少女は駆け出し、笑顔で突き落とす

 昼間に見た、幽霊は女性だった。

 つまり、今、頭に響いてくる声の主は昼間の幽霊で、オレに取り憑いていたということだ。

 そして、楓に憑いた。

 恐らく、俺の捜査を邪魔する為に。


「なるほどな、その子を殺されたくなかったら大人しくしろ、ってか?」


『何を言ってるのかしら? ワタシは、別にあなた達の捜査とかどうでもいいのよ。

 それよりも、この子もワタシの仲間に入れてあげたいなって思っただけだもの』


 仲間……つまり、殺すってワケか。

 そんなことさせるはずがない、全力で阻止してやる。

 楓は、数少ないオレの支えだ。

 死なせるわけには、絶対に─────!!

 しかし、オレのそんな決心はいとも容易く打ち砕かれるのだった。


『一応言っとくと、今はこの子の身体を乗っ取ってるから、ワタシに攻撃するってことは、この子を殺すということになるわよ?』


 ……汚い奴だ、本当に。

 つまりオレは、楓を飛び降り自殺させないようにする為には、先ずは幽霊と楓を引き離さなきゃダメだ。


 ───イチか、バチかやってみるか?

 脳裏に、授業の内容を思い出す。

 遅ければ楓は死ぬ、それを避けるべくしっかりと埋もれていた教師の授業を掘り返す。


『“───えーまず前提としては。この世界には呪術と呼ばれるものが存在します。詳細は省きますが、呪術を扱うには心臓付近にある臓器、呪変臓と呼ばれるものが必要ですが、鬼や、鬼と人のハーフにはコレは基本、存在しません。

 何故ならば、鬼の本来の用途は悪霊を片付けることなのだからですね。

 ハーフの方は純粋に鬼の血が濃く引き継いでしまう場合が多いからですね”』


 脳裏に、かつて受けた授業を思い出す。

 確か、呪変臓は元々は幽霊からの接触を受けないように呪力というバリアを生成する為に機能しているらしい。

 呪変臓の無い鬼は霊への接触、及び攻撃することが可能なのだという。


『“しかし、厄介なのは他人の身体を乗っ取る幽霊でして、その場合は乗っ取られた人体に攻撃するしかありません。

 それか、幽霊にその身体は意味が無いと思わせることでしょうか”』


 意味がないと思わせる、それはこの場においては不可能だろう。


 なら、オレは───


「…………」


 ─────敢えて、ここは逃そう。


 ハッタリなんて通用するか分からない以前に、オレはそんなに器用なことが出来ない。

 だらりと腕から力を抜いて、オレは楓を見つめる。

 幽霊は隠れるのが上手く、輪郭すら見せてくれなかった。


『あら、許しちゃうの? つまんないの。

 なら、この子は貰っていくわね。

 バイバイ、次にこの子と会う時は遺体になってる頃だわ』


 至って冷淡とした様子で、幽霊は楓の身体と一緒に、外へと出ていった。

 少し経った後に、オレは携帯へ電話を取り出して蒼龍に電話を掛けた。

 麻上に掛けたところで、というところはある。

 だが、そもそもこの状況になった場合、最適解なのは蒼龍か藤也で、藤也は基本『頑張れー』と言うだけで、実質、蒼龍しか頼れない。


『どうした未音?』


 すぐに蒼龍が出てくれた事に感謝しながら、オレはすぐに助力を願った。


「本当にごめん蒼龍、楓が────」


 事情を説明し、蒼龍は分かったと電話を切る。

 ……急いで、廃ビルへと向かおう。

 オレは、勢いよく家を飛び出して、昼間に行った廃ビルへと向かうのだった。

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