いざとなったら俺がいる!? 傍観者は最後に姿を現す

はくすや

俺、近道をしようとして遅刻する

 街を歩いていて、具合の悪そうな人を見かけることがあるだろう。

 そういう時、人はどうするか。おそらくは声をかけ、具合を聞き、そして誰かに知らせるなりするだろう。

 近くに店があればその店の店員に知らせるか。駅であったら駅員に知らせるか。それがふつうの人の行動に違いない。

 しかし俺、千駄堀尽せんだぼりつくしの場合は少し異なる。

 まずすべきは周囲に人がいないかどうかの確認だ。もしいたら、そしてその人が具合の悪そうな人の存在に気づいていたとしたら、俺は間違いなくその場を去る。

 そもそも俺が用もなく道を歩くことはない。道は目的地に行くまでに通らざるを得ないものであって、電車やバスといった公共機関もその類に過ぎない。特に朝は立ち止まっている余裕はない。俺には予鈴がなるまでに教室に入っているという義務があるからだ。

 だから、たとえ具合の悪そうな人が道端にしゃがみこんでいたとしても、そこに他の人がいたら、見て見ぬふりをして通りすぎるのだ。悪いが俺には、道端で具合の悪そうな人を助ける余裕はない。

 しかし、俺の運が悪いのか、逆についているのか、はたまたそういう星のもとに生まれたせいなのか、俺は本当にその類の人に出くわしてしまう。

 今朝もまたそうだった。

 学校の最寄駅に着いた。あとは学校まで徒歩十分といったところだ。しかしその日は何だかんだと家を出るのに手間取り、いつもより遅く出た上に、駅までのバスが遅れていた。さらに電車も遅れていたために普段より二十分も遅くなっていたのだ。

 こういうことは珍しい。が、一年のうちに何度かあるのも事実だ。俺は舌打ちをしながらも学校へと急いだ。そして学校から通行を禁止されているショートカットを使ってしまった。

 その道は住宅街の一画を貫くような道で、もし通学の生徒が大勢通ると近隣住民からうるさいとクレームが入る道だったために通行禁止になっていたのだが、今日は急いでいる。俺一人が通る分には構わないだろうと通ったのだ。

 しかしそういう時に限って出くわしたくないものに出会ってしまうものだ。

 目の前に、電柱にしがみつくような格好でどうにか立っている爺さんがいた。

 なぜ電柱とダンス?

  滑稽かもしれないが俺は電柱と踊ろうとして固まっている老人を見つけてしまった。しかも俺と爺さんは目があってしまった。

 爺さんが俺に何か訴えかけるような目を向ける。

 その時の俺は急いでいて、焦っていた。普段なら自分の気配を消すのは得意だ。通りがかりの人に存在を意識されることはない。しかし不覚にも爺さんに見つかってしまった。

 爺さんが何か言葉を発した。それが何かわからなかったが、爺さんが助けを求めていることはわかった。

 どうも爺さんは弱っていて、歩けなくなっているようだった。

 俺は部活動の一環で老人施設を訪れることがあり、この爺さんがその手の施設からの脱走者ではないかと疑った。

 気づかぬふりをして通りすぎようとしたとき、爺さんの膝が折れ、腰が落ちていった。その様はまるで、小学生の頃に作ったカタカタキツツキみたいで、それを思い出した俺は不謹慎にも笑ってしまった。

 どうもこれは禁止されたコースを通ったことに対する罰らしい。

 まわりに誰もいなかった。ここは通学路ではなく、狭い抜け道なのだ。俺は自分が介入するしかないと覚悟した。

 爺さんに声をかけた。何を言っているかわからない。耳も遠いらしく俺の言葉も伝わらなかった。

 歳は八十を超えているだろう。九十近いのではないか。薄汚れた上下のジャージ。ジッパーが開いたままのウォーキングシューズは片方が脱げかけていた。尻のところが膨らんでいて、オムツをしているようだ。そして何より、手ぶらだった。

 六月の梅雨の晴れ間だったが、いつ雨が降りだすかわからない。何も持たずの身のまま抜け出してきたという感じだった。

 よく抜け出す施設の入居者なら衣服に名前が縫い付けられていたりするものだが、それはなかった。

 俺は仕方なく、いちばん近い家の呼び鈴を押して、助けを求めることにした。

 やれやれだ。

 ひとりで全てを背負わない。人を助けるときの鉄則だ。

 できるだけ多くの人間をまきこむ。俺みたいな「あっしにはかかわりねえことでござんす」人間でも、面と向かって頼まれたら断れない。

 出てきたおばさんは迷惑そうな顔をしたものの、すわりこんでいる爺さんを見て動いてくれた。

 交番に連絡してお巡りさんを呼んでくれた。

 俺はできるだけ早くここを逃れたかったのだが、おばさんの目力めぢからによってお巡りさんが来るまでそこにいる羽目になった。そのせいで一時限目は遅刻した。

 ついてない。やれやれだ。

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