第22話 送りオオカミ

言ってしまって「シマッタ」と思う。

ミリンの次の言葉が容易に想像できたからだ。


早川君の表情を伺うが、少し苦笑いしている。

そして、予想通りの質問が美鈴から出てきた。


「ええ~~、そうなの?

早川君。竹下さん以上の女子なんて、そういないと思うけど誰なの?

もしかして文藝サークルの人?

1 年生……、かな?」


美鈴は少し呂律が回らない様子で宙を見上げて、おそらくサークルの女子メンバーの顔を思い浮かべてい居るのだろう、「う~~ん」と呻った。


(そう、正解だ!)


「それは、あなたです!」と口に出せないのがもどかしかった。

早川君は告白の絶好のチャンスだというのに、まだ苦笑いを浮かべて困った表情をしている。


「何とかフォローしなきゃ」と思った時に早川君がようやく口を開いた。



「いや、本当に竹下さんとは何もないよ。誓って。

だから、『他に好きな人ができた』とかじゃないんだ」


「でも、好きな人が居るんでしょ?」

そう言いながら、美鈴はテーブルに肘をついて早川君の顔を覗き込んだ。


「え? どうしてそうなるの?」


「だって、竹下さんがわざわざリークしてくれたって事は、二人が付き合ってないのなら、残る可能性は竹下さんが早川君に好意を持っていたけど、早川君にその気がなかったって事でしょ。

でも、どうして竹下さん程の美人に言い寄られて袖にする訳?」


「も、もう良いじゃない、ミリン飲みすぎ! 早川君が困ってるよ」


目が座ってるとは、この事を言うのだと初めて思い知らされる。

そして、ついに不可侵領域へと突入していく。


「はは~ん、さては、カノンだったりして!」


「な、なに言ってるのよ! わたしのはずないじゃない」


「そ、そうだよ。綾瀬さんが迷惑がってるじゃない」


早川君まで全否定する。それは仕方ないと思っている。

でも、(私が迷惑なんじゃない。早川君が迷惑なんじゃないか……)

思わず口が尖り、ズキンと抑え込んでいた胸の痛みが戻ってくる。


「カノンは自分で気づいてないだけなんだよ、ホレ」

そう言うと美鈴は私の眼鏡を取った。急に眼前に摺りガラスを置かれたみたいに、視界が曇る。


「ちょっ、何するの? 返して」


「まあ、まあ、ちょっとだけよ。

カノンってお洒落に全然気を使ってないけど、綺麗な瞳で顔の造りも小さくて整っているし、かなりの美少女だよ。早川君が隠れイケメンなら、カノンは隠れ美少女ってところかな。

竹下さんに十分匹敵できるわけよ。オマケに美乳の持ち主だし」


私なんかが竹下さんに匹敵する訳がない。摺りガラスのせいで早川君の表情がぼやけているけど、きっと呆れていると思う。

そう思うと、顔が焼けるように熱くなった。


「そんな事しなくても、綾瀬さんは可愛いよ……

それに、蜂矢さんだって魅力的だと思う。もちろん、竹下さんも。

僕は女子の事を良く分からないけど、誰にだって輝く部分はあるし、そこに惹かれるんだと思う、男は」



「じゃあさ、ワタシが『付き合って』て言ったら、付き合うの?」



「ミリン! もうやめて!」



自分でも驚くような反応で美鈴の言葉を遮る。

何という事をしてしまったのだろう? 美鈴の方から「付き合って」と言い出したのに、それを邪魔するなんて。


早川君の恋を手伝うと思っていたのに、いざとなると自分の気持ちを優先させてしまう。

神様が「ほ~~ら、お前の本性なんてそんなもんさ」とほくそ笑んでいる気がした。



「ご、ゴメン。悪ふざけがすぎたわ。

早川君もゴメンね、色々詮索しちゃって」


私に制されて美鈴は少ししょげたが、しょげたいのは私の方だ。とんでもない事をしてしまったと早川君を恐る恐る見るが、いつもの飄々とした表情に戻っていた。



「あはは、気にしないで。ちゃんと冗談だって分かっているから。それに、蜂矢さんも彼氏が居たんじゃなかった?」


「あ、あれね、別れたよ。二ヶ月くらい前に」


美鈴に今、付き合っている彼氏は居ない。なんでも前カレに『お前、ブラ要らねんじゃね?』と言われたことに腹を立てたのが原因とか、真相は分からないが私と遥ちゃんは共有している事実だ。


しかし、早川君がその情報を知らないのは当然のような気がした。だから『片思い』を決め込んでいたという訳なのか……。



「そうなんだ、ごめんね、知らなかったものだから余計な事を言ってしまって」


「ううん、平気。別にアイツの事ってそんなに好きじゃなかったし、別れてせいせいしてるんだから。

だから後ろは見てないし、新しい恋には前向きなの」


先ほど、とんでもない事をしたと思ったが、これは挽回のチャンスだ。

「みてろ、神様」と押しつぶされそうな苦しい気持ちを押し切る。


「じゃあ、さっきの『付き合って』って、まんざら冗談じゃないんだ?」

「なに? さっき怒った癖に、今度は焚きつけるの?」

「さっきのは、早川君の事をからかっているのかと思ったから」

「そんな事しないわよ。早川君が女子には惹かれる部分がそれぞれあるみたいに言うから、ワタシだったら、何処に惹かれるのかな? と思っただけ」


そう言うと、美鈴はサワー系の飲み物のグラスを飲み干した。

どうやら、まだ飲むようだ……。


「蜂矢さんに惹かれる部分は、そのサッパリとした性格かな。男友達と一緒に居るような感覚になれるし、きっと一緒に居て楽しいと思う」


早川君は微笑みながら言った。確かに模範解答のような返しだ、だが『男みたい』というワードは、彼女に火をつけるだけだ。

そして、私の心配を他所に、そのキーワードに美鈴は反応する。


「男みたい……って、どうせワタシは胸が無いわよ。でも、本人を前によくも言ったわね、租チンのくせに」


「む、胸って? 何のこと?」


早川君は知らないのだ。美鈴がヒンヌー教であることを。

新たに追加されたサワー系のグラスを、またも一気飲みすると美鈴は早川君に詰め寄った。


「前のカレシも、ワタシの胸の事ばかり言うの! それで別れたのよ。

男子って、エッチばかりしたがるくせに女子の身体の事をとやかく言う!」


「み、ミリン。そろそろお開きにしようよ。飲み過ぎだよ、大丈夫?」


「そうだね、あまり遅くなるといけないから、そろそろ帰ろうか」


まだ飲み足りなさそうな美鈴をなだめて、その場は何とか収めたが、お店を出ると美鈴の足元がおぼつかない。


最後に早川君の背中を押してあげよう……。

挽回のチャンスを与えて、あとは彼に託せば良いのだ。少なくとも私はその現場を見なくて済む。


「早川君、ミリンを送ってあげて」




どうだ、神様……。





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