第7話 転機5

「何をしている?」

「あ、これはね、『食べた物ノート』だよ」

 そう言うと、ノートの表紙を見せた。青地に白色の水玉模様が印刷されており、「二×××年 一月~ 食べた物ノート」と黒色のマジックで書かれている。表紙の角はふにゃふにゃに折れ曲がるほど使い込まれている。

「書き残してどうするというんだ」

「読み返して『おいしかったなぁ、また食べたいな』と思ったり、あんまりおいしくなかった食べ物に関しては『もう食べたくないな』と思うためのノート」

「おいしかったものを思い出すのはわかるが、どうしてマズイ食べ物の記憶をわざわざ書き残して思い出さんとならんのだ」

「それも思い出の一つだからね」

 そう言いながらノートに感想を書き留めると、再びカバンに戻した。

「よくわからんことをする奴だ」

 神楽小路が食べ終わると、佐野は本題を切り出す。

「課題のテーマどうしよう。大学内、大学付近でって先生は言ってたけど、神楽小路くんはなにかネタになりそうなもの知ってる?」

「入学してから大学構内は教室と食堂、あとは図書室くらいにしか行っていない。大学の外など何も知らん」

「そういえば、神楽小路くんってどうやって大学来てるの?」

 喜志芸は、山奥にキャンパスがある。多くの学生は、喜志駅から徒歩五分のところにある喜志芸のスクールバス停留所へ。そして、バスに十分、十五分ほど揺られ、最後に通称「芸坂」と呼ばれる急勾配の坂を一気に上りきり、到着となる。

「俺は自宅から車で送迎してもらっている。だから、坂の下にある来客者用駐車場で乗り降りている」

「なるほど。たしかにバス乗り場で神楽小路くん見たことないし、ぎゅうぎゅうのスクールバスに乗ってる姿も想像つかないや」

「想像するな」

「わたしも授業終わったらすぐバイトに行かなきゃならない日の方が多いから、寄り道したことないんだよね。大学内で記事にできるもの……。サークル一覧作成して紹介記事書くとか、面白いって言われてる教授にインタビューするとか? うーん。文芸学科以外の学科に友達いないもんなぁ」

「俺はインタビューせんぞ」

「だよねぇ。わたしたちだけで調べることができるものか~」

 佐野はしばし考えたあと、突然「あっ」と声を上げた。

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