第30話 ギラスの頼み

「失礼するぞ」


 受付嬢のミラが言った後直ぐに、執務室の中に筋肉質で大柄な男が堂々と入ってくる。


「ギラス侯爵様、此処には何の御用で来られたんですか?」


 それにガンツが椅子から立ち上がり、冷静に対処をした。

 ギルドマスターの地位は貴族の中では伯爵並みの地位を持ってるが、相手は侯爵。どんなものであろうと敬意を払わなければならない。


(貴族は世知辛くて叶わないな…)


 それに対してアマンダは隠す気もなく、大きく溜息を吐く。


 ギラスはアマンダを強く睨むが、なんのそのと言わんばかりに気にしていないのか何の反応も示さないアマンダ。



 しかし、


「アマンダ」


 ガンツに言われるとなると別だ。


 冒険者にとってギルドマスターは、冒険者を纏める者。伯爵級の権力を持ってると同時に私達の上司。


 Sランクもそれなりの権力を持ってると勘違いされる事が多いが、実際は他の冒険者とそう変わらない。

 冒険者ギルド、戦争時、国の緊急時等では一時的に地位が上がる時もあるが、基本は平民。貴族…国に逆らう事は出来ない。


(ま、自己防衛なら反抗は出来るが…)


 無理に国を相手にするとなると、どちらの被害も尋常じゃないものになるし、何より面倒だ。他のSランクパーティーに出て来られでもしたら命にも関わる。


 どちらにもデメリットがあるからこそ、これで済んでる所もある。


 アマンダ達3人は渋々、床に膝を着いた。


「…ふん、これだから平民は困る」

「そう言わないでやって下さい。コイツらは世界でも5つしかないSランクパーティーの1つ"天上の宴"…相当な実力者でございます」


 ガンツはそう言って、笑いながら頭を掻いた。


 ギルドマスターはSランクパーティーとは違い貴族として扱われるが、貴族派ともなれば位よりも下に見られる事が多い。


 位が1つ下、しかも平民となれば態度も雑だ。


「部下の躾はもっとしっかりと行うものだぞ、ガンツ卿よ」


 ギラスはそう言うと大きく音を立ててソファに座った。


 軍務でも相当上な立場と聞く為、下手に刺激すると仕返しが怖いと言われる者。


 そして平民を特に嫌うと言う者。


(何故此処に…何の用だ…?)


 そう思っていると、ギラス侯爵は口を開いた。


「今日、私が来たのは頼みがあって来たのだ」


 何故かギラスからの声音からは苛立ちが現れていた。


「頼み、ですか」

「あぁ。Fランク冒険者のゼルと言う者を私の元へ連れて来い」


 ギラスはそう言い放った。




 *


「…居た」


 ゼルは前を先行していた男達を見つけ、物陰に隠れた。


 男達は扉の前で言い争いをしていた。


「お、お前が行けよ…」

「嫌だよ! 俺だってシーバさんに怒られたくねぇよ!!」


 何かを言い争って、部屋のなかに中々入らない。話の内容では何かを恐れている様な言い草だった。


 ゼルはそんな男達を見て、行けるかもしれないと足に力を入れる。


 しかしそんな時、男達の前の扉が開かれた。


「何をしてるお前達」


 出て来たのは若いメガネを掛けた女性だった。

 黒いローブを頭から被っており、紫色の髪の毛がローブからはみ出している所から、不気味ささえ感じ取れる。目は吊り上がり、いかにも悪人ヅラをしていた。


「し、シーバさん! い、いえ! その…」


 1人の男が戸惑ったかの様に言い淀み、隣にいる男を肘で突く。


「あ、じ、実は…」




「…そうか」


 シーバと呼ばれる女性は男達から粗方起こった事を聞いて頷くと、目を瞑ったまま数秒止まった。


 今、此処から弓で狙ってみても良いかもしれないと、ゼルは弓に手を掛ける。


(狙うのはあのローブを被ったシーバと言う者…)


 シーバからSランクパーティーのユウと同じ雰囲気を感じた俺は、シーバに狙いを定めて矢をつがえる。


 その瞬間。


「! 誰だっ!!」


 シーバがこちらを見て叫んだ。


 それと同時にシーバの掌から黒いモヤモヤとした物体が真っ直ぐ飛んで来たのを見て、ゼルは前転しながら避ける。


「貴様…何者だ」


 シーバの問いにゼルは無表情で弓を構えた。


「…唯の狩人だよ」

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