試練

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 義博に連れられて、オレは、屋敷の地下へと着く。

 地下には、リングのようなモノが造られており、何か催し事でもやるのか、なんて場違いなことを考えてしまう。


「貴様に出す修練、ソレは……私が生け捕りにした、ある鬼と殺しあってもらうことだ。

 しかし、貴様は運がいい。その鬼は今、かなり老衰していてな。

 貴様ごときでも首を獲れるやもしれんぞ?」


 義博が、修練を説明し終えると早速、反対側から人影が現れる。

 顔を髪の毛で隠している無気力な青年……義貴よしたかに首輪に繋がった鎖で引っ張られているソイツは、年齢は五十は超えているであろう男だった。

 体も細く、目には生気が無かった。


「明日の朝まで殺し合え、殺せなかった場合は未音、貴様には先程言った通り……」


「分かってる。諦めろってんだろ?」


 然りと、義博が頷き、オレをリングへと登壇させる。

 リングにまで着くと、気付いたことがあった。

 それは、こびりついた、血で床全体が赤黒かったことだ。


「忘れていた。……この刀を使え、未音」


 背後から声を掛けられて、オレは振り返るとオレの目前には、刀身が剥き出しの刀が円を描きながら迫っていた。


「───うぉっと!?」


 上手く刀を掴み取ると、義博は悔しそうに舌打ちをした。

 ……こんなところでもオレのことを殺そうとする肝の太さに内心ゾッとしながら、オレはリングに上がってくる男を見据える。

 やはり、生気のないその男はどこか、死を求めているようだった。

 男を引き摺っていた義貴は、鎖から手を離すと直ぐにオレの方まで駆け寄り、


「……調子に乗るなよゴミ。キミなんか、殺されちゃえ」


 オレの耳元で囁き、そのまま逃げるように地下から走り去った。


「フン、軟弱者が何を吐き捨てるか。

 気にするな未音。奴もまた、貴様と同じくただ飯食らいの屑だ。

 さて、私も帰らさせてもらおう。明日の朝、楽しみにしているぞ?」


 それだけを言い残し、義博は去っていった。

 足音が遠くなっていくにつれ、オレは目の前の男と二人きりということを自覚していくようになり───


 地下へと続く扉が閉まる音がした瞬間に、鞘から刀を抜く。

 斬ればいい。斬ればいい。斬ればいい。

 目の前の奴が、いくら年老いたとしても伊藤のような屑ということに変わりはない。

 ならば、こいつに同情なんてすることは───


「あぁ、やっと死ねる!!

 俺、俺はやっと死ねるよォ……!!」


 決心する寸前、男は、崩れ落ち何故か、歓喜した。


 死ねる? コイツはいったい、何を言って……?


「ありがとう、ありがとう、ありがとう……!!

 理不尽に妻子を殺されて、俺ァずっとここで軟禁されてたんだ!

 ……無実の鬼を、冤罪で殺したらこの家が潰れる、それを危惧したあの男に、俺は、俺はずっと、もう何十年も囚われてた……!!」


「え…………?」


 オレは、思わず呆けた声を出したのだった。




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 源邸の、居間では二人の男が向かい合うように正座をして、夕食を摂っていた。

 上座に位置する場には義博が、下座に位置する場所には義貴が。

 義博は目の前の息子に気にかけることはなく、しかし、義貴はどこか、義博に怯えるように恐る恐る箸を動かしていた。

 そんな、張り詰めた義貴に義博はふと、声をかけた。


「……奴は確実にしくじる」


「え、み、未音ですか……?」


 当然だ、と頷いて義博は続ける。


「そもそも、奴は人を、鬼を殺したことがあるか?

 貴様のように、先に殺しを経験してはいない。

 そして、今回の贄はだ。

 ───同情で、あの屑は殺す所ではないだろうよ」


 義博の言葉を聞き、義貴は悦に浸るように、笑みを浮かべる。

 ざまぁみろと、彼の矮小な心が未音に向かって反芻される。


「……これで、あの屑は死んでくれるんだ、やった。

 やった、やった、やったやったやったやったやったやったやったやったやったやったぁ……!!」


 その歓喜は、胸中から溢れ出てきたように、口から漏れる。

 その、義貴の様子に、義博は若干苛立ちながらも無言で食事を終え、膳を洗い場まで運ぶ。


 その道中、義博は最近になって引き取った少女と出会う。

 腹違いの兄の、長女である橘花 楓だった。

 聞いていたのか、義博はそう悟り何か言いたげな楓に対して一言、


「……何か用事でも?」


 そう、訊ねるのだった。

 楓は義博にたいして笑顔を見せ、


「えぇ、貴方達が未音に差し向けた鬼に対してお訊ねしたいことがあります」


 そう返した。

 その笑顔には怒りが隠されており、義博はその怒りを感じ取るのは容易だった。

 義博は、面倒なことになったと内心で毒づき、楓の前をあるき、着いてくるように促すのだった。




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「───どういう、ことだ……?」


 か細い声が響く。

 それは、オレの声だと気付いた時、オレはようやく自分が動揺しているのだな、と悟った。

 男は、どこか、救世主を見るような目で顔を上げた。


「今から、何十年も前の話だ。

 俺の家はただただ穏やかだった。鬼同士で結婚して、子を育んで。

 辛いこともあったが、お互いを支え合って生きていた。

 そんなある日だ、最初は亜人種課に、何もしてないのに、ある殺人事件の犯人として仕立てあげられて、俺の妻は殺された。

 ……昔はよくあったことだよ、お前もどうせ知ってんだろ?」


 ……当然だ。

 バブル崩壊直後は、治安が悪く、そして、実績を欲した警察官が無実の鬼を冤罪で捉えたり、果ては害獣として駆除されたりと、鬼達にとっては地獄のような日々が続いていたらしい。

 コイツは、その、時代の被害者なのだと独白した。


「そのさらに数年後!!

 ……次はよォ、娘が殺された。源家の奴らに!!

 遺体を俺は見たが、ありゃ酷い。

 恥辱、陵辱の果てに殺しやがったんだ!!

 でも、それは、奴らの勘違いで、他に犯人はのうのうと生きていた。

 ……俺はよォ、その不祥事の口封じとしてここに運ばれて、軟禁された。

 メシとも言えねぇ塊を口に押し込まれたり、散々だった。

 殺してくれ、殺してくれと。それだけを思っていた、願っていた、祈っていた……!!」


 その痛々しい歓喜の声は、オレの脳を刺激する。

 本当にこの男を殺すのか? と、ひたすらに問い続ける。

 彼は被害者だ。

 そんな、そんな被害者を。オレは殺せるのか?


「……そして今日、俺はアンタに殺される!!

 ありがてぇ、ありがてぇありがてぇ……!!

 さ、とっとと殺してくれ、ようやくあの世にいる家族に会える。

 待っててくれ、ユナとユキナ……」


 ───それは、オレの脳内でNOという回答が出てしまう致命打だった。

 友紀奈の顔が、脳裏に奔る。

 自然と、膝が崩れ落ちてしまう。

 オレの、そんな様子に男は、


「どうした?

 早く、早く俺を殺してくれよ」


 そう、懇願するのだった───

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