第18話 羊(オオカミ)

「そうよ。オトコは羊の顔をしていても、心の中ではオオカミが牙をむいてるの」


「なにそれ? 笑

早川君は羊よりも優しいよ」


「だ・か・ら、それは女の子を安心させるためのフェイクなのよ!

『この人だけは大丈夫』だなんて、うっかり信用させるためのね」


「どうして、そんな回りくどい事するの?

オオカミって『三匹の子豚』みたいに一気に襲えば良いんじゃないの?」


「フッ、これだから……

良い? 子豚は結局、オオカミに食べられた?」


「た、確かに、子豚は無事だったね」


「でしょ?

それに比べ、『オオカミと七匹の子ヤギ』はどうなった?」


「オオカミに騙されて、子ヤギは食べられちゃったね」



「そうなのよ!!」


千佳の声が大きくなり、思わず私はスマホから顔を遠ざけた。

どうやら、千佳の言いたいポイントが近いようだと私も感づく。


「オオカミは安心させて乙女のピンチを作り出すの。

そういう生き物なの二日も獲物と一緒に居て、ましては相手は子ヤギよりも容易い世間知らずの花音だよ!」


確かに私は世間知らずだけど、安い女じゃない……と思っている。


「なにそれ、わたしを安物の女みたいな言い方」



「あ、別にそう言う意味じゃなくて、既に『この人だけは大丈夫』だって思わせるのに成功しているから後は食べるだけの状態、つまり、何時でも襲おうと思えば襲えたのに、【なぜ手を出さなかったか?】と言うところよ」


「それは、早川君が紳士だからでしょ?」



「それもあるけど、いくら紳士でも花音に抱きつかれたら、理性を保てないよ。

よほど強い意志……ううん、理由がないとね」



確かに、私が抱きついてしまった時、良い雰囲気だとは思った。

もし、あの時に早川君が何か行動を起こしていたら、私は何処まで拒絶できたか分からない。



「どんな理由が考えられるの?」



「まあ……

①花音の事が好きだから、慎重に関係を進めたい

②花音には魅力がないから、下手に手を出して付きまとわれるのは嫌だ

③実は恋愛対象はオトコだ

④他の好きな人がとても好きで、その人以外に考えられない

と言ったところかな」


「で、千佳のみたては?」


「④よ!

しかも、他の好きな人って花音も知ってる人という事になる」


「ええ!

どうして?

どうして、そうなるの?」


「さっきも言った通り、オトコはオオカミだから獲物を我慢できない。

でも、それでも我慢したのは、他の好きな人がとても好きという事もあるけど、もし、その他の好きな人に、花音に手を出した事がバレると困るからよ」


なるほど、と私は千佳の分析力に呻った。

私と他の好きな人が知り合いだったら、私に変な事をすれば、その人にも知られてしまう恐れがある。


そうなると、その他の好きな人との恋が実る確率は極めて低くなる。



「た、確かにそうだね……」


「でしょ?

早川君は、その他の好きな人に花音の事は知られたくないと思っている。

だから、二日も一緒に居た無防備な子兎を涎を垂らしながらも鋼の意志で我慢したのよ」



「な、なるほど……。早川君は、そんなにその子の事が好きなんだ……」

ズキン、またしても胸が苦しくなる。そんなにまで早川君は、その他の好きな人の事が大好きなのだと思うと、モヤモヤとした感情が湧いてくる。



「花音? 大丈夫?」


「ん? なにが?」


「急に黙り込むから。

もしかして、早川君の事が好きになったんじゃないの?」


「ち、ちがう! ちがう!

だって、そんなに好きな人がいるんじゃ……、わたしなんか敵いっこないよ」

自分で卑屈な事を言っておきながら、私は落ち込んだ気持ちが更に落ち込むのを防ぎきれないでいた。



「花音……、もしあなたに戦う意思があれば、アドバイスするよ。この経験豊富な千佳様が」


「経験豊富って、千佳だって恋人どころか好きな子もできたことないじゃない」


「ヒドイ! それは言わない約束よ、おとっつあん」


ふざけているのか真面目なのか、私の前では饒舌で冗談も言うのに、このコミュニケーションが男子と取れたら千佳はいくらでも恋人ができるだろうな、と思って苦笑いしてしまう。


「まあ、その千佳様のアドバイスとやらを聞こうかしら」



「良い?

早川君の好きな人は、花音の知り合い、もしかしたら友達かも知れない。

だけど圧倒的に有利な立場にいるのは花音だよ。

これから1ヵ月以上も毎週一緒に居るんでしょ?

いくら鋼の意志があっても、オオカミが餌を前に我慢し続けるなんて無理だよ」


「そ、そうかな?

でも、そんな事したら早川君は本当に好きな人と付き合えなくなるんでしょ?」


「そうよ、奪うのよ!」


「ええ~! できないよ。だってわたし、早川君が好きな子と仲良くなれるように協力するって言ったもん」


「もう~~、何処までお人好しなの花音は。

好きなんでしょ? 早川君が!」



「ま、まだ……分からない。この気持ちが『好き』なのか。

それに、早川君には本当に好きな人と付き合って欲しいと思うの。

もし、わたしが立場を利用して早川君と付き合ったとしても、きっと上手くいかなくなるよ」


自分の気持ちも良く分からないし、未経験の展開も想像がつかない。きっと私は怖いだけなのだと思う。早川君のためと言いながら、結局自分が傷つくのを恐れている。



「そこまで言うのなら仕方ないけど、もし早川君の好きな人が花音の友達だったら、早川君と何か起きた時に、花音は彼だけじゃない、友達も失う事になりかねないよ」


「わ、分かっている……」


「だから、絶対に間違いを起こしちゃダメ!」



「ありがとう。千佳にしては参考になるアドバイスだったわ」


「『千佳にしては』って何よ? わたしの事をディすってない 笑

それにしても、その他の好きな人って、心当たりは居るの?」



早川君の好きな人、私の知り合いで私と何かあったら付き合えなくなる可能性が高い人と言うと、候補はかなり絞れる。



いや、実質一人しかいない。



「心当たりは……居る」


「仲良い子?」



「うん、大学では一番の仲良し……。

千佳の助言が無ければ、気付かずに大変な事になる所だった。

ありがとう、千佳」


「礼には及ばないぜ」




千佳との長電話を切り、私はベッドの上に身を投げた。





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