止められない行進
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十月二十九日、午後の二十二時。
あるテナントビルの中にて。
そこには、道化師と中肉中背の髭を整えている男性が話し合っていた。
その男性は、鬼の愛護活動を行っており昨今の鬼に対する冤罪殺害に激しい怒りを抱いていた。
そんな中、道化師と知り合ってしまったのだった。
「いやぁ、噂の道化師殿に出会えるとは……!!
聞けば、貴方の殺人は鬼を守るための行為が多いと聞きまして……私としてはそうしてくださる方がおられるのは非常にありがたいことです」
「“ワタシとしても、貴方のような人の身でありながらも鬼と人を平等にするための架け橋を築いてくださる方と会えて嬉しい限りだ”」
握手を交わし、二人がソファへと腰を下ろす。
「私は明日、予定通りに亜人種課に抗議のデモ行います」
「“ありがとうございます。ならば、ワタシは以前にお話をした通りにテレビをジャックして亜人種課の殺害現場を流しましょう。
そうすれば、あなた方のデモに関心を持つ方々が増え、意見に賛同してくれる方がいる筈だ”」
「これも全て貴方のおかげです……!
無償で同志たちを集めてくださるだけでなく、道具まで用意してくださるとは……!!」
深々と頭を下げ、男が道化師に感謝を述べる。
「“当然のことだ、ワタシは乱暴なことしか出来なかった屑。
しかし、あなたは話し合いをするべく、しっかりと然るべき手段を取ったんだ。
……素晴らしい、惚れ惚れするよ”」
道化師は男を囃し立てる。
その道化師の言葉に男は調子を良くし、自身の理想を嬉々として語り始めた。
「私には夢があったんです、それは鬼と人が幸せに、平等に手を取り合える素晴らしき世界へとしてみせると!!
……恥ずかしながら、この思想を否定されて自信を喪失していた私はネットでしか亜人種課を叩けませんでした……
しかし、貴方のおかげでそんなことをする必要は無くなった。
貴方は……私の恩人です。
今はお尋ね者でも、国のトップに立った際には、貴方の罪を消してみせますとも!!」
「“……それは頼もしい。
期待していますとも、│
貴方のその勇気ある行動に、ワタシは感服しました……と、申し訳ないですが、ワタシはこれでお暇します。
これから、少し用事があるので”」
「おや、それは寂しいですが……お気を付けてください」
小沢が、少し寂しそうな表情を浮かべながら道化師を見送る。
道化師が去り際にピタリと足を止め、
「“さようなら、鬼の為に尽力せし勇気ある方”」
と、小沢をそう評して部屋を後にしたのだった。
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道化師は、自身の隠れ家へと帰還して、会議室と定めてある場所へと向かう。
「失礼」
短く謝罪を述べる。
その部屋の中には、報酬目当ての亜人種課の面々が涎が垂れそうなほどに、凶悪かつ有名な者達が揃っていた。
白スーツを血染めにするほど凄惨な殺し方をする、猟奇殺人者の
その舎弟分である、髪を派手な金に染めた青年の│
そして、顔立ちは中性的かつ美しいと称される男、
そして、亜人種課を裏切り、劇団へと入った
更には───────二十年前に東京に大火災を起こし、民間人の大虐殺を行った男、荊棘 巽。
そういった、顔ぶれの者達が入ってきた道化師の方へと振り向く。
その中で、伊藤と宮塚は振り向きざまに短刀を道化師に向かって放った。
プロ野球選手のピッチャーよりも早い、その投擲が道化師の顔面へと迫り─────
「危なっ」
それを、道化師はなんなくとはじき飛ばした。
その結果を見て、伊藤と宮塚は舌打ちをし、
「テメェ……なんで斎藤を見殺しにした!?」
「そうだぜェ道化師よォ!!
お前が陽動作戦で亜人種課の奴を少しでも削るって作戦うったんだろが!!
それをビビって逃げ散らかしやがって!!
エンコ詰めさせるぞゴルァ!!!!」
怒りを滾らせる伊藤と、怒りをぶつける宮塚。
それを、道化師は自身の飄々と受け答えるのだった。
「“いやね、予想外のイレギュラーがあったのです。
……かの作戦で鍵となる源 未音がいてね”」
「源……義博の倅か。
いや、もしやアレ《・・》か?」
伊藤が、口を開く前に早く巽が問う。
僅かに口角を吊り上げ、まるで予想していなかった馳走にありつける番犬のような笑みで、彼は帰ってくるであろう答えに、嬉々として待ち望んでいた。
「まぁ、そうね。
でも違うでしょボス?」
明導院がちらりと道化師へと視線を向ける。
その視線は牽制するかのように。
『逃走』は許されないと、道化師に釘を刺していた。
「貴方が逃げたのって……あの女のコがいたからでしょ?」
「……やめろ」
声を震わしながら、道化師が否定する。
そんな、道化師の姿を見て宮塚はさらに怒りを加熱させる。
「女? なんだ、惚れた女でも居たってのか?
そんなんで斎藤を見殺しにしやがって……テメェ殺すぞ!!」
「───────おい、竜司。
お前には昔言っただろう? あまり強い言葉を使うなと。
弱い犬程よく吠えるとはよく言ったものだとな」
「お、オヤジ……」
しかし、そんな荒ぶる業火の如き宮塚に、冷静に水を掛けて消火するのは巽であった。
消火した後に、巽が道化師へと振り向いた。
「おまえが腰抜けの大将だとしたら……オレは今すぐにそこの男女からお前が腰を抜かす原因の相手を問い質し……その相手の元へ行ってやるが?」
「そうすれば、ワタシは貴方達へ報復を必ず行う。
……貴様の倅を殺してやる」
仮面のような顔で彼の表情では巽は読み取れなかった。
しかし、明確に敵意を剥き出しにしたのは、その言葉で感じ取ったのだった。
「オレは倅なんぞ殺されてもいい。
……しかしなんだ、そんな感情を出せるのなら始めからそうするべきだろう?
何を躊躇うのかは知らんが、お前もオレも同じ殺戮者だ。
ならば振り切って、最期まで狂い踊れ。
道化師などという、大層な渾名に相応しくなるだろう?」
巽の言葉を受け、道化師が沈黙する。
怒りを飄々と躱した男が、たった一人の狂人の言葉に完敗を喫したのだった。
「さてと……オレはそろそろねぐらへ帰る。
明日の打ち合わせの為に集めたのだろうが……オレはやりたいように勝手にやるさ。
そうだな……│
「オヤジ、あいつには期待しない方がいいです。
「黙れ、お前にはあの男の真価が分からないだけだろう。
橘花を奇跡的に殺すことが出来た守人、お前なんぞに分かる話ではないだろうがな」
刺し殺すかのような視線に、伊藤は口を塞ぐ。
それだけの圧が、彼にはあったのだった。
「待て、荊棘巽。
アナタには別の獲物を相手にしてもらいます。
アナタは……この方の相手をしてもらいましょう」
道化師が、トランプを巽に投げる。
巽がそのトランプを受け取り、確認するとトランプには玄人の写真がプリントされていた。
「コイツは?」
「煌月玄人。
亜人種課の中で最大の戦力を持つ化物です、彼を野放しにすれば我々は壊滅する」
「ほう……それくらい強いということか。
しかし、オレはどうしても義博とやり合いたい。
悪いが、先に遭遇した方と戦わさせてもらう」
「……仕方がありません。そうしてもらいましょう。
さて、竜司クン。
貴方には和歌山へ行ってもらいます。
一、二万程の団員を連れて行ってもらいましょうかね。
……道成寺、そこに置かれてある例の呪装具を取りに行きなさい」
そう言い、道化師が地図を投げる。
その地図を受け取る宮塚だったが、どこか不可解そうに顔を顰めていた。
「……どうしました?
何か、違和感でも?」
「なんでアニキがいねぇ?
アニキも和歌山組のはずだっただろ!?」
「齋藤の穴埋めです」
「ふざけんじゃねぇぞ……このカスがァ!!」
宮塚がついに堪忍袋の緒を切らし、荒々しくテーブルを殴り割る。
そのまま、自身の傍へ置いてあった刀を鞘から抜刀し、道化師の首筋へと軌道を描く。
その間、僅かコンマ数秒。
通常の人間では反応できない速度だった。
しかし、道化師も人ではない。
その速度の一太刀を、首を硬化させることで防いだ。
「……今のは、裏切り行為とみなしてもいいので?
アナタの代わりなんぞいくらでも居ますし───────」
「ちょっと二人とも!!
アタシを取り合って喧嘩しないでよ!!」
これ以上はマズイ、そう感じた玄司郎がいち早くに二人の間に割って入り、仲裁する。
「……守人ォ、あんたがそう言ってよォ!!
爆笑間違いなしよォ!?」
「あのね、僕がそんなこと言ったらむしろシラケるよ。
キミ、前に試したじゃないか」
ほぼ理不尽に責められた伊藤が、冷静に返す。
そして、彼は竜司に優しく呼び掛けた。
「竜司、ここは我慢してくれ。
大丈夫だ、キミならやれるさ。
和歌山の亜人種課は雑魚だしね」
「……了解だぜアニキ!!
略だが、何とかしてやるぜ!!」
「癪、よ竜司チャン」
玄司郎が肩を竦めながら、座っていたソファへと戻る。
そして、コーヒーカップを手に取り、入れて欲しいった珈琲を一口飲んだ。
「……やっぱり、ジャコウの珈琲は格別ねぇ、人でも同じことできるのではないかしら?」
「身体の構造が違うから無理だよ」
道化師がそれだけ言い、紅茶を一口飲む。
「……次に、伊藤はBエリアを。
明導院は……空港を頼もう」
「了解、じゃあ道化師。
テメェはAか?
んで、なんで玄司郎は空港を襲わすんだ?」
「明日、風魔の当主が帰ってくる。
奴は煌月と並ぶ危険人物だ、だから玄司郎に奇襲を仕掛けてもらう
……そして、源家は本多クンに任せる」
なるほど、と伊藤が頷く。
しかし、どこか不服そうに本多が道化師を睨むのだった。
「待てよ、私はなんで源家なんかを?」
「錬鉄さんのアレを装備できない時点で、キミには悪いが……ハッキリ言って戦力外だ。
いくら刀がよく切れても、実力が伴ってない下級は必要ない」
「なんだと貴様……ッ!!」
柄を握り、今にも本多が斬り掛かろうと道化師に接近する。
それと共に、本多を応援する訳では無いが共に大太刀を巽が掴んだ。
龍の瞳のように、道化師を睨むと巽が道化師に忠告をした。
「先程も言ったが……源を舐めるな。
そこの人間もだ、アイツらは選りすぐりの先鋭揃いなんだぞ?
現に、オレが源の血筋を持つ二人に殺された」
「しかし、彼は老衰している。
……理解できないか、荊棘?
貴方は否定したいのだろうが……全盛期を過ぎた虎など、取るに足らない相手なのだよ。
それを裏付けるかのように、現当主の義博は表立って鬼狩りの家業をしていない。
今、してると言えば亜人種課の学校で教鞭を取っていることくらいだ。
前線から離れたんだ、彼は。
鈍っているのはほぼ確実だろう?」
道化師の発言に、巽は笑みを浮かべた。
否、この場にいる全員に呆れたのだった。
その驚異を目の前で味わったであろう過去の部下達にも、そして肩を並べて戦ったであろう本多に。
そして───────そんな驚異を実感していないからこそ、呑気に言えるであろう目の前の道化に。
「せいぜい祈っておけ。
それに、オレは好き勝手に動くと宣言はしているからな」
そう言い、巽は部屋を出ていった。
それが、解散の合図となり道化師は会議を終えることとした。
「明導院、キミは残れ」
しかし、玄司郎を呼び止め、二人きりの空間を作り出した。
全員が出ていったのを窓から確認して、道化師を口を開いた。
「─────余計なことを言ったな。
なんで、彼女の話を出した?」
「馬鹿ね、やる気が無いのは目に見えてるからよ。
無理やりにでも捻り出して貰わないと困るの、分かってちょうだい」
「でも、彼女は死んだって……そう言ったよな貴方は!!」
床の一部を、杭へと変化させて玄司郎の頬を掠める。
気にすることなく、玄司郎が道化師へ優しく愉し始める。
「ごめんなさい、これは確かにアタシのミス。
……ホントに死んじゃったと思ってたもの。
だから、アタシは貴方のその復讐心を利用しようと企んだ、コレは前に言ったわね?
正直、アタシも貴方が決心させる時間がいるとは重々承知よ。
でもね、貴方……下っ端とはいえ、ほかの劇団の子達が在籍してる理由って知ってるよね?」
「……亜人種課に冤罪で大事な人を殺された恨み、又は人に虐げられた恨みを持つ鬼や人達の集まりだろう?」
そうよ、と玄司郎が頷く。
「日程を決めて、延長なんてなったら我慢できない子達が出てくるのは明白。
そこから、組織が崩れるのは避けたいの。
貴方には辛いと思うけど、覚悟を決めてちょうだい…………巴チャン」
巴、そう呼ばれた道化師が顔を手で隠す。
数分経ち、彼はただ一言。
「わかった、理解した」
そう、呟くのだった───────
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