけではわからないことがある。介入しないとわからないことも多いんだ」
俺は何だか居心地が悪くなった。ただ傍観しているだけではわからないことが多い。だから介入しろと言うのか?
「それでもし成虫の寿命が一ヶ月だったとしても、幼虫の期間が何年もあることを考えると
どうやら
鮎沢、余計な演説をぶっているけれど、どう落とし前つけるんだよ。
「それは考え方の違いですね」
「考え方?」
「セミの本来の姿とは何かということです」
「は?」
「たとえばリンゴと聞いて何を思い浮かべますか?」ほう、そう来たか。
「リンゴの実ですよね。リンゴの幹や枝、地中に生えている根を思い浮かべる人は少ない。でもリンゴの木だってリンゴですよ。同じことが桜でも言えます。桜と言えば桜の花を思い浮かべるでしょう。花が咲いている期間は一週間ほどですね。花が主体だと儚く感じます。でも木だって桜です。ずっとそこに立っていて、そして来年にはまた綺麗な花を咲かせる」
「なるほど、セミの幼虫もまたセミだと言いたいのか?」
「そうですよ。てか、ボクはむしろ幼虫の方が主体だと思っていますね」
「主体? 幼虫が、か?」
「幼虫の方が何年も生きていられるなんてそれがあるべき姿だからじゃないでしょうか? 成虫になって外界を飛ぶようになると鳥に食われたり天敵に出くわすことが多くなります。幼虫でもモグラに食われることがあるかも知れませんが天敵の数が違うでしょう。実際に何年も生きていられるのなら地中の方が天敵が少ないと言えます。地中でのんびりと栄養をとって何年もかけて少しずつ大きくなれば良いのです。しかし成虫は短い期間で子孫を残すことをしなければならない。オスは鳴いて求愛行動をし、メスは身を削って卵を産まなければならない。どちらが楽ですか?」
家に引きこもって食っては寝ている方が楽だな。
「人間みたいに子供を育てることに喜びを感じることもできない。昆虫にとって成虫はただ単に子孫を残すために危険な世界に飛び立つ姿でしかないのです。それは、何年ものんびりスローライフを堪能していた者が子孫を残すという最後の義務を果たすために危険な外界に飛び出したようなものです。もしボクがセミに転生したらずっと幼虫でいるでしょうね」
「なかなか興味深い話だったが」舞子会長が苦笑している。「小学生にニートを勧めるような話になるとはな」
ごめんなさい、俺、それを目指してました。いわゆる自宅警備員。
「でも」
「そうですよ」鮎沢はなぜか軽薄な口調になる。「人間は子孫を残した後も人生が続く。セミに比べたらずっと寿命も長い。子供の成長も観ることができるからね。まあそれができなくなってしまった親もいるだろうけど」
その言葉に東矢が目を見開く。
表情を変えないアンドロイドに感情が宿ったのかと俺は思った。
確かこいつは両親が亡くなっていて叔父夫婦に育てられたと
いつの間にか男の子二人は興味をなくしていた。セミがいそうな木を見上げている。
女の子三人を連れて
俺は……また傍観していた。
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