第26話 前世の話

☆☆☆



女子トイレの窓から差す陽の光はすでにオレンジ色だった。

ひんやりとしたタイルはわたしの微かな体温も奪う。


ただでさえ水で濡れた制服は重く、前髪からも水滴が滴り落ちている。


「……ったぃ……」


同じ女子とは言え、お腹を蹴られたら相応に痛い。

淫らに捲られてしまったスカートの裾を戻して、壁にしがみつくようにして立ち上がる。


「……どうして、わたしは生きているんだろう……」


人気と痛みが消えるまでの1時間はいつもその事を考える。


誰かが通りかかるわけじゃないこの第二理科室側のトイレでは、痛みと恐怖に耐えている間に人が来るわけもない。助けなんてない。


お腹をさすりながら、わたしはトイレを後にした。


下駄箱のある入口は通るけど、わたしにとって下駄箱はゴミ溜めだから基本的に使えない。


バックからローファーを取り出して学校を出る。


グラウンドからは部活をしている学生たちの「ありがとうございました!」という元気な声がわたしを脅かす。


大きい音はいつもこわい。

わたしには関係なんてないとわかっていてもだ。


下校ルートを歩いていると、前に同じクラスの人がいた。

反射的に角を曲がって中道を通る。


同じクラスの神崎光也。

わたしに唯一害を与えない人。

それ故に害が生じる人。

わたしみたいなのにも挨拶をするクラスの中心人物。


こんなビショビショの状態を見られたら後が面倒。


「どうして、隠れなきゃいけないんだろうね」


そう呟いてわたしはそそくさとお家に帰った。




家に着くと、お酒の臭いがした。

ああ、今日はダメな日か。


「おひ、おめぇはただいはも言えねぇのか?」

「っがッ!!……ご、めんな、さい……」


安いカップ酒を片手にお父さんはわたしのお腹を殴った。


酔っ払っているお父さんはいつもお腹を殴る。

顔を殴るとあざを消すのが大変だという事を知っているからだ。


「ごべんなさいざぁねぇんだよああ?!」

「っぐふッ……ぅぅ……」

「こっぢに来いくそが」


今度はお腹を蹴られ、うずくまるわたしの髪の毛を掴んで引き摺った。


呻くわたしを前にお父さんはズボンを降ろして「おしおき」と言いながらわたしの口に強引に男のモノを入れた。


頭を掴まれて乱暴に前後に振られて痛いし苦しい。

苦くて気持ちが悪くて怖い。


舌や頬の内側に擦り付けられる度に吐き気がする。

息もできなくて辛い。


「……かえで……楓っ!」


お父さんがわたしを犯す時、いつもお母さんの名前を呼ぶ。


わたしは死んだお母さんによく似ているそうだ。

けどわたしは顔もよく知らない。


ここには黒崎百合子わたしは存在なんてしない。


吐き出された粘つく穢い液体を飲まされ、綺麗に舐めとらされた。

満足したのか疲れてお父さんは眠った。


何度もうがいをして、お風呂に入った。


お腹や腕の痣はしばらく消えそうにないな、なんて他人事のように思った。


それでも今日はマシな方だ。



☆☆☆

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