第19話
八ヶ月目、吐く息が白くなり教会とグロスマン商会の種々の建物の建築が進んでいる頃。
ダンジョンにフロアボスが出現したとの報が届いた。
「フロアボスとは?」
ロベールが尋ねる。
彼の左耳には赤い石をあしらったイヤリングが揺れている。
もちろん僕の右耳にも同じように青い石のイヤリングが光っている。
「フロアボスっていうのは、ある程度ダンジョンを進んでいくと現れる特別強い魔物のことだよ。普段は冒険者たちはバラバラに探索するけれど、フロアボスの討伐には全ての冒険者が協力して倒さなければならないんだ。フロアボスが出現している間は何処にフロアボスに現れるか分からなくて安心して探索できないからね」
僕はコートを羽織ると、冒険者の溜まり場である酒場に向かう為にロベールと共に城の外へ出た。
酒場が占領されているような形になってしまっているのが申し訳ない。冒険者ギルドがあれば溜まり場にならずに済むのに。
この寒い中冒険者たちは酒場ではなく広場に集まっていた。酒場では入り切らないからだろう。何せフロアボスを倒すまでダンジョンの探索はできないのだから、この村の全探索者が集まっているのだ。
「よし、この中でフロアボスの討伐に行きたい奴は誰だ?」
クライヴが他の冒険者たちを睥睨していた。
彼が冒険者たちの中のリーダー的存在になっているのだろうか。彼が一番強いから冒険者たちも慕うのかもしれないが、いつもソロ探索主義者のクライヴがちゃんとリーダーシップを発揮しているのが何だか不思議だった。
「この村のダンジョンは浅い層から何だかやたらに敵が強い……他では見たことない『ソロ探索禁止』の立て札が立てられているのも納得だ。だからきっとフロアボスも最初のフロアボスだからと言って油断しない方がいいに決まっている」
戦士風の男がまず発言した。
「そういうことなら私は、遠慮しておきます……」
魔術師風の少年がおずおずと口にする。
「ま、待て! お前がいなくなると俺たちのパーティにメイジがいなくなる! お前が討伐戦を辞退したらパーティ全体が辞退することになるんじゃねえか!?」
少年のパーティメンバーらしき男が反論する。
議論が混乱しそうな気配を感じたので割って入ることにする。
「一言、いいか?」
冒険者たちの視線が一斉に僕に集まる。
初めて僕の存在に気が付いたようで、冒険者たちはざわつく。
「今回の討伐戦はパーティの垣根を越えて冒険者全員に協力してもらいたいと思っている。つまりタンク……前衛の者には相手がパーティメンバーかどうかに関わらず後衛の者を守ってもらいたいし、ヒーラーには命が危うくなっている者すべてを回復してもらいたい。バフ……支援技をかけられる者はパーティに関係なく全員に技を行使してもらいたい。そしてアタッカーには全力でフロアボスを攻撃してもらいたい」
そうか、そういうことなら……と冒険者たちの間に納得した空気が広がっていく。
「今回はパーティは関係ない。だから参加したい者は自由に参加できるし、辞退したい者は自由に辞退できる」
「それに前衛職の人全員に守ってもらえて、僧侶の方全員に回復してもらえるのであれば早々死にはしないですよね……やっぱり、参加します」
メイジの少年が参加表明した。
「通常フロアボスが討伐された際には領主から褒美が出ることになっている。もちろんこの村でもそのようにする。見事フロアボスを討伐した暁には一人につき金貨一枚を出そう」
「うおおおおぉぉぉぉっ!!」
僕の発した報償を約束する言葉に冒険者たちが湧く。
「おい待てアン、そんなことを約束して大丈夫なのか」
ロベールが囁く。
「大丈夫だ、その代わり領主はフロアボスを倒した時の素材が貰える。こんな沢山の冒険者たちで揉め事を起こさずに素材を山分けするのは至難の技だからな。フロアボスの素材は金貨じゃなく大金貨で何枚、何十枚の世界だ。オークションにかけられるからな。赤字にはならん」
「それなら良いが」
ロベールはほっと胸を撫で下ろした。
「ところでフロアボスを目撃した者は誰だ?」
冒険者たちを見回す。
「オレだ」
クライヴが名乗り出た。
誰よりも速く深い層まで探索しているのだから恐らく彼だろうとは思っていた。
「ソロでフロアボスと遭遇してよくダンジョンの外まで逃げ切れたな。フロアボスの発生を報せてくれた褒美をやる。こっちまで来い」
クライヴに僕の前まで来させる。
「よくやった」
クライヴの手の平の上に何枚かの銀貨を乗せる。
「ありがたくいただくぜ」
クライヴは相変わらず不遜な態度だ。
金貨に比べれば銀貨数枚などはした金だが、それでも目の前で報償が渡されたのを見て実感が湧いたらしい。冒険者たちが興奮に沸き立つ。口々に「俺も参加するぞ」と意思表明している。
そんな彼らに僕は声をかける。
「考えられ得る限り最悪の結末がフロアボスがダンジョンの外まで上がってきてしまうことだ。フロアボスが上がってきてしまったが故に滅んでしまったダンジョン村や街の話は聞いたことがあるだろう。そうして滅んだ場所の生き残りが冒険者になることは珍しくないと聞くから、もしかしたら諸君らの中には故郷が滅ぼされた者がいるかもしれない。この村がそんなことにならないように尽力してもらいたい」
最悪の場合のシナリオを聞かされて冒険者たちの興奮が一旦収まり、ごくりと唾を飲む。
「そこで、全力を尽くす為にしっかりと作戦を立ておこうと思う」
その言葉に冒険者たちがポカンという顔になった。
作戦ならもう立てたのではと言わんばかりである。
さっきのタンクが全力で守ってヒーラーが全力で回復して……という奴をみんな作戦だと思っていたのであろうか。
あんなの基本中の基本だ、作戦とは言えない。
どうやら僕がしっかりと手本を見せねばならないようだ。
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