血染める覚悟
同日十九時にて。
「亜人種課は今すぐ解散しろー!!」
「鬼を理不尽に殺す殺人集団だ、お前達がされたら嬉しいか!?!?」
「お前たちこそ真の鬼だ、あの世で詫びろ!!」
亜人種課、東京本部の前に大勢の集団が集まり、必死に大声で抗議していた。
│
しかし、今回は特にいやらしく違反行為である道路の妨害を彼らはしており、帰ろうとする職員の車の前に立ちはだかったりと、かなり危ない行為を行っている。
他の警察組織も、亜人種課に対してはとても薄情で、『警察なんだから違反デモくらい何とかしなさい』と突き放したらしい。
「……面倒だな、本当に」
窓でそんは光景を眺めながら、深々と溜息を吐き、玄人さんが珈琲を飲む。
先程まで別の県にいた彼は今回のことを耳にした途端、
『……とりあえず、珈琲を飲ませてくれ』
崩れ落ちながら、そんなささやかな願望を口にしたのだった。
「なぁ未音、なぜ亜人種課が発足されたと思う?」
「逮捕では収まりが聞かなかったからではないでしょうか?」
その通りだ、と玄人さんが頷く。
「鬼が牢屋を壊して逃げる事件が頻発したからだ。
当然だが、そんな身体能力の高いバケモノを駆除しようにも鬼狩りの一族だけでは手が回らなくなり、犯罪を起こす鬼が多発したため、亜人種課が発足された。
要は、人が鬼を殺すべきだと意見が一致したから、亜人種課は発足されたんだ。
だというのに、今度は今すぐに解散すべきだと糾弾する。
彼らは全く、自由なことをしてくれる」
「……彼らに肩入れをするつもりではありませんが、オレはこうなっても仕方ないと思います。
無罪なのに、勝手に罪を押し付けられて殺されるなんて……そんなの」
何故、悪行をしていない者たちが理不尽に裁かなければならないのか。
免罪符すら買わせてくれない、圧倒的なまでの理不尽な死、それをオレは見た。
大事な人がそんな理不尽の化身に殺された、だからオレは理不尽は大嫌いだ。
「私は、それこそが正解だと思う」
───だから、オレの復讐を支援すると言ってくれたこの人がこんなことを言うなんて信じられなかった。
……裏切られたという憤怒の情が、自然と湧いてくる。
「理由は単純だ。
私は、そもそも鬼という存在はいてはいけないと、思ってしまうんだ」
「そんなわけないでしょう!
鬼だって、誕生した以上は絶対に意味はあります!」
「そうだな。人が勝手に生み出し、人が勝手に妬んで迫害し始めた……気安く新たな命を誕生させてはいけないという、人の業を未来永劫語り継ぐ為の存在としてしか、もう意味は残ってないだろうがね」
「な─────」
絶句するオレを尻目に、玄人さんが続けた。
「迫害された起源から、彼らは復讐する運命を背負ってしまう。
知っているか、近年で殺人を犯す鬼の大半は人への復讐が目的だ。
過去にも、人への復讐で鬼達が徒党を組み人と争ったこともある。
……まるで底のない螺旋階段のように深みへと堕ちていくようだ。
そして未音。君も人ではないが、伊藤という鬼に復讐心を抱いている」
……言われて、確かにと納得してしまった。
悔しいが、確かに鬼の大半は復讐心を抱いている。
それは、伊藤もだった。
あの日、アイツは楓季さんに自身の組が潰されたと恨み節を吐いていた。
逆恨みではあるが、玄人さんの言葉は合っていた。
「その階段を怖す術があるとすれば……それは、種の滅亡だ。
鬼という亜人種がいなくなれば、その絡みあった復讐の螺旋階段は瓦解される。
もう深みへと堕ちることはない、血塗れの山頂へと早変わりする。
……つまりは、どこかの時代の者たちが手を真っ赤に汚し、その山を作らなければならない。
その時が来れば私は、何時でも手を汚す、汚させる。
これより未来、数多の復讐のうちの幾つかが減るというなら」
玄人さんの確かな覚悟が、瞳に揺らいでいた。
その姿はまるで、ゲームの中の勇者のようだった。
「……すまない、鬼の血を引く君には少し嫌な話だったかもしれない」
「いえ、勝手に楓季さん達のことが頭に浮かんでしまっただけです。
申し訳ないです、玄人さん」
「気にするな……それは正しいことだ。
さて、それでは違反行為を行っている彼らを少し注意するとしようか」
言った瞬間、玄人さんの姿が消える。
そして、次の瞬間には玄人さんはデモをしてる民衆の前へと立っていた。
「君たち、そのデモはしっかりと届け出を出したのか?
道路を占領するデモなどは違反だし、それを整備するための警官や警備員の姿も見えない。
主催者を出してもらおうか?」
「うるせー!!
人殺しは黙っておけー!!」
「そうだそうだ!!
テメェらだって違反をしてんだ、オレらだってしても───」
「それだと、君達はその違法を犯した亜人種課のバカ達と同じレベルになるが宜しいのか?」
圧のある、玄人さんの言葉にデモ集団は一斉に黙り始める。
……勇者と例えたが本当にそう見えてきた。
それくらい凜々しき態度、毅然たる様だった。
「……彼らは謹慎としているが、確実に冤罪処刑を行ったと分かれば直ぐに投獄、そして裁きを受けるのは確定だ。
数によっては死刑になる……いや、事の重さをみれば、数など関係なしに死刑になるだろう。
そうなれば、冤罪で鬼を殺すなどという馬鹿なことは起こらないハズだ。
さて、今回は警告だけで済ますので主犯の方を出したまえ、しっかりと注意させていただこう」
こうして、亜人種課の前を占拠するデモは終了された。
後日の報道によると、数はおよそ一万人程のデモであったという。
さらに、こうも迅速に違反デモを終了させた玄人さんのことも報道され、賞賛の言葉が送られたのだとか。
――――――――――――――――――――――――
十月二十五日、午前十五時。
亜人種課の玄人専用の部屋にて。
そこには玄人とあと一人、未音の同僚である麻上 巴の姿があった。
麻上は接待用に置かれてあるソファに腰を下ろし、足を組みながら玄人にある話をしていた。
「あのぉ、そろそろ俺らもさァ伊藤の捜査させてくだせーよォ。
金なら大量に積みやすって、ね?」
「……金の話ではない。
単に私は、君に伊藤の相手ができるのかが疑問なだけだ」
「……あ?」
麻上が玄人を睨むが、意に介さず玄人は続けた。
「君は確か、訓練校を首席で卒業したな。
……鬼狩りの名門、因幡、風魔、源を退けてよく首席を勝ち得たものだ。
しかし君は相手に油断するというあってはならない弱さを抱えている。
伊藤は狡猾、そして現存する悪鬼達の中では五本指に数えられるほど強大な鬼だ。
悪いが君は、伊藤の死んだフリにでも騙されて不意を狙われるのは目に見えている」
「……ならよォ玄人サン。
今、ここで試してやろうか、あ!?」
言いながら、麻上がナイフを投げる。
くるくると円を描くナイフは三本に分裂し、玄人の頭部、背部へと進撃する。
しかし、そのナイフはいつの間にか、麻上では目に捉えきれない速度でうち払われていた。
「……はぇ?」
「───言ったろう、油断がダメだと」
呆然としていたが、すぐに玄人に顔を掴まれ、無造作に壁へと投げられる。
背中から壁に激突した麻上は、そのまま倒れてしまった。
「いっ……てぇなクソ……!!
ざけんな、このクソ───!?」
「相変わらず語彙力が乏しいな。
本当に全成績を首席で納めたのか?
これならば、蒼龍の方が圧倒的に上だぞ」
麻上の腹部を蹴り上げ、玄人は再び壁へと打ち付けられる麻上を冷ややかな視線で眺める。
玄人には、圧倒的な見下しがあった。
麻上に対する、軽蔑を全てぶつけるかのような、その視線に麻上はさらに額に血管を浮き出す。
「……なんだァその眼?
とてもじゃねーけど妹を殺しちまったカスの眼じゃねーなぁ!?
死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね…………!!!!
死にやがれゴミ人間がァ!!」
深夜のような漆黒で彩られた、短剣を麻上が裏ポケットから取りだし、深々と自身の身体へと刺し込む。
痛みに顔を歪めてもなお、麻上は玄人へ侮蔑したことへの殺意を向けていた。
「……オレのこの│
血を、硬化させて操ることが出来んだよォ!!」
麻上が叫ぶ、それと同時に完成される即席の血の針。
数にして十数本あまり、その針全てが玄人へと向かって奔る。
その速度は常人では目で追えないほど速く。
距離にして五メートル、その間を一秒ほどで到達できるほど速く。
急所へと確実に向かって、その針は玄人を穿こうと奔る─────!!!!
「学習しないのか、お前は」
しかしそれらは再び、全てうち払われた。
呆れた口調で、麻上に対して玄人が呟く。
「もういい、貴様は元の持ち場へ戻れ」
彼が言い終えると、麻上の目の前に“扉”が現れた。
「こ、こりゃあまさか……!!
き、禁呪、『転移』……!?
でも、詠唱は───!」
どうしたと、言う寸前に玄人の首飾りを見て、納得した。
それは、未音の亡き友の呪装具。
呪術の詠唱を、簡略できる効果のある破格の呪装具だった。
「これを、受け継いでな。
……道化師は阿呆だよ、なんせコレを破壊しなかったのだからね」
麻上は光に包まれ、玄人の部屋から姿を消したのだった。
麻上の姿が無くなったのを確認して、玄人が自身の椅子へと腰を下ろし、ため息を吐き出した。
「……遊びにもならん、戯れだったな」
小声を漏らし、玄人が資料へと目を向ける。
そこには、玄人の鎌のみならず、メイスや、銃剣、そしてレイピアといった西洋の武器の写真が並んでいたのだった───。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……クソ、クソがァ!!」
玄人によって、自身の席へと移動させられた麻上は周囲の視線を鑑みず、地団駄を踏んだ。
彼が優等生という殻を被っていたのもあり、イメージとは大きくかけ離れた麻上の上司達は困惑していた。
───これが、あの麻上なのか? と。
「……操られてるとか?」
「もしやすると偽物の可能性とかもないか……?」
ヒソヒソと、主役の麻上を差し置いて勝手に話し始める彼らを見て、当の本人の怒りはさらに荒々しく増していく。
「うっぜぇな万年下っ端のカス共が……!!
ぶっ殺すぞクソが!!」
ヒートアップしすぎた麻上が、机を蹴ると机は深く凹んでしまう。
その遠慮の無さに、勝手たる井戸端会議を開いていた者達を心底から震え上がらせた麻上は舌打ちをしながらオフィスから出ようと怒気を纏いながら歩く。
そんな矢先にオフィスに光が入り、麻上に冷ややかな視線を送った後、
「……ここは貴方の家じゃないのだけれど?
躾のなってないワンちゃんの真似はもう見飽きたわよ」
しっかりと、彼を罵倒したのだった。
「なんだァ、テメェ……!?」
言い終わるよりも早く、麻上は光の元へ走り、胸ぐらを掴んで睨みつける。
およそ十五メートル程離れていたというのに、あっという間に距離を詰めたのは、怒りによる力の暴発によるもので、麻上は今にも事を起こしそうな程、気が立ちつくしてしまっていた。
このまま殴ってしまおうか、そう考えていた麻上だったが───
「麻上、落ち着けって。
どうしたんだよお前、最近は良い奴だなってなってきたってのに?」
未音が制止の言葉を投げ掛けたため、直ぐに光の胸ぐらを放した。
そして、何事も無かったかのように。
「ワリ、ちょっとゴキブリが服に付いてたんで取ってやろうかなって」
などと、確実に嘘のことを言いその場から離れた。
「大丈夫だったか?
すまない光さん、後で巴にはしっかり──」
「大丈夫よ未音くん」
光は、麻上に向けた冷ややかな視線とは一転し、温かな微笑みを未音へと浮かべた。
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「クソ、なんなんだよ今日は……っ!!」
自販機に売られてあるココアを飲み干し、四方形のゴミ箱へ向かって投げる。
いつもは見事なまでの軌道で、ゴミ箱へと入っている麻上の缶投げは、今日は最悪だと決定づけるかの如く、ゴミ箱の角へと当たり、床に弾き落とされた。
「あーもう、缶までかよ……!!」
舌打ちをし、麻上が缶を拾ってゴミ箱へと入れる。
その直後、彼の胸ポケットに入れていた携帯が振動した。
「あぁ? 誰だよ……」
苛立ちを隠せないまま、彼が携帯を取り出し、電話相手を確認する。
そこには自身の父の名があったのだった───
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