第7話 ご令嬢は共犯者になりたい

 ルディウスは不機嫌そうに舌打ちをすると、ドカッと近くの椅子を蹴り飛ばした。

 一方、倒れてきた椅子に「ひっ!」と悲鳴を上げるエリックは、現れた生徒がルディウスであることに気がつくや否や、光の速さでゴマすりの姿勢に入る。


「でっ、殿下ではないですか〜! いやぁ、最近男らしさに磨きがかかってらっしゃる〜……! 如何でしょう? 私とこの席でランチをするというのは。可憐な令嬢たちも呼んで参りますよ〜!」


 変貌したルディウスを恐れて距離を置いていたくせに、本人を目の前にすると手の平をくるっくるに返すエリック。


 マルティナはそのことも不快だったが、ルディウスが平民虐めに加担して、女の子たちとランチを始めてしまうのではないかと一抹の不安を抱く。

 だが、そのような心配は無用だった。


 ルディウスは、「あぁん?」という威圧的な声と共にズカズカとエリックに歩み寄ると、ジロリとその顔を眺め回す。

 そして、おもむろに口を開く。


「てめぇ、馴れ馴れしいな。どこのどいつだ?」

「わ、私をお忘れですか、殿下ぁっ? カルロス侯爵家のエリックにございます! いつもお側におりましたではありませんか!」

「あぁ? 有象無象の太鼓持ちの顔なんざ、オレは覚えてねぇ」


 バッサリと切り捨てられたエリックを見て、平民の生徒が堪え切れずクスクスと笑いを漏らしている。釣られて、一部始終を眺めていた生徒たちも滑稽だと笑い出す。


 そしてエリックはというと、真っ赤になって「そんな……、そんな」と悔しそうに下唇を噛みしめ、尚も必死にルディウスにすがりついていた。


「殿下、ご冗談ですよね? 平民なんかを庇って、私を貶めるなど有り得ない! だって、私は未来の殿下の右腕に……!」

「はぁ? 右腕ぇ? 俺は誰ともつるまねぇ! んな気色悪きしょくわりぃ妄想してんじゃねぇよ!」


 きっぱりと言い切ったルディウスに気圧され、エリックはよろよろと後ずさる。顔面蒼白で、全身をぶるぶると震わせている。


 彼は次男であるため、家督を継ぐことができないのだ。

 伯爵家の一人娘であるマルティナには想像もできないが、アルズライト王国の貴族の次男坊や三男坊は己の実力で成り上がらなければならず、その道は険しいという。

 だから、エリックは次期国王であるルディウスに取り入り、確固たる地位を築こうと日々太鼓持ちをしていたのだろうが、残念ながらその努力は泡となってかき消えた。


(あぁぁ〜! 太鼓持ち令息を一刀両断される殿下、素敵ですわぁぁ〜っ!)


「く……。殿下に見捨てられたら、オレは終わりだ……。終わりだぁ……」


 胸を熱くして身悶えしているマルティナとは正反対に、エリックは絶望した人間の見本のような顔でフラフラと大食堂を去っていく。

 ルディウスに名前すら覚えてもらっていなかったことは少々気の毒だが、これを機に平民虐めをやめて、大いに反省してほしいものだ。


 そんなエリックの背中を見送る平民の男子生徒は、ルディウスに怯えつつも、「助けていただき、ありがとうございました」と礼を述べていた。

 今の彼には、ルディウスがかっこいいヒーロー、若しくは救世主のように見えていることだろう。直接助けられたわけではないマルティナの瞳にも、そう映っているのだから。


 だが、ルディウスはヒーローとは程遠い鬼の形相で、彼だけでなく周囲を見渡し、


「やり返さねぇ弱ぇ奴も、見て見ぬふりしやがる日和見主義者も、俺の国には要らねぇからな。一人残らず追放してやる」


 と、恐ろしい独裁者のような台詞を吐き捨てた。



「殿下、ちゃんとどういう国を創りたいか考えていらしたのね」

「マルティナ様。盲目は程々になさってください」

「今は、冷静ですわ」


 ルディウスのせいで氷点下のように冷たい空気に包まれた大食堂の片隅で、マルティナはステラにたしなめられていた。

 だが、胸の内ではルディウスの言葉をじっくりと噛み締め、思考を巡らせていたのだった。


(女だからといって傍観者を決め込んだわたくしに、殿下のお傍にいる資格はあるのでしょうか? ただ愛されたいと思っているだけで、いいのでしょうか……?)




 ***

 マルティナは、若い時分に【雷槍将軍らいそうしょうぐん】と恐れられたミハイル・トール・ローゼン伯爵の娘だ。

 父ミハイルは雷魔術で無双の騎士として名を馳せ、その功績から王国の軍事の要である軍務卿の地位を得た。


 その血をマルティナは濃く継いでいる。

 物心ついた頃から雷魔術を巧みに操り、成長と共に魔力量もどんどん増している。

 ほとんど試したことはないが、母親が得意としていた水魔術の素養も備えており、ミハイル曰く、適正な修練を積めば父をも超える魔術の使い手になるとのことだった。


 だが、女のマルティナに課された任は魔術を極めることでも、騎士になることでもない。マルティナの役割は、「王を飾る華」。夫の数歩後ろで微笑むこと。そして、優れた跡継ぎを産むことだ。

 これは、マルティナに限らずアルズライト王国の貴族の女性全てに当てはまることで、愛がなければ道具のような扱いを受けることもしばしば。政治や戦いにおいて女性に期待されることなど、何もないのだ。


(だから、わたくしは教養やマナーやダンス、最低限の魔力コントロールしか教えられてきませんでしたけれど……)


 教えてもらえないのであればと、マルティナは王妃教育や学院での授業とは別に、語学や政治、算術といった勉強を独自に進めていた。しかし、それでも他の女子生徒と変わらないほどに、有り余る空白の自由時間を過ごしている。

 魔術学院の女子生徒が男子生徒に比べて圧倒的に時間を持て余している理由は、将来求められる技能が少ないからだ。女には魔術も剣術も政治知識も必要ない。男に守られていればいいという考え方が、全体に根付いて久しい。


 そんな歴史が、魔術学院の歴史学の授業では詳細に語られている。

 この授業はマルティナとルディウスが一緒に受ける数少ないもののひとつであり、彼を尾行せずに堂々と観察できる時間だった。


 そしてマルティナは、「さあ、いつでもいらして!」と、教室で今か今かとルディウスを待ち構えていたのだが。


(殿下、いらっしゃいませんわ! 授業が始まってしまいましたわ!)


 始業のベルが鳴り、歴史学の授業が始まってしまった。待てど暮らせど現れないルディウスにマルティナがヤキモキしていると、教室の後ろのドアから侍女のステラがひょっこりと顔を出したではないか。

 彼女はどこからともなく白いスケッチブックを取り出すと、そこに何やら文字を書き、こちらに向けて来た。


『ターゲット、中庭にあり。サボタージュする模様』


 それを目で読み、マルティナは「まぁ! ワルですわ!」と思わず小さな声を上げてしまった。

 つまり、ルディウスが授業をサボっているということだろう。せっかく同じ授業だというのに、彼に会えないことなどあっていいのだろうか。いや、あってはならないだろう。


(わたくし、NEW殿下のことを知らなければなりませんもの)


 マルティナは緊張で弾けそうな心臓を押さえながら、スッと手を上げて意を決して叫ぶ。


「先生。わたくし、気分が悪いので医務室に参りますわ!」


(KEBYOU&SABOTAGE! これでわたくし、傍観者ではなく共犯者ですわね!)

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